第108話 少年は覚悟を決め、戦いは始まる

「あのっ!」


僕は汗を前髪から垂らし、机に手を置いた。


「どうしたどうした!?」


受付のお兄さんが僕の血気迫る表情に驚きつつ尋ねる。


「今から参加できますか」


観客席から競技場入口の受付スペースまでの全力疾走で荒れた息を整えながら僕はそう言った。


「い、今からね。ちょっと確認しますわ。」


僕の勢いに圧倒されてお兄さんは、手元の書類をパラパラめくる。


「えっと一枠空いてるから大丈夫だ。」


お兄さんはそう言って微笑んだ。


「あ、ありがとうございます」


「いえいえ、こちらの書類確認してサインよろしく」


頭を下げる僕にペンと髪を渡すお兄さん。

僕は小さく会釈をして、その書類を書き始める。


「でも当日にいきなりなんて珍しいね。」


お兄さんは僕が書くのを見ながら、椅子を揺らして言う。


「そ、そうですかね」


「何ぃ、罰ゲーム?」


ニヤけるような悪い笑みを浮かべてお兄さんが尋ねた。


「いや違います」


僕はその様子に苦笑いしながら答える。


「そうなんだ。じゃあ、勇者くん倒したいとか?」


暇だから聞いているのか。それとも本当に気になっているのか。


そのどちらかは分からないけど、お兄さんは理由が知りたいらしい。


「あ、あははは。書き終わりましたよ。」


僕はそう愛想笑いでごまかして、書類にペンを添えてお返しする。


「あぁおっけい。じゃあこの表見て出番になったら集まってね。」


好奇心より仕事のほうが勝ったらしく、お兄さんはテキパキとハンコなどを押しながら数枚の紙束を渡してくれた。


「ありがとうございます」


僕はこれで手続き終了と、お兄さんに一礼をして背を向け、帰ろうとする…………


「で、結局なんで出るの?」


…………が、そう呼び止められた。


お兄さんはどうしてもそれが知りたいらしい。


「そうですね……」


僕は頬をかきながら空を見上げた。

別に理由はなく、ただお兄さんの好奇心満タンの視線から逃げたかったから。


やっぱり恥ずかしい……というか説明とか色々めんどくさいし、できることなら話したくない。


…………けどまあ、たまには格好つけるのもいいかな。


僕は目をそらされてもなお僕を見つめ続けるお兄さんに向き合って、


「大切な子を守りたいから……ですかね」


そうとても単純な理由を述べた。


「へぇ、いいじゃん!頑張れよ少年!!」


お兄さんは明るく笑って、サムズアップを向けてくれる。


「ありがとうございます」


僕は何度めかになるかわからないお礼をして、その場をあとにした。







◇ ◇ ◇






武術会は年に一度ということとその賞品の豪華さから、毎年かなりの数の生徒が参加する。


その仕組みはとても簡単で、予選の各4リーグで勝ち残った四人が準決勝を行い、それに勝ったら決勝に行くというものだ。


つまり予選で、9割以上の生徒たちが落ちるのだ。


30分間殺し以外は何でもありで戦い、最後まで立っていた人が勝つ。

予選はそんな感じのとてもシンプルかつ、自由度の高いルールになっている。


それ故、毎年混戦になって決着がつかず延長は当たり前。大番狂わせどころか、気がついたら周りがみんな相打ちで勝っていたなんてこともざらにある。


しかし。今年は異例で、まったく違った試合展開になっていた。


一番最初に行われたAリーグは、開始10分も経たぬうちに決着がついた。


勇者ユーコミス・カインが開始早々に振るった剣で大半が気絶。


残った数人も各々1分もかからず倒されて、そのまま彼の一人勝ち。まさに独壇場である。


その次のBリーグは、試合開始直後こそ例年通りの混戦で戦況が分からなかった。


だが10分すればそれも落ち着き、残るは20人程度となる。


皆が一定の距離を測って牽制しあう時間が続き、観客からつまらないと批判の声がちらほら聞こえるようになったとき、


『うぉぉおおおお!!!!』


そんな雄叫びが響いた。


選手も観客もその主に気を取られたそのすきに、吠えた本人ーーーーマッソ・トレーニングが、持っていた短剣を捨てて近くの人から無差別にタックルを決めていっのだ。


最初は混乱していた他選手たちだが、少し経てば状況を理解して動き始める……がしかし。

その頃には残るは片手で数えられるほどの人数しか残っていなかった。


そして、そのまま崩れるようにマッソの勝利となった。


そんな前代未聞丸腰でのリーグ突破が起こったBリーグのあとに行われたCリーグ。

そこでもまた前代未聞の事態になった。


