第102話 微かな躊躇い、後悔、疑念
「はぁ…………」
僕は部屋の窓際に腰掛けて、深くため息を吐いた。
サラサラと手にかかった前髪が、夜風に揺れる。
「……ス………むぅ……」
「………………」
「…………きゅ………ぅ……」
フローラとニル、スロも少し前に床についた。
今この部屋で起きているのは僕と…………後は賢者様くらいかな。
魔王が寝ているのか問題はおいておいて、賢者様が起きていることだけは分かる。
というか、賢者様に睡眠が必要なのかも疑問だ。ご飯食べないし別にいらないのかな。
…………というか、賢者様という存在自体謎なんだよな……。
「はぁ……」
夜の静かな空に、もう一度深いため息をついた。
今日は…………結構疲れたな。
「……赤井………」
僕は満月とまでは行かなくても、半分よりは大きなお月様を見つめて、その名前をつぶやく。
あの時……赤井が少年にやられてしまいそうになったとき。
僕は、彼を助けるのを……………躊躇してしまった……。
「だめだよなぁ」
後悔とも言えない複雑な気持ちをそのまま言葉にする。
王女様やマッソが間に入れたってことは、絶対僕も行けたはずだ。
物理的に無理とか、気が付かなかったとか……そういう言い訳は使えない。
たしかに僕は、心の奥底で、彼を助けるのに躊躇いを覚えた。
もしの話になるけど、もしあそこで誰も助けに行かなくて本当に赤井が死んでしまいそうになったら……その時は、絶対に助けに行ったと思う。
「……そういうの……だめだよ……」
許すとか許さないとか、忘れるとか覚えてるとかそういう問題じゃなくて……。
ああいう時に、見殺しにしてしまうようであれば……それはもう、彼らとおんなじ、ただの自己中心的なクソ野郎だから。
「…………」
僕は自責しながら、やはり拭いきれない微かな抵抗感を覚えつつ空を見上げた。
空は晴れ渡っているわけでも、曇っているわけでもなく、ただ黒くそこに存在している。
「もう、やっちゃったし仕方ない」
過去のことはもうどうしようもないから、これから。未来のことについて考えよう。
相手が誰かに関わらず、危ないときは助けるし、命を見捨てることはしてはだめだ。
…………人だけはそうやって守るくせに、魔物とかなら平気で殺すのかって……そんな想いもなくはない。
ただ、そんなことを言ったらきりがないから、今のところは、そんな曖昧な線引で許してほしい。
こういうところが、人間のご都合主義であり、善いところでも……悪いところでもあるんだろうな。
「んっ!!」
僕はまた負の方向に進んでいく思考を、頬を両手で叩くことで切り替えた。
「あの少年は誰なんだろ」
真っ白な思考に、そんな問が浮かんでくる。
見る限りかなりの強者。しかも、それを一見は感じさせない程の力の持ち主。
只者じゃない……というか、只者なわけがないんだけど。
赤井が偽者って叫んでたことから推測するに、少年は勇者なのかな。
そもそも赤井が勇者を選んだのかも定かじゃないんだけど……。
まぁ、九割九部勇者だろうな……。
そして、赤井と少年が勇者ならば、その横にいたあの少女達はどちらも聖女なのだろう。
「あっ!だから、リリア様が自己紹介したときに睨んでたのか。」
僕は点と点が繋がって、ポンと手鼓を打つ。
あの怖い視線はそういうことか。
聖女みたいな特別感のある人は、多分だけど一人いるだけで万々歳なんだろう。
そして、そんな職を持っている彼女たちはそれを少なからず自慢に思っている。
でも、唯一だったその職業が自分一人のものじゃないことを知り……その上で、三人目まで出てきたと。
少年の隣の少女はどうかは分からないけど、赤井の方の女の子は絶対にそういったものからくる、怖い視線だった。
ただ、当の本人のリリア様はというと……。
「普通に、怖いこともあるんですねーとか笑ってたよな。」
多分だけど、午後の授業もいつも通りに受けたんだろうなぁ。
リリア様は唯一とかそういうのあんまり拘ったりしなさそうだもん。
「…………あの震えは、何だったんだろ……」
彼女のほんわかとした雰囲気を思い浮かべて緩んだ頬を、そのつぶやきで元に戻す。
リリア様が、あんな風に震えて……怖がっているのを見るのは初めてだった。
…………いや、正確には二回目だな……。
「初めて会ったとき」
僕はそこまで言ってから、不意に時計に目をやった。
もう、丑三つか……。
「寝よ」
僕はこのままダラダラ続けてもまとまらないであろう思考に終止符を打って、立ち上がる。
「ぅーーん……」
窓を締めて、小さめに背伸びをしてから、布団へと入った。
「おやすみなさい」
そう小さくつぶやいてから、僕は一つの疑問を思い浮かべた。
……もう遅いし、これを考えるのは明日でいいかな。
僕は首を一周回して、浮かんできた疑問を振り払い、目を閉じる。
ーーーー初めて会ったとき、何で
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