第104話 武術会の張り紙とお仕事

「武術会か。」


僕は学校に張り出された『魔法学園武術会開催のお知らせ』という紙を見ながら呟いた。


さっきマッソが『来たぜこれぇ!!!』と興奮気味に教えてくれたから、参加する気はないけどなんとなく見てみようかなと、わざわざ張り紙の前まで来てみたのだ。


なんでも優勝したらかなりの賞金と、見る人が見れば気絶するほどの商品がついてくるみたい。


マッソみたいにただ戦いたい人の他に、その商品を狙う人も多いのだとか。


賞金とかはちょっと欲しい気もするが、こんなので優勝すれば人の目に触れまくるどころか一躍有名人になってしまうので、僕は断固として参加しない。


まぁ強制でもないんだし、周りの声を聞いてもでない人のほうが多そうだし。


マッソから聞いたことはやっぱり気になるには気になるけど、かといって第三者の僕がなにか言えるわけもないし…………様子見というか、傍観するしか無い。


「戻るか……」


やはり武術会が気になる人も多いみたく、張り紙の前には小さな人だかりができていた。


もうあらかたは見終わったし、参加する気もない僕が前に居ても邪魔になるだけだから、僕は人だかりを抜けて、開けている場所まで動く。


お昼休憩はまだまだ始まったばかりだけど、僕は木の実を少し食べるだけだし、特にやることも無いので教室に戻ろうとしたその時。


「そうなんですね。」


「それで、王女殿下にお聞きしたいんですが……」


そんな聞き慣れた声がした。


僕が無性に気になって、勢いよく振り返ると…………


「……リリア様…………」


……見知った少女と、少し前に見た少年が仲睦まじく話しながら歩いていた。


「分からないです。」


リリア様が少し恥じらいながらそういえば、


「なら、別の話をしましょう。」


そう、金髪碧眼の美少年。公国の勇者様が優しく微笑みながら話題を切り替える。

その様子は誰がどこからどう見ても、若いカップルにしか見えなかった。


彼に続いて勇者様まで…………。


僕は少しもやもやした気持ちとともに、足早にその場から立ち去った。





◇ ◇ ◇




「これ、お願いします。」


ダンッと重い音を立てて、依頼の紙をギルドのカウンターに置いた。


「はい承ります。レスト様にしては珍しく、荒れていらっしゃいますね。」


ずっと僕を担当してくれているカウンターのお兄さんが、珍しく業務連絡以外のことを口にする。


「いや、普通ですよ。」


そう。普通なのだ。


マッソから聞いたことや、リリア様と勇者様のこと。

僕には直接関係なくとも、少しだけ。ほんの少しだけ、心の奥がざわつくような事はあった。


しかし、それ以外にはこれと言って事件もなく本当に普通の日々を謳歌しているのだ。


そう、僕は至って普通。いつもどおり、休日にギルドの依頼を受けに来ているだけ。

いつもは受けないような、高難易度の依頼を手に取っていることも偶然。ただ、今日は難しいものに挑戦してみたい気分だっただけだ。


「なるほど。依頼の方承りました。お気をつけて、行ってらっしゃいませ。」


僕の顔を一瞥したお兄さんは、そのまま何も言わずにいつも通りの爽やかな笑みを浮かべてそう言った。


「ありがとうございます。」


僕も微笑み返す。振り向きざま、


「悩み事は誰かに話したほうがいいですよ。」


そんなお兄さんの微笑み混じりな囁きが聞こえたような気がした。

だから僕も、


「ありがとうございます」


もう一度小さく、感謝の言葉を繰り返した。




 ◇ ◇ ◇




「半ばノリで受けてしまったけど、これ大丈夫なのかな……。」


僕は手に持った依頼書に目を落としてつぶやいた。


その紙にでっかく書かれているのは『ヌタワニ討伐』の文字。

特別依頼のところに貼ってあったし、他の依頼書よりもより一層難しいらしい……。


この依頼書、他のものに比べて明らかに細かく詳細に書かれている。


目的地の場所を示す地図なんかも載せてあるし、わざわざ討伐対象の情報が細かく書かれている。本当に至れり尽せりで、それが返って怖い。


『ヌタワニ。淡水に生息する巨大なワニで、全長10メートル、重量1トンを超える個体もいる。確認されている個体は非常に少ないため、学術的価値が高く高値で取引される反面、その討伐には非常に重度な危険が伴う。」


