第106話 武術会当日に
時というのは早いもので。
あれからずっと、起きて学校に行ってギルドに行って寝て。という生活をしていたらもう、数週間も経ってしまっていた。
「ふぁあ」
僕は大きなあくびをしながら、学校への通学路を辿ってゆく。
「今日はやけに人多いな。どうしたんだろ?何かあるのかな。」
周りを見渡すと、いつもの大体1.5倍くらいの人がいる。
そしてその半分くらいは学園の生徒ではない、普通の人たちだ。
なんかイベントあるのかな。
僕が呑気にそんなことを考えて、校門を通ると、
『本日は待ちに待った武術会でーーーす!!』
元気いっぱいのアナウンスが聞こえてきた。
…………へ?今日、武術会なの?
うそ。僕普通の学校だと思ってたんだけど……。
予想外の事態に校舎までもう少しというところで立ち尽くしていると。
「おっはぁ!!!! 今日はいよいよ武術会だなっ!!!」
そんな元気な声とともに、背中に衝撃が走った。
「いったい……。」
「ごめんごめん!!!」
背中を擦る僕に謝りながら笑った彼は、僕の友達であるマッソくんである。
「本当に今日なの?」
僕は朝から元気いっぱいなマッソにおはようと挨拶してから、そう尋ねた。
「聞いてなかったのか!!? もし出たいなら飛び入り参加もできるぞ!!」
驚いたといった様子からの、流れるような参戦勧誘。
やっぱりマッソでも、一人というのは心細いのか。
はたまた、ただ誘ってみただけなのか。
どちらにせよ、マッソには申し訳ないけど、僕が出る予定は今のところない。
「そういう訳じゃないけど……そうか、今日なのか。」
今日この日。ただの一学園の武術会一つが、結構大きな転換点になると、僕は思っている。
赤井と、勇者。
その二人の話題で近頃の学園は持ちきりだ。
本当に、穏やかじゃない…………。
「もしかして学校だと思ってたのか!!?」
「うん。」
どうか、良い方向に行きますように。
僕はマッソへ頷き返しながら、そう心から願った。
「ハハハ、今日は授業なしの完全自由だぞ!!! まぁ大体の人は武術会を観に行くだろうけどな!!」
やる気満々といった様子で筋肉を見せつけるポーズを取って、マッソが言う。
「そうか。マッソも出るんだよね?」
僕が確認のためにそう聞くと、
「おうよっ!!」
彼はそう元気満タンにサムズアップしながら返してくれた。
「頑張ってね。」
願わくば、彼に優勝してほしい。
僕はそんなことを思いながら、マッソへとエールを送る。
「あたぼうよっ!!!」
太陽を背に豪快に笑うマッソは、とても頼り強かった。
◇ ◇ ◇
「すごいなぁ」
僕は、人混みの中感嘆の声を漏らした。
今いるのは学園の奥にある大武術堂ってところ。
屋根はかかってないけどとても大きくて、日本で言うコンサートホールみたいな形をしている。
マッソとはアップしてくると言っていたので、少し前に別れた。
僕は一人で大武術堂の一席に座って、真ん中へ視線を落としていた。
ぐるっと観客席に囲まれた真ん中では、選手たちが公開アップをしている。
これが、ただのアップじゃなくてみんな個々に色んな特徴のある練習をしていて、見ていてとても勉強になるのだ。
僕もこっそりと、魔法を使って勉強させていただいている。
マッソも端っこの方で一人、念入りにアップをしている。
といっても、周りとは違くて明らかにパンプアップの方だけど。
今からあんな重そうなものを持っていて、本番疲れないのか心配だ。
「楽しみだねぇ!!」
「私、勇者さん応援してるの!!」
「あの公国から来たっていう?」
「そうそう!!」
観客席は学生全員でも埋めきれないくらいたくさんあるが、一大イベントということで街の人とかも結構来ているみたいで、もう少しでその半分が埋まろうとしていた。
まだまだ開会まで時間があるのに、そこまでみんな武術会が見たいということなのか。
