第109話 準決勝、見え始めた転換点
準決勝はAとCリーグ、BとDリーグの突破者が戦う。
つまり、勇者カインと勇者赤井の勇者対決が実現するということ。
観客たちは同じ時代に二人の勇者がいて、その二人同士の戦いを見れるなんて一生に一度以上の価値だと、彼らの戦いを待ち望んでいた。
「ふんっ!!本物は俺だ。名誉も女も全て俺がいただく!」
休憩を挟んで再び競技場で向き合うと早々に、赤井はそう宣戦布告する。
「勇者を名乗るならば、勇者らしい態度で振る舞おうとは思わないのか……。」
腰に手を当てて自信満々といった赤井を見回してから、カインは小さなため息をつきそう珍しく小言を吐いた。
「勇者らしくなくたって、俺は勇者だから」
赤井はその小言をカインの言わんとする事とは違う意味に受け取ったらしく、珍しく真面目な顔でそうつぶやいた。
「ぜってぇまけねぇから!!!」
「……勇者……か…………」
最後に吐き捨てて、観客席の仲間へと手を振り始めた赤井を見つめ、カインは遠い目をしながら囁いた。
彼は身につけた服の袖部分に描かれた、公国の紋章をしばし見つめた後、ゆっくりと顔を上げた。
彷徨っているように見える視線は確かに、観客席に一人で座る聖女リーンを捉えている。
「両者定位置へっ!!!」
審判の合図を聞きながら、
「公国に繁栄を。民に幸福を。聖女に祝福を。」
カインは公国の定型文を暗唱した。
変えられた『聖女』の部分が誰をさすかは、もはや言うまでもないだろう。
「礼っ!!」
審判は二人の勇者がいることを確認して、再度叫ぶ。
赤井は素早く、カインは静かにお互いと観客へ向けて、数回頭を下げた。
「構えてっ!!!」
審判は武器の確認もせずに、礼が終わったのを確認してすぐに言う。
予選と違って準決勝からはある程度のルールがある。
まず私物の持ち込みは認められず、使える武器は配布される剣のみ。
また魔法は完全に使用不可ではないが、できるだけ使わないことが推奨され、使うのも中級までとされている。
他にも細かなルールがあるが、主なものはその二つだ。
時間は一時間までとされているが、大体は三十分ちょっとで終わる。
どちらかが敗北を認めるか、行動不能が確認される。または致命傷を受ける可能性のある一撃を受けたら負け。
致命傷を受ける可能性のある一撃を受けるというのは、簡単に言えば首元に剣を突きつけられたり、脇腹に刃を添えられたりなど、そのまま行けば致命傷になるような一撃を受けたら負けということだ。
「準決勝第一戦、始めっ!!!」
審判のよく通る声とともに、勇者同士の戦いが幕を開けた。
「ゥンッ!!!」
赤井がノールックで繰り出した袈裟斬りをカインが軽く受け流す。
「ッゥ!!!」
少し距離を取った赤井が再び斬りかかる。
「………ゥ……」
勇者と言う『
赤井とカイン。ひいては転生者と現地人。
その両者の間には明確な差がある。
カインの『勇者』という名は、公国と教会によって担保されたものであり、逆に言えばただの名声である。
『勇者』だからといって強い補正がかかることも、圧倒的に強くなることはないのだ。
勿論多少の向上はあるが。
それに比べて赤井の『勇者』は、未だ分かっていないことの多いものだ。そもそも誰に担保されているのかも分からない。ただ、日本からこちらに来たときに一定の条件をクリアすると選択できるもの。
そんな軽いものなのにその効果は絶大で、彼は大した努力もなしに『勇者』と言われても納得するほどの力を手に入れている。
つまり、カインは強いから『勇者』であり、赤井は『勇者』だから強いのだ。
同じ『勇者』なのにここまで違っている。ならば、何を基準に『勇者』と呼ぶかといえば、それは簡単で教会が認めるか認めないかだ。
この場合の教会とは、この世界での最大宗教であるメシウ教のことである。
メシウ教の教皇が神よりお告げを受ける。
大まかな場所やそのものの特徴が告げられるらしい。
そして教会がその人を見つめて、公認することによって初めて『勇者』を名乗れる。
これは『聖女』や『賢者』などの最高位職にも共通して言えることだ。
逆に言えば協会の認可がいる職業以外だったら偽ることができるし、何より職業って概念がない。
日本の『お花屋さん』『お医者さん』『公務員』などと同じで、『剣使い』『魔法使い』『商人』などを好きに選ぶことができるのだ。まあ、日本よりも才能が大きく関わるが。
閑話休題。
赤井の剣がカインに届くことはないが、それでもカインが防戦一方なので赤井優勢に見えていた。
「公国の勇者押されてね?」
「おい負けんなよ!!俺お前にかけてんだ!!」
「いいぞぉ!!やれやれ!!」
そんな観客の声が聞こえたのか、赤井は愉快げに笑うと、
「オリャァアア!!」
わざと大きな声で叫んで、剣の勢いを早めた。
「ヤバくね?」
「このまま赤井ってやつが勝つのか?」
「なんかあっさり過ぎるな」
数分も経たないうちに、観客席はそんな声で満ちていた。
「ウァァ!!」
「……ッ…………」
毎回大きな声とともに剣を振り攻め続ける赤井と、息を漏らすだけで受けてばかりのカイン。