予選は殺し以外は何でもありのルールだが、暗黙の了解として持つのは剣で魔法は軽くあり。持ち込むのはせいぜい薬草で毒などは無し、というのがあった。


暗黙の了解として全選手に共有されていたそれを、赤井 咲夜あかい さくやという生徒は完全に無視した。


開始の声がまだ響き渡らぬうちに彼は忍び持っていた即効性のある強力な痺れ薬をばら撒き、それで動けなくなった選手たちを片っ端から倒していったのだ。


そんなスポーツマンシップのかけらのない行動だが、表立ったルールには反していないので彼の勝ちとなり、CリーグはAリーグよりも少し早い9分35秒での決着となった。


そして、残るDリーグ。

ここまでの3つがあったあとなので、観客達ももう特例はいいからいつも通りの泥臭い戦いを見せてくれと思っていた頃行われたその試合は……今大会……いや、この武術界の歴史で最もな試合となった。


「よぉい、はじめっ!!」


そんな掛け声で始まった予選Dリーグ。


観客たちも審判でさえも、今までの濃さに疲れていた。


A,Cリーグは事前に勇者がいることが言われていたし、Bリーグも荒れると予想されていた。

だが、このDリーグのみはこれといった強者もいなければ大穴もいない。ごく普通のリーグになるだろうと言われている。


ただ、当日申込みの人は皆ここに振り分けられるので、それで大番狂わせがあるかもしれない。


これ以上興奮して疲れたくないが、かといって最後に限って例年のようなぬるい試合を見るのもつまらない。


そんな相反する2つの感情をいだきながら、観客たちは試合を見守った。


開始して数分経っても、大きな動きは見られない。


まだあちらこちらで少しずつ負ける人が出始める段階。戦況が傾くことはない。


このまま終わるのかと、皆が少しだけ肩を落とした…………が、やはりトリはそんなものでは終わらなかった。


試合も進み残るは半分となったところで、それは起こった。


フュン


そんな風を切るような音だけが響き、気がつくと、


「あぅ」


「うぇぅ」


「おっ」


「ゴエッ」


競技場の真ん中に立っていた選手たちが一斉に、呆けた声を上げて膝から崩れ落ちたのだ。


屈強な大男も、技術を磨いた武士も。戦っていたほとんどの人がしびれたように動かなくなる。


見ている人はまた薬かと疑うが、倒れた選手たちの膝裏にはほんの小さくだが赤い跡がついているので、それが打撃によるものだとわかった。


あの瞬きする間もない一瞬で、大量の人々の膝裏を正確に打ち、筋肉を麻痺させて倒れさせる。


そんなことが人間にできるのか。

もしできるとしたら、誰がそれをしたのか。


観客たちの視線は、立っている数人に注がれるが…………


「へ?今何が起こった!!?」


「ていやぁっ!!!」


「…………」


……とあるものは状況が理解できずに慌て、とあるものはまだ戦いの途中と思い剣を振り続け、またあるものはただ黙って立っていた。


明らかに普通ならば勝ち上がれなかったであろうその顔ぶれを見て、観客たちは益々疑問を強める。


この中の誰がやったのか。


彼らは値踏みをするような視線を飛ばすとともに、まあ勝敗付けば勝ったやつがやったんだろうしわかるかと思っていた。


だが、そんな期待すらも打ち砕かれる。


「アブっ!」


「ボベっ!!」


「グッ!」


運良く残った競技場に立っている数人も、奇声を上げながら倒れたのだ。


…………いや、厳密には違かった。


「ぅ……うぅ………」


一人の小さな少年が、やっとの思いで立っていた。


「「「…………」」」


観客たちも審判も、すでに試合を終えて高みの見物の選手たちも、その明らかに異様な光景に黙り込んでしまう。


「あれ、誰が……」


数十秒経って、審判が再起動したように意識を取り戻した。


「ゆ、優勝は、レストくんっ!!!!」


彼はあたりを見渡して戸惑いながらも、端っこでプルプルと足を震わせながらもなんとか立っている少年の手を掴んで、そう叫んだ。


こうして史上初めて、勝因不明でただ体幹の強かっただけの少年が準決勝進出という、事態が起こったのであった。


この時点での優勝予想は、一位公国の勇者。二位勇者赤井クズ。三位がマッソ筋肉で、四位がレスト。


まぁ予選の様子を見るに、順当と言えるだろう。






ーー勇者と、欲深き者赤井と、大切な人を守るものレストと、ただただ戦いが好きな筋肉ダルママッソの四つ巴が幕を開けるーーーー



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