娯楽の少ないこの世界では、こういうのの人気がより一層高まるのかもしれないな。
僕がそんなことを思ったその時――――
――――それは聞こえてきた。
『あぁもしもし、聞こえるか?』
そんな、とても拡声器まで使って話しているとは思えない軽い言葉。
周りはなにか面白そうだとざわつき始めたが、僕の心はそれとは別の意味でざわついていた。
『聞こえてるみたいね。おっけ。』
皆の注目を受けてもなお、余裕そうにそんなことを言っている彼が、
『俺は、勇者の赤井って言いまーす』
彼は何を思ったのか、アップをするはずのこの時間に、魔法で声を増大して会場全体に響き渡るくらいの声量で話し始めた。
『えっと、俺は長々とした話きらいだから、超簡潔に言います。』
赤井はニヤっとした笑みを浮かべながら、観客へと訴えかける。
煽られやすいのか、単に面白がっているのか。
観客達もみな、赤井へと視線を注いで続く言葉を待っている。
僕は赤井の笑みを見つめながら、どうか。
どうか、変なことは言わないでくれと、強く強く願った。
…………が、しかし、そんな願いが彼に届くはずもなく。
赤井は心底楽しいといった表情と声色で、高々と、
『俺は、この武術大会で魔法も使えない自称勇者、ユーコミス・カインに勝利する!!』
そう叫んだ。
「やばいない!?」
「勇者と勇者の対決かぁ!!?」
「これは面白くなってきた!!」
「おい誰か賭けやろうぜ!!」
会場はそれだけで、揺れんばかりに盛り上がる。
………が、赤井はまだ叫び足りないのか、再び大きく息を吸うと、
『そしてっ!!!王国第三王女、リリア・バモン・ヤフリオを頂くっ!!!!』
そんな、さらなる火種を投下した。
赤井の言葉が響いたことで会場は一瞬静まり返り、そして、
「「「うぉぉおおおお!!!」」」
溢れんばかりの歓声に包まれた。
『お前らが何と言おうと関係ねぇ!これは決定事項だ!!もし文句があるんなら武術会に出て優勝してから言えっ!!!』
赤井は、ぐるっと自分を取り囲む観客達の視線にニヤリとした笑みを返してから叫んだ。
どんどんと歓声と興奮は大きくなっていき、ついには
「そっちの勇者もなんか言えよ!!」
「煽り合いならどっちも行ってなんぼだろ!!」
「はよ!!!」
そんな声まで出始めた。
「そうだ!お前もなんか言えよ!!」
赤井もその声に同調して、当事者なのにも関わらず、何食わぬ顔で素振りを続けている少年へと詰めかける。
「はぁ」
彼は観客にも聞こえるようにわざと大きくため息を吐いてから。
「公国の勇者としてこのような不躾な一方的かつ卑劣な参戦布告を受けることなど有り得ない。」
そう言った。
「ざけんなぁ!!」
「冷めるだろぉ!!」
「気取ってんじゃねぇ!!」
「負けるのが怖いんだろ!!」
そんなことを言えばもちろん盛り上がっている皆からは罵詈雑言が吐かれる。
彼もそんなことは重々承知なのか、やはり表情を変えずに、さらにこう付け加えた。
「しかし、それだと我々の威厳も何もないので、今回ばかりは正々堂々お受けしよう。」
「ッ!!!」
僕は最悪のシナリオへと進み続けるのを驚きの声を漏らすしかできず、ただなりゆきを見守る。
「「「うぉぉおおお!!!!!」」」
まさかの勇者対勇者の決闘が実現するのかと、観客達は今日最高の盛り上がりを見せる。
ただ、その中には未だ触れられていないリリア様について気になっているものも多数いた。
そんな事情を知ってか知らないのか、少年は無表情の顔のまま、
「公国勇者ユーコミス・カインは、ヤフリオ王国勇者
そう、まだ幼さの残る声で言い切り、王国流とは少し違った。されど、その麗しさは変わらない自らの君主に向ける以外では最大級の御礼を見せた。
「うぉぉぉおおお!!!」
「盛り上がってきたぁああああ!!」
「来たかいがあったぜ!!!」
「王女様を巡って二人の勇者が激闘!!!なんて胸熱なの!!!」
「きゃぁあああああれ!!!」