そのどちらが優勢か。それは素人目にも明らかだった。
「ッ!!!」
赤井は笑みを浮かべながら地面を蹴って、カインとの距離を開け、
「これで終わりだぁっ!!!!」
そう一際大きな叫びを上げ、袈裟斬りを放った。
いくら鍛錬を怠っていたとはいえ教会から『勇者』と認められるだけの力はある。
そんな赤井の渾身の一撃が遅いわけもなく。目にも留まらぬ速さで振り下ろされた剣は、カインを切り刻まんと迫ってゆく。
「ゥン!!」
ただ剣に手を添えているだけのカインを見て、赤井は小さく笑った。
もう肩に剣が触れる。そのくらいのところで、カインが動いた。
キゥイーーン
そんな耳障りな金属音とともに、赤井の剣は弾かれていた。
勇者カインは、剣が近づくのをわざと待ってから反撃したのだ。それどころか、彼はその動作から続けて、赤井の懐へと飛び込もうとしている。
「ッ!!?」
赤井からしたら、もう少しで勝つという場面だったのに、何故か一瞬で剣が弾かれ今度は逆に自分がピンチになっている状態。
彼は寸分違わず己の首へと伸びる剣を、どうにか防いで、その勢いとともに距離を取った。
「…………いくよ……」
肩で息をする赤井を見ながら、カインが何かをつぶやいた。
声になったことが不思議なくらいに小さなその言葉は、誰にも聞き取られずに消えてゆく。
カインは一度剣を鞘に納め、再び抜き放つ。
その輝きは先までとは比べ物にならないほど研ぎ澄まされ、強かった。
「ッ!!!!」
一呼吸すらおかずにノーモーションで放たれたカインの逆袈裟を、赤井がまた紙一重で受ける。
ーーーーヤバイ
赤井は本能でそう感じていた。
このカインという少年は……明らかに普通じゃない。
まるで、一般人と異なっていて、固い決意と強い想い。そして弛み無い鍛錬に裏付けされた実力がある。
それはまるでーーーー『英雄』ーーのように。
「あれ?なんか赤井負けてる?」
「公国の勇者が押してるよな」
「てか、あいつ強くね?」
「速いし強いし、ヤバくね?」
観客達は先程と真逆で、カインが攻撃をして赤井が受ける展開にそんな声を漏らした。
カインの攻撃が増えたことは状況の変化として甘んじて受け入れられるが、明らかにカインの速さ強さは、赤井のそれとは違っている。
目にも留まらぬ斬撃が息をつく間もなく連続で襲いかかる。
「グッ!ウグッ!!グゥォッ!!!」
赤井は声にもならぬ悲鳴をあげながらなんとか耐えているというのに、
「…………………………」
攻撃し続けるカインは無表情かつ、疲れのかけらも見せていない。
もう完全にこの場は、勇者ユーコミス・カインに支配されていた。
「グォッ!!」
赤井が悲鳴とともに宙を舞う。
もう観客たちも審判も、何度も見てきた光景だった。
「…………」
「グボッ!!」
カインは表情のない冷淡な視線で無言のまま、赤井へと剣を振り続ける。
「ガハッ!!」
お腹の脇に剣が食い込んだ赤井は、そんな息を吐きだす音とともに地面に這いつくばった。
剣の刃の部分が当たれば当たり前に切れてしまうし、死んでしまう。
なのでカインは器用にも剣の腹だけを使って、赤井を殴っているのだ。言うならば鉄の塊で殴られているだけの状態。
死にはしないが、それ以上の激痛に襲われ続けているのだ。
「グハッ!!ガボッ!ヴォッ!!」
三連発のカインの攻撃が赤井を襲う。
そしてついに赤井は、地面に這いつくばって完全に動かなくなった。
「勝者、ユーコミス・カイン!!!!」
そう、審判が叫んだ言葉に反応し、
「うぉぉおお!!勝ったぁ!!!」
「何負けてんだぁ!!大負けだよぉぉおお!!!」
「公国に負けてんじゃねぇ!!」
そんな絶叫が観客席から響いた。
「クソ………クソォ………俺が……負けるなんて……クソッ!!!」
赤井は地面に膝をついて、拳を叩きつけ叫ぶ。
ずっと優勢だと思ってたのに、気がつけば押されていて、そして一瞬で圧倒的な速さと力によってねじ伏せられた。
元からプライドの高い彼にとっては、それは何事にも比べ物にならないような屈辱。
しかもそれを不特定多数の人間に、さらにはクラスメイト達に晒して嗤われているんだ。
「クソぉ…………」
赤井は彼の人生初めての『挫折』というものを味わっていた。
「公国に繁栄を。民に幸福を。聖女に祝福を。」
泣いているのか怒っているのかわからないが、とにかく地面に膝をついている赤井を見下ろして、カインはそう試合前と同じ定型文を述べた。
「………………」
赤井は何も言わずに頭を伏せる。
言った本人や傍からしたらどうともないそのセリフも、今の彼からしたら明らかな煽りの言葉になる。
カインはその様子を無機質な瞳で見つめ、無言のままその場をあとにした。
「ざけんな赤井!!!金返せ!!!」
「お前なんかどこにでもいんだよ!!!」
「弱っちろぉい!!!死ねや!!!!」
残ったのは、飛び交う罵詈雑言とそれを受けてもなお下を向き続ける赤井ーー
ーーそして、その姿を冷めた目で見つめるクラスメイト達。
転換点は刻一刻と、近づいているのかもしれない。
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