第103話 日常と動き出した影

少年と赤井の関係が悪化して、学園を巻き込んだ権力闘争になり、僕がそれの中心人物として巻き込まれてしまう…………なんて、ドタバタ展開が現実にあるはずもなく。


僕は、ごくごく普通の日常を謳歌していた。


毎日学校に行って授業を受け、放課後はギルドの依頼を受ける。

たまにマッソと遊んだり、フェルンくんのお買い物に付き合ったりなんかもしたけど、それも大した事件が起きることなく楽しく終わった。


変わったところといえば、あのときの少年はやっぱり勇者だったということと、隣の女の子も聖女だったということが分かったこと。


後は、赤井と勇者の小競り合いというか、赤井が一方的に絡んで周りに止められるみたいなのはちょくちょく聞くようになった。


けど、その二つを除けば、本当に穏やかな日々だ。


「次って何?」


浅く椅子に腰掛けて、鞄を机の上においた僕に、フェルンくんが尋ねる。


「もう今日は終わりだよ。」


僕は次の授業があると思っている彼に、優しい眼差しを向ける。


「あれ?そうだっけ」


フェルンくんは首をコテンと傾げてつぶやいた。


「そうだぞ!!!脅かすのはやめろよっ!!これ以上座っていたら俺は死ぬ自信がある!!!!」


ガッハッハと豪快に笑いながら、マッソがフェルンくんの背中を叩いた。


「強すぎだっ!」


無言で頬をふくらませるフェルンくんに代わって、ヒスイが抗議の声をあげる。


うん、本当に何気ない日常だ。


「そういえば!!武術会やるらしいぜ!!」


僕が暖かな雰囲気にほんわかとした気持ちになったとき。

マッソがそんなことを叫んだ。


「武術会?」


聞き慣れない単語を、オウム返ししてしまう。


「おう!!参加希望した生徒たちがトーナメントでその強さを競い合う学園行事だってさ!!賭けとかは無いけど、毎年恒例でかなり盛り上がるらしい!!!!!みんなは出るか!!?」


いつも元気なマッソがさらに興奮気味に叫ぶ。


武術会か。日本で言うところの体育祭とかそういうやつなのかな。

楽しそうだけど…………僕は見てるだけでいいかな。


「僕はいいかな。」


僕がフンッと力んでいるマッソに返答すると、


「僕もっ!」


「私も今はいいかな。」


他の二人も同じく不参加の意思を表明する。


「そうかそうか!!!ちなみに俺はでるぞ!!!」


僕らに大きく頷き返したマッソは、サムズアップしながら満面の笑みをうかべた。


「頑張ってね!!!」


僕は、フェルンくんがマッソに応援の言葉をかけるのを見て、やっぱり平和が一番だと一人頷く。


「そういえばさ、少し前に食堂で騒ぎ起こしてた二人の生徒いただろ?彼ら武術会で戦うって今バチバチらしい。」


…………はい……?


なんか今、全く平和じゃない言葉が聞こえたような気がするけど……。


僕は平和な会話へと、ヒスイによってぶち込まれた事件の火種に、心の中で疑問を呈した。


「俺も聞いたぞ!!確か、どっちが本物の勇者か決着つけるみたいなのだろ!!?」


マッソも拳をぶつけて『おもしろいよなー』と笑っている。


「本物の勇者……響きカッコいい……」


フェルンくんまで目を輝かせないでよ。

けど、確かに見ている分には楽しそうだよな。

でもね……何だか煙たい香りがするんだよ……。


「勇者!!一回手合わせしてみたいよな!!」


僕が煙たさを感じていると、マッソがキラキラとした目で言った。


「そう?」


「強そーじゃないか!!?」


聞き返すと、眩しいほどの笑顔で言い返される。


「まぁ、強そーではあるね。」


僕が彼の勢いに苦笑いをしながら、そう肯定したとき、


キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン


そんな放課後のチャイムが鳴った。

これは下校しましょうという学園からの合図だ。


「帰るか」


窓際にに寄りかかっていたヒスイが、体を直してつぶやく。


「そうだね」


フェルンくんも、自分の鞄を持ちながら微笑む。

僕ら四人は誰もいない教室をあとにする。


「…………でさ……」


「……だろ……?」


僕は少し距離が空いたフェルンくんとヒスイに、近づこうとして……


「レスト……!」


……珍しく小声気味に、マッソから呼び止められた。


「ん?なに?」


僕は離れていく二人の背中から目を離して、マッソの方へ近づく。


「ちょっと来てくれ……!!」


マッソは教室の中で手招きながら言った。

なんだろう、何か言いたいことがあるのかな?


