第113話 試合後の一幕
「お疲れ様。優勝おめでとう。」
表彰式などをやる前に休憩や着替えということで設けられた時間中。
制服に着替えた僕が、あわよくばこのまま表彰式をドタキャンして逃げ出してやろうかなとか思っていると、カイン君が話しかけてきた。
「カイン君もお疲れ様。」
僕は小さく手を上げて、近くにあった椅子に座る。
彼も着替え終わっているようで、金とか銀のひらひらがついたおしゃれで豪華な服を着ていた。
「その服なに?」
僕は彼の服を見て尋ねた。
こんなひらひら、お祭りとかでも着ないよ。
それこそ、貴族のパーティーみたいくらいじゃないと。
「正装だよ。ちゃんとするときにはちゃんと着ないといけないのさ。君の制服とおんなじようなの。」
彼はその裾をひらつかせて少しだけ嫌そうにつぶやいた。
「へぇ、カッコイイね。」
「君、最後のあれはなんだったんだ?」
カイン君は話題を変えて、僕の顔を覗き込んだ。
端正な顔と、突き刺すような強い意志を持った瞳が近づいてくる。
「それは教えないよ。」
「それもそうだな。」
僕らはお互いを見合って笑い合う。
そこにいるのは勇者カインではなく、一人の少年であるカイン君のような気がした。
「調査ってやつは進んでいるの?」
僕は何気なく尋ねる。
賢者が僕を指すか定かではないけど…………まあ十中八九僕だろう。
自分の調査がどこまで進んでいるのかは気になるし、なんて書かれてるのかも少し気になる。
もしボロクソに書かれていたら、そのときは少し落ち込む自信があるし。
「勇者はもう完璧、もう片方も今さっき調査が終わったところさ。」
カイン君も何でもないことのように答えた。
「へぇ」
僕はあくまで関心がないといったように、小さく頷く。
「賢者は剣のみなら僕の同じかそれ以上の力を持ち、王国第三王女にお熱のようだと。」
彼は意地悪そうな笑みを浮かべて言う。
「僕はもう戻るかな。カイン君も表彰式でるでしょ?」
僕は話をそらして、立ち上がる。
更衣室からすぐのこの廊下には僕ら以外に人はいなかった。
「多分ね。じゃあ、優勝おめでとう。」
「ありがとう!」
僕らは一度、タンっと心地のいい音を立ててハイタッチをし別れた。
僕と彼。方向性は違えど、どこか似ているような気がする。
そんなことを思いながら僕は外へ出た。
試合だけ見て表彰式とかはいいって人たちがちょうど帰宅するところで、小さな渋滞が起きていた。
「変身……」
僕は物陰に身を潜めて、小さくつぶやく。
長めにしていた髪の毛を、元々の長さに戻した。
見た目あまり変わらないけど、これで気晴らしにはなるだろう。
黒髪が珍しいこの世界では、この髪色を変えない限りバレてしまいそうだけど。
「はぁ」
僕は目立ちたくないという目標が崩れていくのを感じながら、それでも王女様を助けられて良かったと思う。
そんなことを思ったからだろうか。
「レストさんっ!!!」
トンという軽快な靴音とともに、明るい声が聞こえた。
僕はその声を聞いた瞬間、振り向いた。
「リリア様……」
走ってきたのだろう。少し汗ばみながらも、彼女特有の優しい笑みを絶やさないリリア様がそこにいた。
僕は呼吸を整える彼女に駆け寄る。
近くで見ると、あんなことがあったからか。いつもより彼女の解像度が高く見えた。
光る白銀の髪も、微笑む顔も、身にまとった制服も。そのすべてがディテールまで繊細に見えたのだ。
「あ、その、えぅ……」
「えっと…………」
駆け寄ったはいいもののお互いに言葉が出ない。
僕は公衆の面前であんなことを言った手前、いざ本人と向き合うとなると恥ずかしくなってくる。
「あの、ありがとうございました。前回と同じでまた助けてもらっちゃって。」
リリア様も少し恥ずかしそうにしながら、僕の目を見て頭を下げた。
「いや、いいんです。前も今回も、僕が勝手にやったことですから。」
僕も恥ずかしいまま、頬をかいて彼女を見た。
リリア様は目があった瞬間、左下に顔をそらして何かを考えると、どこか不安げな顔をして。
「大切……?」
「へ?」
僕はつぶやかれた一言の意味がよくわからずに、聞き返してしまう。
リリア様は頬を赤く染めながら、ぎゅっと手を握って。
「私のこと、大切ですか?」
確かにそうつぶやいた。
「え?あの、えっとその……へ?」
今度はちゃんと聞き取れたし、理解もできた。
けど、理解できたとしても脳で処理がしきれずに、僕は疑問の声を漏らしてしまう。
「むうっ!どうなんですか?」
いつまでもどもっている僕に不満そうな声を漏らして、リリア様はぐっと一歩近づいて再び尋ねた。
リリア様が大切か。
その問いに対しての答えは、いくら探しても一つしか見つからない。
僕は、彼女が…………。
「……つ……です。」
体が高揚していくのを感じながら、僕は彼女の顔をできるだけ見ないようにうつむいてつぶやく。
「大切ですよ。それこそ、どんなリスクを払っても助けたいくらいには……。」
その瞬間、顔を見なくてもわかる。
パアッと明るくなった表情のまま、
「え、えへへ……ありがとう!!」
僕の方へと飛び込んできた。
僕がとっさに両手を広げると…………。
彼女はそのままぼふっという柔らかい音を立てて、僕の胸へと飛び込んだ。
「むぅ、温かいですぅ」
ぐりぐりと頭を押し付けるリリア様。
「はぁ、ズルいですって。」
僕はそうつぶやいて、彼女の体をそっと抱きしめた。
その後、表彰式や賞品授与など諸々を行って、僕らの武道会は幕を閉じた。
やっと日常に戻る。
僕はそう肩を下ろしたがーーーー敗者の物語はここからが本番だーー
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