第101話 会いたくない人と、いざこざと

「うるせぇっ!!!俺が本物の勇者なんだっ!!!!」


僕達が人波をかき分けて口論の最前線に近づいたとき、そんな甲高い叫び声が食堂に響き渡った。


叫んだ男は興奮の真っ只中という感じで、肩を揺らして鼻息を荒くしている。


「…………」


対して、対峙するもうひとりの男は何も言わず、感情がないかのような無機質な瞳で叫び続ける相手を見ていた。


赤井……。


僕はその名前を口に出さないように心のなかでつぶやいた。


「ずっとずっと見せつけるように、女侍らかしやがって!!!!」


腕を振り回して狂犬のように噛みつき続ける彼は、僕がずっと見てきた赤井そのものだ。


彼がなんで怒っているのか、僕にはわからないけど……彼が悪いというのだけは嫌でも伝わってくる。


「れ、レストさん……?」


繋いだままの手とつぶやきから、リリア様の心配が感じられた。


大丈夫ですよ。


確かに僕の手は強張っているかも知れないけど、彼が憎いとか恨んでいるとか怖いとかそういうのはない。


だって、久しぶりに見た彼の姿はーーーーー







ーーーーーこんなにも、ちっぽけに映るのだから。


あのときはあんなに大きく見えた彼の存在が、今はとてもちっぽけで薄っぺらく感じられる。


それは世界が変わったからとか、僕が強くなったとかそんなんじゃなく、ただ、彼が弱くなったから……。


僕がそう思った時、ぎゅっと左手に圧を感じた。


「リリア……様……」


支離滅裂なことを喚き続けている赤井へ、彼女は悄然とした視線を向けていた。

さっきは僕を心配して手を握ったのだろうけど、今度は自らの恐怖に突き動かされて握る手に力を込めたんだと思う。


リリア様は何で赤井に、そんな視線を向けているのだろうか。

何で、その肩を震わせて、泣きそうな顔をしているのだろう……。


二人の間には何か関係があるんだろうか、そもそも面識がある事自体が不思議でならない。


「だぁかぁらぁっ!!!!お前のそういう態度がムカつくんだよっ!!!なんか言えよ!!?ずっとスカして黙りやがって!!!!それにその横の女もだっ!!聖女かなんだか知らないが、俺の春奈のが百倍増しだな!!!!」


僕がリリア様の手を握り返して思考にふけっていると、そんな赤井の絶叫が耳を劈いた。


指を突きつけられた相手の少年は、何も言わずにただ赤井のことを無機質な目で射抜いていた。


それは隣に立っている少女も同じで、まるで赤井の存在なんて無いかのように、手に持った赤と黒のカッコいい杖をイジっている。


「……んな…………ふざけんなぁっ!!!!」


その様子は傍から見ても少し感じが悪く、煽っているように感じられた。

それは当事者なら尚更のことで……。


荒々しく声を上げた赤井は、腰の短剣を抜いて、少年に襲いかかる。


「っ!!!」


僕を含むその場の全員が息を呑んだその瞬間、


「……王国の勇者もこの程度……か……」


そんな呆れたような声が聞こえた。


少年は赤井の伸ばした刃を無機質な瞳で見つめながら、己の短剣に手をかけた。


ーーーーヤバい


僕は直感でそれを感じ取った。


少年と赤井の間には、明確な力の差がある。

それは剣の構えだけで分かるほど歴然だった。


このままだと…………赤井がヤバい……。


僕が二人の間に入ろうと自分の刀に手を延ばした、その時…………パッと、それまで繋がっていた手から温もりが離れた。


リリア様っ!!!!


僕が叫ぶよりも早く、


「止めましょう。」


「駄目だっ!!!!」


二つの声が、赤井と少年との隙間に入り込んだ。


「……剣を抜くのは、流石に許容できません。」


「君は被害者かもだけどな!!!剣を取るのは良くないぞっ!!!!」


既に鞘から放たれた少年の剣を、僕らの反対側から飛び出したマッソが手に持った食堂の木製プレートで抑えていて、赤井の方は僕の隣から飛躍した聖女リリア様が、瞬時に唱えた氷の魔法で止めていた。


「チッ!!」


赤井は自分を警戒の眼差しで見つめるリリア様を見て、大きく舌打ちをする。


「……………………」


対して少年の方は、何も言わずにマッソの微笑みを見つめながら、剣を腰に戻した。


「「「………………」」」


少年と赤井、マッソにリリア様。

その他周りにいるみんなが、その場の異様な雰囲気に黙る中。


「あ、アンタ誰よっ!!?」


甲高く場違いな絶叫が、それを破った。


「……そ、そうだっ!!いきなり入ってきたお前らは何なんだよ!!?」


赤井から少し離れたところにいた女の人の叫び声に続くように、赤井がそう言う。


「私は……」


「俺はマッソ・トレーニング!!トレーニング子爵家の嫡男で、魔法学園総合コースCクラスに所属している!!!」


マッソがいつもの様子からは想像できない、華麗な貴族らしいお辞儀を決めて挨拶をした。


ハキハキとしたその声は、返答に戸惑ったリリア様のつぶやきを隠してくれていた。


マッソ…………。


僕は彼なりの気遣いに、何とも言えない安心感を覚える。


「御紹介が遅れました。わたくしヤフリオ王国第三王女、リリア・バモン・ヤフリオと申します。一応、を務めております。」


その立場に見合った絢爛華麗けんらんかれいな礼を見せたリリア様の脚は、小刻みに震えていた。


「王女……」


赤井はその位の高さに驚いたのか、リリア様のことを上から下まで見つめ始める。


「俺は飯食いたいから戻るぞ!!!君達もこんなところで剣抜くなよ!!!!」


「私も失礼致します。」


笑いながら立ち去るマッソに習って僕の方へと歩き出したリリア様。


「ふぅ……疲れました…………」


そんな事をつぶやく彼女へと、赤井の近くの少女や、少年とその横の少女は、驚きとはまた違う関心のような畏怖のような視線を向けていた。


キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン


鳴り響いた昼の終わりを告げるチャイムをきっかけに、集まっていた生徒たちは皆日常へと戻っていく。


「チッ、こ、今回はこれくらいにしてやるっ!!」


赤井は見事なまでの捨て台詞を吐いて去っていき、


「…………………」


対峙していた少年は、やはり無言で隣の少女とともに食堂から出ていく。


「……戻りましょうか」


「……はい…」


リリア様のつぶやきに、僕は歯切れの悪い返事をして授業へと戻っていった。

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