観客は老若男女構わずその全員が、今から行われる王女を賭けた勇者同士の対決へと期待の声を上げている。
そんな中、僕は一人…………
「嘘……だろ」
…………そんな、最悪が現れたことへの絶望の声を上げた。
赤井と少年が戦う事はなんとなく噂からも聞いていたし、覚悟もできていた。
なのに……まさか
ーーーーいや、それだって聞いていたはずだ
マッソから、赤井がリリア様を狙っていると教えてもらったし、少年がリリア様に急接近しているのも何度か目にしている。
そう、覚悟を決める時間はいくらでもあったはずなんだ。
…………けど、だけど、心のどこかでそんな事は、ありえないと思っていた。
赤井と少年のこともそんな大勢の前で宣言までするかと思っていたし、リリア様に至っては噂だし聞き流していい程度だと思っていた。
「どう……しよ…………」
しわ寄せというのはいつか訪れる。
今回も、情報は周りから十分に与えられているのに、今まで何もしてないしわ寄せが来ただけ。
僕は、興奮冷めやまぬ観客たちの中で、一人考える。
今から取れる最善の策。
目標は多くしても結局どれも達成できずに終わるだけだから、少なくていい。
今回の場合は一個。
そもそも本人の了承もなく、戦いの景品のように扱っていいのかという問題もあるけど、なんだろうかこの何でもありの世界だからだろうか。嫌な予感がしてならない。
とにかく、絶対にこのままではいけない。
変わることを恐れて何もしなければ、何か行動して失敗するよりももっとひどい結末が待っている。
そのことは、僕が1番知っているはずだ。
赤井と少年のどちらかが勝てば、リリア様はその人に取られてしまう。
二人が優勝できなくとも、赤井と少年その間に優劣がついた時点でゲームオーバーだ。
引き分けだったとしても、それで本人たちが納得するかわからないし、第一にここまで盛り上がっている観客が許してはくれないだろう。
つまり、リリア様を守る方法はないに等しい。
…………唯一つ。僕が絶対に取りたくない、それをするなら学園を辞めてやるとまで行ったことを除けば……
僕は自分の中で葛藤する。
どちらが大切か。そんなの明らかなのだけど、いざ踏み出すとなると躊躇してしまう。
「クソぉ………」
僕は頭を抱えて、唸り声を上げる。
自分勝手なのは分かってるけど、誰かに背中を押してほしかった。行けると、それをしないと後悔するだろうと、叱ってもらいたかった。
けど、僕のためにそんな事をしてくれる人は…………………いな……
……く……ない………………
『ま……おう……』
僕は、ずっとそこにいて頼ったら答えてくれる、そんな頼れる……仲間と呼べるうちの一人である魔王へと、声をかけた。
『どうしたんだい?』
彼は待ってましたとばかりの明るい声色で、そう尋ねる。
話すのが久しぶりだからだろうか、魔王様が喜んでいるように感じた。
『どっちが良いと思う?』
僕はその一言しか言わなかった。
変に付け足したらきっと僕は言い訳をしてしまうから。逃げて、そっちを言わせてしまうから。
そして彼は、そういうところに関して誰よりも厳しいから。
『そうだねぇ』
魔王は声だけで笑っていると分かるようにつぶやくと。
『君の後悔の少ない方に行けばいいよ。後に悔やむから後悔。夕飯一つでも悔やむのが人間さ、後悔のない選択なんて無いし……そんなのつまらないだろ。』
そう、
あくまでも最後に選択するのは僕ということは伝えながら、彼は明確に道を示してくれた。
さすが、長く生きていて色んなことを知っている魔王様だ。
『ありがとう』
僕はそう心でつぶやき、
「行ってくる」
こっちはわざと声に出して伝えた。
『はいはーい。頑張ってねぇ。』
背中を押してくれた彼は、そんな呑気な声で僕を送り出した。
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