第112話 ー勇者と賢者ー
『がんばって』…………か。
僕はずっと刺し続ける視線の束を感じながら、自分の太ももを強く叩いた。
そうだよね。
頑張るしかないよね。
彼女だって…………王女様だって、リリア様だって、頑張ってきたんだもん。
僕もここで、覚悟を決めないと。
過去を振り返れば辛くて吐きそうで、未来を見れば真っ暗で泣きそうで。
本当にどうしようもないような人生だけど……だったけど。
けど僕は、今ーーーー
ーーーこんなに大切に思える人がいて。
ーーこんなに優しくしてくれる友達がいて。
ーこんなに信頼できる仲間達がいる。
そうやって、生きている。
僕は何のためにこの大会に出たんだ?
思い出せよ。
後悔をしないためだろ。
魔王にそうやって背中を押してもらって、ようやく来れたんじゃないか。吹っ切れがついたんじゃないか。
ずっとずっと一人じゃ出来もしないことを抱え込んで自爆してたのを、ようやく誰かを頼れるように成ったんじゃないか。
そうだ。思いだせ。
僕は何のために、ここに立ってるんだ?
彼女を守るためだろ。
誰かに、赤井やカイン君に彼女を取られたくなくて、だから出たんだろ。
大切に思ったから。
今までずっと隠してきたことをさらけ出しても、彼女を守ろうと思ったんだろ。
彼女をーーーーリリア・バモン・ヤフリオをーー
「レスト君?」
いつまでも答えない僕に、お姉さんが疑問の声を上げて再び質問をする。
僕は、差し出されたマイクを見つめて大きく息を吸って。
「王女殿下は渡せません。絶対に。」
そう、強く言い切った。
「うぉお!!ここで赤井君、カイン君に続いてレスト君も第三王女殿下に熱い告白だぁ!!一体どうなっているんだ!!!」
お姉さんは頬を赤く染めてとても楽しげな表情をして叫ぶ。
「男だァァあああああ!!!!」
「王女様は俺のもんだァァああああ!!!」
「俺も混ぜやがれ!!!!」
「ずりぃぞオメェらぁ!!!!」
観客席からも歓声が上がる。……主に野太い声の。
「さて、これを受けてどうですか?」
お姉さんはほくほく顔で、カイン君に再びマイクを差し出した。
それを受け取った彼は、わざわざこちらを向いて、
「どうして君はそこまでするのか?今までずっと色々と隠して来たのに、何故今回だけ。何が君をそこまでさせるのか。」
そう心底愉快そうな顔で、つぶやいた。
「うぉぉぉおおおおおお!!さぁレスト君!はよ!!」
もはや声にもならない歓声をあげて、お姉さんが僕の方にマイクを差し出す。
カイン君は、何を知っているのか。
ずっと隠して来たとはどういうことなのだろうか。
僕の何を、どれくらい知っているのだろうか。
そんな疑問が浮かんではやまないが…………今は一旦おいておこう。
試合が終わったら彼の方から何か言ってくれそうな気がする。
僕はカイン君ではなく、観客席で期待したような顔でこちらを見つめるリリア様を見て、
「大切だから」
そう、一言つぶやいた。
その一瞬。リリア様の頬が赤くなるのを感じながら僕は、カイン君に振り返って言い切る。
「大切だから。それ以上の理由はありません。」
「それでは、決勝戦スタート!!!」
お姉さんの声が魔法を通して会場に響き渡る。
今までは審判がやっていたその掛け声も、決勝戦はエンタメ性を重視して司会のお姉さんがやるらしい。
本当に学園からしたら、この武道会は真面目なものではなく一種のイベント的なものみたいだ。
「…………ふっ………」
「…………っぅ…………」
マッソの試合と違って、僕とカイン君はお互いに適度な距離を保ちながら牽制しあって、ジリジリと向きだけを変えていく。
カイン君は剣を抜いて構えているし、僕も腰に指した刀の鍔に手を添えている。
お互いに準備万端で、どちらがが少しでも隙を見せたりすればその瞬間に試合は一気に動き出すと思う。
観客からの歓声ややじもバタリと止んで、会場全体を真剣なピリついた空気が包んでいた。
