第110話 マッソ対レスト。そしてインタビュー

「次なんだっけ?」


「あれBとD」


「どんなんだっけ?」


「覚えてねぇわ」


勇者対勇者という大イベントが終わり、観客席からはそんな言葉が聞こえてきた。


準決勝だからもう一組あることはわかるが、じゃあ誰が出るかと言われたら思い出せない。


彼らにとってマッソとレストの試合はその程度の認識だった。


「負けないぞっ!!!!」


「僕も。」


まだ熱気冷め止まぬ競技場の中心で、マッソとレストは向かい合った。


これから戦うというのに二人はとても穏やかな表情をしていた。


マッソはただ単に戦いたいだけ。言ってしまえばエンジョイ勢でかけているものはプライドくらい。


じゃあレストはというと………。


「ふぅ……」


彼は先の試合の彼らと同じ……もしくはそれ以上のものをかけていた。


赤井が負けたからと言って油断はできない。


勇者カインも宣戦布告で『リリア・バモン・ヤフリオ第三王女殿下を頂戴する』と言っているから、このまま行けば彼に取られてしまうのだ。


正直リリア本人の了承もなしに始まった賭けだから、この勝敗で完全に彼女がどうなるかとは考えづらい。


ではなぜ、レストは目立たないという己のモットーを破ってまで戦うのか。目立つ行為を行うのか。


「両者向き合って!!」


審判が手を振り上げて叫んだ。


それは簡単なことだ。


レストにとって彼女はーーーー










ーーーーどんな代償を払っても守り抜きたい相手だから


可能性は少ないが、ゼロではない。

彼女を奪われる可能性が少しでもある限り、彼は進むのを辞めないだろう。


彼は彼の思ってもいるよりもずっと、リリア王女のことを大切に思い…………それとともに依存していた。


「行くぜ」


審判の声に合わせて大きく頭を下げたマッソが、ニヤリと笑いながらつぶやく。


「うん」


レストもそうほほえみを返す。


まあそのことを彼自身は自覚していないだろうし、言っても頑なに認めないだろう。


「試合はじめッ!!」


審判が手を上げて叫んでも、マッソとレストは動かなかった。


数秒の沈黙の後、マッソが笑ったまま叫んだ。


「本気で来いよ!!」


その言葉に、レストは一瞬不意を疲れたような驚きの顔を浮かべ、


「もちろんっ!!」


そう彼も笑ったまま叫び返した。


ーーーーそれに、純粋に友との真剣勝負を楽しみたいという気持ちも、あるのかもしれない。


その真意は彼にしかわからないのだろう。


少しひねくれた、賢者様にしか。




















◇ ◇ ◇ Side レスト ◇ ◇ ◇








「試合はじめッ!!」


審判のお兄さんの声が響き渡った。


先程の試合とは打って変わって、とても静かに僕とマッソとの戦いは幕を開けた。


「ふふっ」


僕は距離を取って慎重にこちらを伺うマッソを見つめて、戦いの最中にも関わらず笑い声を上げた。


舐めていると取られても仕方ないが、それでも抑えられなかった。


マッソ……わざわざ試合開始直後にああやって忠告するなんて。


それだけ彼にとってこの試合が大事なのか。それとも、僕との試合が大事なのか。


そのどちらにせよ、僕は彼のあの一言で気付かされた。


正直あれを聞くまでは、適当に偶然を装って勝とうと思っていた。予選のように。


けど、彼のおかげで思い出した。

戦いは一人でやるものではない。相手がいて初めて成立するもの。


消化試合だったとしても、適当に終わらせるなんて相手に対してとても失礼だ。


「マッソ」


僕がありがとうの気持ちを込めて彼の名前を口にするとほぼ同時に、


「レストォォぉおおおお!!!!」


マッソも僕の名前を叫びながらこちらへ突進してきた。


彼らしいといえば彼らしい、真っすぐで力いっぱいの突撃。


一見何も考えてないようでいて、走る軌道に力の入れ方など。その細部は確かな鍛錬と彼の類まれなセンスによって裏付けられた、繊細なものだ。


「僕も本気でっ!!」


どんどんと詰まっていくマッソとの距離を見つめて僕はそう呟いた。


彼が彼らしく来るなら、僕も僕らしく行こう。


僕は声すら出さずに剣を抜いて、構える。


「トォォォオオおおおお!!!!!!」


バイクの走行音のように前から後ろへと駆け抜けていく彼の叫び声が、最も僕と近づいたところで、僕は構えた剣をほんの少しだけ動かした。


チリンッ


その瞬間。そんな小さな金属音だけを立てて、僕と彼の体はすれ違う。


「レストぉぉおおお!!!」


未だ叫び続けるマッソは、かわされたことに気がついて僕に向き帰り再び突撃しようとして……


「あれ?」


……止まった。


彼は自分の手に持った剣の刀身を見つめて疑問符を浮かべる。


それもそうだろう。だって、さっきまで新品同様の輝きを放っていた剣が、いきなり真っ二つに折れているんだもの。


「うーん……!!!」


どうしようかと剣を見つめたマッソは、数秒も経たぬうちに顔を上げて。


「降参だっ!!!!」


そう潔い敗北宣言を述べた。