なるほど……細かい情報はあるに越したことはないし、有り難いんだけど……。

なんだろう、ここまで細かいとその裏の意味を考えてしまって、とても怖くなる。


紙の下の方には、『依頼中の事故又は死亡においてはギルドは一切の責任を負いません』とわざわざ周りよりも小さな文字で注意書きがされているし……。


「まあ受けちゃったものは後にも引けないし、やってみるしか無いよね。」


僕はそうつぶやいて、不安な気持ちはそのままに依頼書に書かれている目的地へ向け、歩き出した。



………


……






「なるほどね。」


僕は大きな湖の縁に立って、その水面を見つめながらつぶやいた。


ヌタワニの依頼だけ難易度がずば抜けて高いことに疑問を抱いていたけど……これを見れば簡単に納得できる。


「いっぱいいるなー」


かなりの大きさの水面を埋め尽くさんばかりの、緑色の影。


多分これが全部ヌタワニなんだろうな。


「確かにこれが全部かかってきたら死んじゃうわ」


僕はなるべく彼らを刺激しないように、魔法で存在感を消しながら小声でつぶやいた。


どうするかな……


ざっと見ても大体の数すらわからない程の大数。

これを一瞬かつ確実に全て倒す方法。

そんなものがあるのか……。


超高火力の魔法をぶっ放す?

いや、それだったら他のところまで害が及んじゃうし、中に潜られたら倒せないかもしれない。


王水雨をふらせる?

湖に入ってるし、あんま効果なさそう……。

あと、そこまで雲を大きくできるのかわからない。


うーん、なかなかに難しい。


まぁ特別依頼の中でもさらに別格のやつだったから、そんな簡単に解決できたら困っちゃうんだろうけど。


どうしようか……


ここを覆うように結界を張って、その中で大爆発を発生させるかな?

たしかにそれは有効な技の一つだと思うけど……けどなぁ、精神も魔力もゴリゴリに削ると思うからやりたくないな……。


探索魔法で個体の場所を把握。からの、その各個体ずつに炎の矢ファイヤアロウ発射。

それでも行けそうだな。


うーん…………


僕はワニが闊歩……いや闊泳する湖を見つめながら頭をひねらせた。


 ◇ ◇ ◇


「ごめんね、いきなり呼んじゃって。」


僕は彼の背中を撫でながら、謝罪の言葉を述べる。


「ギャアアアアア」


久しぶりに聞いても迫力のある咆哮で、黄金のドラゴン…………キュオスティが咆えた。


「じゃあよろしくね。」


僕がポンと彼の背中を叩くと、キュオスティが急上昇していく。


前に別れてから会ってなかったから、彼もどこか嬉しそうだ。


僕は悩んだ末、キュオスティを呼んで、上空から攻撃することにした。


僕自身、魔法で飛ぶことはできるんだけど……。

飛行魔法に探索魔法に攻撃魔法。

それをすべて使うとなると、結構きついと思う。


まぁキュオスティに会ってみたいっていうのもあったしね。


「Go!!Go!!」


風を切りながら雲の少し下を飛んでいく。

少しだけ結界を緩めてみると、風が吹いていてとても気持ちいい。


湖の近くに呼ぶとヌタワニさんたちに気づかれてしまうと思ったので、一山越えたところに呼んでおいた。


「ギャァギャアアアア!!!!」


「イェーイ!!!」


僕らはしばし、空の旅を楽しんだ。

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