「ッ!!!」
向かい合っていた刹那。
特になんのきっかけがあったわけでもなく、不意にカイン君が動いた。
彼は一瞬でスピードに乗り、とてつもない速さで振られた剣先が僕の右肩へと迫ってくる。
「グッ!!」
僕は彼の剣を体を使って避け、その流れのまま袈裟斬りを放った。
「ン゛ッ゛!!」
カイン君も避けられることは予想していたようだが、そのまま反撃が来るとは思っていなかったらしく。
端正な顔を少し歪めて、僕の剣を受ける。
ガギィッン
ギュッヅン
ズッジャァ
そんな言葉では言い表せないような、金属の当たる音と僕らの息だけが響いてゆく。
本当の戦いで大げさな掛け声なんてかけないし、キンキンなんて効果音はしない。
飾り付けられたお話じゃないから、この戦いはどこまでも泥臭くて地味で。それでいて、どこまでも美しいのだ。
「ン゛グッ!」
「ッ!!!」
僕が隙をついて放った突きに一瞬反応が遅れたカイン君が、それを利用して僕から一旦距離を取った。
『はぁはぁはぁ』
そんな呼吸音が今にでも聞こえてきそうなほど、彼の肩は上下している。
それは僕も同じで、止まらない汗と荒くなる息をどうにか抑えていた。
戦いというのは目に見える体はもちろんだが、それ以上に神経や頭を使う。
どこに何があって何をして、これからどうなって自分はどうするのか。様々な情報を整理した上で、現状を把握し未来を予測して行動する。
そんなことを同時に行っているのだから、疲れるのは当たり前だ。
「はぁはぁ……」
僕は再び剣を構えたカイン君を見ながら、一度剣を鞘にしまう。
そしてそのまま上体を倒して、まるでクラウチングスタートのような姿勢になる。
そう。それは我ら日本の伝統的な武道、居合道の抜刀術の構えだ。
僕のは
「ふんッ」
僕の構えを面白そうに見つめたカイン君は、鼻から一度息を吐いて走り出した。
ジュギィンッ
そんな鈍い音と共に僕らの剣が交差した。
「くっ!」
「ァ゛フ゛!!」
カイン君と僕は入れ替わった場所の地面を蹴って、すかさず戦いを再開する。
何度も何度も剣が交わってゆく。
正直、始めはカイン君の力もスピードもそれほどでもなかったから楽にいけるかと思っていたけど、剣を重ねるごとにわかる。
彼は本物だ。
生半可な相手じゃない。その名の通り『勇者』であり、『英雄』なんだ。
「くぅっ……」
リードしていたはずの僕が、中盤には押され気味になって、息をするのすら辛くなっている。
「はぁ……はぁ……………」
カイン君も余裕なわけではなさそうだが、僕よりはまだ余力がありそうだ。
僕らはお互いに端によって、見合いながら息を整える。
もうそろそろ、この戦いにも終わりが訪れそうだ。
それは僕らは勿論、観客達にも伝わっていた。
その証拠に、一時は大きくなったやじの声も今はパラパラとしか聞こえてこない。
「ハァッ!!!!!」
不意に観客席のどこかに目をやったカイン君が、気合を込めるように叫んだ。
次で決着をつけるのか。
僕も気を引き締めるために、一度目を閉じて感覚を研ぎ澄ます。
その場の空気、流れる風、聞こえる息や微か声援、光のちらつきに地面の凹凸。
そのすべての感覚を研ぎ澄まして、覚醒させる。
顔を上げた僕らは数秒間見つめ合って。
「ハッ!!」
「アァッ!!!」
そんな咆哮を境に、休憩状態からトップスピードまで加速する。
「グッ」
「ガハッ」
剣同士が手が痛いほどにぶつかり、
「ガッ」
「クッゥ」
踏み出す足は燃えるように熱い。
まさしく最高速の剣の交わり合い。
剣の実力がほぼトントンな僕らだからこそできる戦いだ。
そんな凌ぎ合いの最中、不意にカイン君がつぶやいた。
「僕は本当は王女様を狙ってはないよっ!!」
彼の顔は辛い戦いの中なのに、とても楽しげだ。
「知ってたっ!!!」
僕も頬が緩んでいくのを感じながら、叫び返す。