「しょ、勝者レスト!!!」


マッソの清々しいほどの宣言に若干戸惑いつつ、審判のお兄さんは僕の方を指さして叫んだ。


「う、うぉぉおお!!!」


「なんかよくわからんが勝ったぞぉ!!」


「次は決勝だぁあああ!!!」


観客席からもさっきの試合よりは小さくとも、十分すぎるほどの歓声が上がる。


「なぁレスト、これどうやったんだ!!?」


いやぁ負けた負けたと、頭の後ろで手を組んだマッソが尋ねた。


「マッソの勢いを利用して、少し剣先を当ててエネルギーを加えただけだよ」


僕は横に立った彼にそう簡単に説明する。

僕自身、細かく説明できるかと言われたら微妙ではある。ただなんとなく、こうすれば剣が折れるとわかっただけだから。


「ふぅん!!よく分からんがすげぇな!!」


マッソはそう豪快に笑ってサムズアップをした。


「俺の分まで決勝頑張れよ!!!」


「うん!!」


満面の笑みを浮かべる彼に、僕も微笑みで返す。


待ってて下さい、リリア王女様。


僕は覚悟とともに拳を強く握りしめた。






◇ ◇ ◇






「決勝戦間近にして、競技場にはお二人が立っています。では、少しインタビューをしてみましょう。」


拡声の魔法で声を大きくしたお姉さんが、競技場の真ん中で微笑んだ。


この大会は市民も多く見に来る、魔法学園の一大イベント。

その決勝ともなれば、レポーターまでついての盛り上げようで、これから試合に挑もうという僕とカイン君は剣を持たずにお立ち台に立たせられていた。


「まずは、公国より留学中の勇者ユーコミス・カインさんです!意気込みの方よろしくおねがいします!!」


ハキハキとした笑顔で言い切ったお姉さんが、マイクのような形をした魔法具をカイン君に差し出す。


彼は相変わらずの無表情で、そのマイクを受け取った。


「国のため、精一杯を尽くします。」


彼は考えることもせず定型の言葉をつぶやいた。


よ、良かったぁ……。


僕はほっと胸をなでおろした。

カイン君のリリア様へのあれは、赤井に対抗するためのもので、本心ではない。そう思ったから。


ーーーーしかし、


そのままマイクをお姉さんに渡すかと思われた彼は、それを握ったまま再度息を吸い込んで。


「そして、リリア・バモン・ヤフリオ様を頂戴します。」


と、爽やかな笑みとともに宣誓した。


さっきまでは無表情だったくせに、その部分だけとても優しげでいて格好の良い微笑みを浮かべて、強く言い放ったのだ。


う、嘘だろ…………。


何故だ、なんでなんだ?

彼には同じく公国からやってきた聖女がいただろうし、何より彼は彼女のことを…………。


なんで、なんの意味があってここでリリア様へ告白し、観客を煽る必要がある……?


僕には彼の心も理由も、何もかも分からなかった。


ただ、体は赤井の宣戦布告のときよりももっと鳥肌を立て、震えていた。


そして心が、同しようもないくらいに『ヤバい』と告げている。


何もかもわからないが、このままだといけないことだけは分かる。


前にも似たようなことがあったが、今回のはそれの比ではない。


体の奥で、僕ではない『僕』が、全身全霊で警鐘を鳴らしている。


僕は不意にカイン君の方に目をやった。


「ッ!」


目があった彼の瞳は、微かに笑っていた。


「お熱い宣戦布告でしたね。」


お姉さんがカイン君から離れて、僕の方へと向かってくる。


その姿と縮まっていく距離を見つめると、なぜだか冷や汗が止まらなかった。


「では次、限界は未知数だがその実力は確かなもの。レスト・ローズ…………レスト君!!よろしくおねがいします!!」


僕の名前を読みかけて途中で諦めたお姉さんが、僕の口元へとマイクを差し出す。


「……………………」


お姉さんにカイン君、観客席や来賓席。様々なところから視線が自分に降り注ぐのを感じながら、僕は考えている。

いや、テンパっていると言ったほうが正しいかもしれない。


赤井とリリア様に面識があったこと

赤井がリリア様を狙ったこと

カイン君が宣戦布告を再度行ったこと


今のこの状況、ひいては今までの謎の積み重ね。その他様々な『分からない』が、僕の目の前に壁を作っている。


僕は何をするのが正解なのか。

何をするべきなのか。

何がのか。


そんな自分の感情さえもわからなくなって、僕は頭を抑えた。


賢者様に聞いても、まるで自分で考えろと言わんばかりに『分からぬ』と答えられる。


魔王に至っては、返事すらせずに無言を貫いている。


なんだ、なんなんだ………。


分からない……分からない…………。


僕は体温が急激に上昇するのを感じながら、刺すような視線の束から逃れようと顔を逸した。


そして僕は、人でいっぱいの観客席の中に、一人の少女を見つけた。


「り…………リリア……様……」


彼女は観客席で立っていた。


怒るでも泣くでもなんでもなく、ただ輝くような笑みを浮かべて、


『が ん ば っ て』


そう口を動かしながら。

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