Y&T8
Side 山田
◇ ◇ ◇
俺は山田。ただの山田だ。
日本で極々普通の高校生活を送っていたが、ある日異世界に来てしまった。
あの事件の後、赤井の暴走は更に強まった。
常にイライラしていたし、廊下などであの少年にすれ違うたびにイチャモンを付けて絡んでいた。
彼の独走が強まっていくのに比例して、クラスメイトたちの信頼は下がり不満は募っていく。
このままだといろいろなバランスが崩れる。誰もがそう思ったときに、とある情報が伝わってきた。
『魔法学園武術会開催のお知らせ』
武術会というのはこの学園で毎年行われる一大イベントで、何でも俺ら異世界組も参加することができるらしい。
それを聞いた赤井は、待ってましたと言わんばかりに顔を歪ませて、
「見てろよ偽物野郎」
そう、つぶやいた。
それから赤井は少しだけ変わった。
暴走することは無くなることはなかったが、回数もその規模も明らかに低下した。
そして今まで断固としてしなかった自主練習もやり始めた。
といっても、たまに小一時間仲間たちと剣を振る程度だけど、まあ彼が剣を握るようになった分とてつもない進展だ。
その分彼女さんとイチャイチャする姿も多く見られたが、あの赤井が目標がどうであれ努力するようになった。
それだけで、俺には彼の本気度が伝わってきた。
赤井は…………勝てるのだろうか。
あの少年、正直どのくらい強いのか全くわからない。
もちろん彼が剣を振ったり魔法を撃っているところ見たことがないのだけど、普通ならまとっているオーラとか雰囲気である程度の強弱は伝わってくるのだ。
なのにあの少年からは、まるでその部分だけ意図的に隠されているように、強さが伝わってこなかった。
「俺も……がんばろう」
この世界では力が全てだ。それは嫌というほど分かってきた。
強い職業を持てば、何もせずとも強者になれる。
弱い職業を持てば、どんなに努力しても弱者のまま。
魔物という異型の生物がいて、そいつらの中にはとんでもなく強いものがいて。
その頂点のドラゴンにあってしまえば、俺たち人間は黙って蹂躙されるしか無い。
ただ、人類も嬲られているだけの訳もなく。
俺らの中には、勇者や聖女なんかの、所謂英雄と呼ばれる人々がいて。
その人達は生態系の頂点たるドラゴンも、力を合わせれば勝ててしまう。
人類は弱いようで、とても強い。
だからこそ、その中にはとてつもない格差が生まれる。
俺みたいな一般人は、努力するしか無い。
それを続けた先に光がないとしても、努力を……辞めることは許されないのだ。
もし、それをしてしまえば…………一瞬で強者に貪られる。
◇ ◇ ◇ Side 勇者 ◇ ◇ ◇
「くそ……」
日の昇る前の、今まで暗闇が支配していた空に薄っすらと希望の光が差してきた頃。
ヤフリオ王国の学園都市の路地裏で、一人の少年が短く暴言を吐いた。
「全くわからないじゃないか……」
膝に両手をついて、公国の勇者ユーコミス・カインは弱々しい声でつぶやく。
王の真の命令である、とある人物の調査に乗り出したのだが…………。
「どこにいるんだよ……」
この通り、全くと言っていいほど情報が得られないのだ。
街で聞き込みをしても、この付近の裏の情報屋に聞いてもその人物を特定できるような情報は得られない。
それどころか、名前もどこに住んでいるのかも、こんな人じゃないかという曖昧や疑いの情報さえも、何一つとしてそれに関する情報は聞けなかった。
ここまで来ると王国が全力をかけて秘匿しているのか、はたまた公国が間違えたのかという線まででてきてしまう。
「お手上げだ」
勇者がその言葉通り両手を上げて伸びをしたその時。
「王女」
ぼそっと、それまで一言も発さなかった聖女が、小さくつぶやいた。
「王女か。そういえばあの時止めに入ったのがそうじゃなかったか?」
少年は少女の言った言葉と目標の関係性を考えて、少し前の出来事を思い出す。
ちらりと少女に目をやると、彼女は無表情のままその首を小さく縦に振った。
「あの女か。確かに肝が座ってそうだし、あの勇者なんかよりも断然強そうだったな。それであれだ、あの王女お前と同じで聖女だったよな。確か宗教は…………」
勇者は数日前の記憶を辿って話すが、そこでつまずいてしまう。
王女がなんの宗教なのか、それだけが雲がかかったように思い出せない。
たまにあるど忘れというやつだ。
「メシウ教」
うーんうーんと頭を抱える少年を見て、少女がちいさくつぶやく。
「そうだ、メシウ教だ!!」
ポンと手鼓を打った彼は、もやもやが取れたと晴れたような表情を浮かべる。
「冷静に考えると、聖女が最低でも三人いるんだよな…………。」
自分の目の前に立つ公国所属聖女ノイバラ・リーン。あの赤井という男の近くに居た頭の悪そうな少女。そして、王国の第三王女にしてメシウ教の聖女。
一時代に、聖女が三人。勇者が二人。そして…………
「ーーーーが一人」
英雄と呼ばれ、同時に二人もいればいいと言われた存在が最低でも六人はいる。
その事実に、当事者の一人である少年は小さく笑った。
「王女兼聖女か…………彼女なら知っているかな」
彼はそう笑ったままつぶやくと、コツコツと小気味のいい音を立てて歩き始めた。
「……………………」
その背を追うように、少女も歩きだす。
一人の勇者と一人の聖女が、これまた一人の聖女へ向けて動き出した。
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