もちろん、この間も剣は止まらず交わっている。
「それなのに!!!あんなことをっ!!!?」
「うんっ!!!嘘だったとしても、それでも彼女を取られたくなかったからっ!!!」
初めて驚いた顔を見せたカイン君に、僕は試合前と同じ宣言を繰り返す。
「ずいぶんっ!!惚れてるみたいだな!!!」
カイン君はまた一瞬だけ観客席に目をやって、そう微笑みながら叫んだ。
「ッ!!!」
叫びとともに放たれた剣技はとても巧みなもので、僕はそれをなんとか受け止める。
「うん!!!僕の思ってる何倍も僕は彼女が大事みたいだよっ!!!」
質問と剣技のお返しに、僕は突きを混ぜた袈裟と逆袈裟の連続技を放った。
「詳しいことは言えないけど、僕らは勇者と……」
僕の技のすべてをさばききれず、その一つを肩に受けたカイン君はそんなつぶやきを残して一度大きく距離を取って、
「賢者について調べに来たんだっ!!」
高速で僕の懐に飛び込みながら叫んだ。
その声は周りに聞こえないように配慮されつつも、僕一人にはうるさいほどに聞こえるような声だった。
やっぱり彼は、僕について知ってるみたいだな。
僕は内心の少しの焦りを隠して。
「勇者はさっきの人だろうけどっ!!賢者もいるんだねっ!!!」
と、しらを切る。
こういうのは認めたら負けだから。
たとえ相手が確信を持っていたとしても、最後まで知らぬ顔をするのが大切。
「あくまで知らないていかっ!!」
カイン君は笑いながら、笑い事ではないようなスピードで剣を伸ばしてくる。
「グゥッ!!知らないさっ!僕はただの生徒だっ!!!」
僕は負けじとそれをほぼそっくりそのまま彼に打ち返す。
「ただの生徒は一国王女様に告白しないと思うけどっ!!!」
自分の技だからか、危なげもなく躱したカイン君は笑ったまま次なる技を繰り出した。
「ッ!!じゃあ、」
僕はほぼ同時に左右から飛来する剣をなんとか捌いて、
「ただの
一際大きな叫び声を上げる。
その瞬間、楽しげなカイン君越しに観客席のリリア様と目があったような気がした。
『頑張って』ーーーー
ーーーー「待ってて下さい」
僕は真っ直ぐな視線に、そう口パクで返して剣を握り直した。
「終わりかな」
僕のその姿を見てカイン君が、笑みから一変真剣な顔になってつぶやいた。
「ふぅ……」
僕は大きく息を吐いて、とある構えをする。
それは僕がこの世界に来て初めてであった敵。
ゴブリンから学んだ技。
彼らの短いリーチでも当てられるようにと独特な角度や切り返しの組み合わさった技。
それを賢者様と一緒に極限まで最適化して、昇華させた技。
いわば、僕のこの世界での集大成だ。
「ふっ」
僕は小さく鼻から息を吐いて、その場から飛び出した。
自分でも怖くなるくらいに体が加速して、カイン君との距離があっという間に縮んでゆく。
彼も本気の構えなのか。見たことない特殊な持ち方をして僕を待ち構えている。
僕とカイン君の剣が交わる瞬間。
僕にはそれがスローモーションで見えた。
真っ直ぐ伸びる彼の剣と僕の剣が当たろうとしたとき、不意に僕の剣の角度が変わった。
それは気にしないと気が付かない程度の僅かな傾き。ただ、それがとても大きくて。
ほんの少しの当たり方の違いで、いともたやすく力は伝わり剣は折れる。
カラン
「負けた。私の負けだ。」
折られた切先が落ちる音が響いたとともに、カイン君は潔くそう両手を上げた。
それから数秒間。本当の静寂がその場を支配し、
「ゆ、優勝はレスト君ですっ!!!!」
そんなお姉さんの絶叫が響き渡った。
「うぉぉぉおおおおお!!!!」
「すげぇぇええええ!!!!!!」
「羨ましィィいいぃ!!!!」
「カッケェエエエエエ!!!」
こうして僕は、勇者ユーコミス・カインとの戦いを制し、魔法学園武道会を優勝したのだった。
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