僕は少し不安になりながら、薄暗くなった教室へと入る。


「あのな、さっきの話なんだけど……!」


緊張しつつも若干不安げな顔で、マッソがつぶやいた。


「うん……?」


僕はその声色から彼の心情を感じ取って、歯切れの悪い返答をする。


「赤井ってやつがーーーーーーるっ!!」


踏ん張ったマッソが力を込め、周りに聞こえないように配慮しながら、僕の耳元で叫んだ。


「ッ!!!!!」


嘘……だ…………


赤井が…………彼女……に…………








僕は彼の言葉が飲み込めず、ただ夕時の教室に立ち尽くした。








◇ ◇ ◇






「さて……」


草木も眠る丑三つ時。

公国指定の宿屋の一室で、勇者はつぶやいた。


「…………」


ベッドに腰を下ろし無言を貫いている聖女を一瞥した彼は、窓の縁に腰掛けて外の景色を見る。


大国と言われるヤフリオ王国。その中でもトップクラスに発展を遂げた町である学園都市。その慌ただしくも華々しい町並みを眺め、少年は大きく息を吐いた。


「偽物……か…………」


言われたばかりの妄言をつぶやいて、たしかに自分は勇者勇ましき者なんて二つ名には到底似合わないなと、少年はその頬を歪ませた。


「……勇者、勇者終わった?」


しばらく人通りを眺めていたら、それまでずっと黙っていた少女が不意に呟いた。


彼は二度繰り返された己の肩書に少し理解が遅れたが、すぐに一度目の勇者が呼びかけで、二度目の勇者が目標ターゲットのことと理解する。


少年と少女の付き合いは長く、それこそ右も左も分からないころからずっと一緒だった。だからこそ、口数少なく話しても単語のみな彼女のことを理解できるのだ。


「終わったな。正確な力量やランクは分からないけど……まぁあの様子ではBにもならんだろう。」


顔を真赤にして、理性のかけらも持たずに自分に突っかかってきたあの男が、公国に害をなし得るとは到底思えなかった。


というか、公国があんな男を勇者という肩書だけで調査させたことすら疑問である。


いや…………そうだ。それでいいのだ。


「ハッ」


少年は公国がそんな安直なことをするわけ無いと、自分のことを嘲笑った。


そうだ。勇者が雑魚なのは当たり前だ。

勇者の調査というのはあくまでも建前。今回の目標はあんな男勇者なんかじゃない。


「復活したーーーーか」


彼はまるで勇者のおまけのように告げられた本題の名を口にして破顔する。


「勇者を助ける4人の者がいた。精霊たちはその4人の歌を代わる代わる歌う。」


少年は窓の縁から降りて、その歌を口ずさんだ。


「マジシャンは大魔法使い。大魔法使いはまどわすもの。なんびとより美しくなんびとより強き理想を持つもの。」


腰に剣があることを確認し、一度その剣を取り出して惚れ惚れするように見つめた後、少年は再び剣をしまう。


「ガーディアンは大盾使い。大盾使いはまもるもの。なんびとより堅くなんびとより太い意識を持つもの。」


黙って虚空を見つめる少女の肩を軽く叩いて、少年は無駄に広い部屋を歩いていく。


「ヒーラーは大聖女。大聖女はいやすもの。なんびとより優しくなんびとより慈愛深い心を持つもの。」


灯りを消すことで訪れた暗闇の部屋で、少年は歌い続ける。


「…………行くの……?」


いつの間にか少年の隣にピッタリとくっついていた聖女が、そう不安げな声で言った。


「うん、行くよ」


勇者は少女の頭に手をおいて、彼本来の優しい微笑みと口調で彼女へ声をかけた。


「ワイズマンは大賢者。大賢者はかしこきもの。なんびとより深くなんびとより広い思考を持つもの。」


コクリと聖女ノイバラ・リーンが頷くのを見て、勇者ユーコミス・カインは最後の一節を歌いながら、夜の街へと消えていった。







聖書 第12章758節


勇者を助ける4人の者がいた。

精霊たちはその4人の歌を代わる代わる歌う。


マジシャンは大魔法使い。大魔法使いはまどわすもの。なんびとより美しくなんびとより強き理想を持つもの。


ガーディアンは大盾使い。大盾使いはまもるもの。なんびとより堅くなんびとより太い意識を持つもの。


ヒーラーは大聖女。大聖女はいやすもの。なんびとより優しくなんびとより慈愛深い心を持つもの。


ワイズマンは大賢者。大賢者はかしこきもの。なんびとより深くなんびとより広い思考を持つもの。


森にはその歌が響き渡った。

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