第99話 お兄さんの優しさ

「……すごいですね。」


受付のお兄さんがカウンターに置かれたきのこをまじまじと見ながら言った。


「すごいですよね。」


僕もきのこの裏側の見事なまでの金色を見ながらつぶやきかえす。


「と、とりあえず、一度こちらで正しいかを確認しますね。」


お兄さんがまるでガラス細工を扱うかのようにものすごく丁寧にきのこを持った。


「あ、よろしくおねがいします。」


僕は奥へと慎重に歩を進めるお兄さんの背中にそんな言葉をかけた。


元々学校終わりに依頼を受けたこともあって、もうすでに日は落ちてしまっている。

ギルドの奥の酒場は、一仕事おえた冒険者たちでいっぱいになって、盛況していた。


「おまたせしました。」


僕が大きなジョッキを煽る彼らを見ていたら、お兄さんが戻ってきた。


「どうでした?」


依頼書の内容と全く同じだから、多分ちゃんとあっていると思うけど、少し心配になってきた。


もし、これでちがっていたら、じゃあこのきのこは何なんだと言いたくなる。


「ええっと、正真正銘本物でした。」


お兄さんが証明の紙みたいなのを差し出して言う。


「良かったです!」


僕はほっと胸をなでおろした。

ちゃんと依頼されたきのこだったんだな。


「ギルドの方もこちらはサンプルが少ないので、今回レストさんに採集していただいて嬉しい限りです。」


そうニッコリと笑うお兄さん。


「やっぱり、貴重なんですか?」


地面には生えてないし、牛さんに会って頭を下げないといけないから確率は低そうだよね。

そもそも牛さんに会える確率自体低いだろうし。


「はい、他国はわかりかねますが、この王国だとこれでちょうど10本目です。このきのこをとるためには森の王に会わないといけないとか。そんなふうに噂されるほどには珍しいですね。」


「……な、なるほどです。」


森の王…………あの牛さんのことだよね。

なんとなくそんな雰囲気してたからもしかしてとか思ったけど、本当に王様だったのか……。


いや、噂って言ってたから、確定ではない。

確定ではないけど…………ほぼ確定だろう…。


「今回も依頼達成ということで、報酬をお渡しします。特Bランクの依頼を一件達成で、75万ヤヨです。」


僕が牛さんに思いを馳せていると、お兄さんがそう言って一枚の紙を差し出した。


「…………高いですね。」


僕はそこに並ぶゼロの数に驚きながらつぶやく。

75万か…………大金だなぁ…。


「そうですか?特Bだとこれくらいが相場ですよ。Bランクは50万以下、Aランクになると三桁は当たり前になります。」


「す、すごいですね。」


僕は報酬が書いてある紙にサインする。


「上のランクになるのはそれだけ大変ですし、人数自体が少ないですからね。あとは…………依頼の難易度や危険度も比例して高くなっていきますから…。」


悲しい思い出があるのか、遠い目をしながらお兄さんが言った。


「そうなんですか…………。」


僕は紙にサインを終えて、ペンを起きながらつぶやく。


まぁそれくらい危険じゃないと、こんな高額な報酬は出せないよね。


「報酬はどうされますか?」


沈んだ空気を切り替えて、明るい口調でお兄さんが尋ねる。


「えっと、今回は僕の口座でお願いします。」


毎月一定額振り込んでもらうようにしたし、送りすぎても良くないと思うから。


「畏まりました。」


お兄さんが頭を下げて、鮮やかな手付きで紙にはんこを押す。


「………………」


僕はお兄さんの作業の様子を見つめながら、ボーッとする。

やることがないんだから仕方ないのだ。


「無理はなさらないでくださいね。…………死んでしまわれるのが一番辛いですから…。」


作業を完璧に終えたお兄さんが、真剣な顔で僕を見つめた。


その瞳はいつもの穏やかなものではなく、キリッと凛々しい正しく真剣マジなものだ。


「……はい。」


僕はお兄さんの優しさに温かい気持ちになりながら、そう深くつぶやいた。


こんなに本気で心配してくれる人がいるなんて、嬉しい限りだよね。


「では、今回もお疲れさまでした。」


パアッと一変、明るい顔をしたお兄さんがいつも通りの優しい声で言う。


「ありがとうございました。」


僕はやっぱりそっちの方がいいなと思いながら、彼に頭を下げた。






◇ ◇ ◇





僕は外も暗いので真っ直ぐ家に帰った。


「ただいま。」


灯りのついてない部屋の入口でつぶやく。


「きゅぃっ!」


返ってきたのはそんなスロの鳴き声だけだった。


「スロ、皆寝ちゃったのかな?」


僕は出迎えてくれた彼をありがとうと抱き上げながら、部屋の奥へ行く。


「きゅう!」


スロは『そうだよ』と体をプルンと震わせた。


ベッドに近づくと、


スースー


ニルとフローラの小さな寝息が聞こえてくる。


『完全に寝ちゃってるね。』


魔王が苦笑い気味に言う。


「そっとしといてあげよう。」


僕は二人がタオルケットを被ってるのを確認してから、机の方へ歩いた。


「ふぅ、疲れたぁ。」


おじさんのような声を出して、椅子に座り込む。


『あのきのこスゴかったね。』


魔王が夜中だからかひそひそ声で言う。

いや、あなたの声は僕の頭の中にしか聞こえないから関係ないでしょう。


僕は脳内で魔王に突っ込みを入れる。


「あ、うん。あんな金色になるんだね。」


水差しの水がなくなっていたので、無詠唱で水を生み出して入れ直す。


『鮮やかだったよねー。でも、私はあの牛さん?のほうが気になったよ。』


僕はコップに入れた水を飲む。

冷たくはないけど美味しかった。


「あぁ牛さんね。すごい強いオーラというか、神秘的だったよね。」


収納ストレージから木の実を取り出しながらつぶやく。


あの背中に生えた苔とかも合わさって、すごくカッコよかったよな。


『そうだねー。森の王様って感じだったね!!』


僕はポリポリと木の実をかじりつつ、魔王の話を聞いていた。


ジューンジューン


今日も謎の虫が鳴いてるなー。


「ジ○リ……」


僕は牛さんを思い浮かべていたせいか、日本の超有名アニメ製作所の名前を口にしてしまう。


『え?』


魔王が、本気で意味がわからないといった声をあげる。


「いや、なんでもない。」


ここで千と○尋の神隠しとか、天空の城ラピ○タとかを語っても混乱を加速させるだから、僕は適当に流した。


「んーっ…………お風呂行くか。」


お腹もいっぱいになったところで、背伸びをしながらそう言った。


『君、本当にお風呂好きだよね。』


僕がお風呂の準備をしていると、魔王がつぶやく。


「うん。日本人だからってことじゃないけど、疲れが取れるから好きなんだ。」


全部準備が完了したことを確認して、僕は部屋を出た。


 ◇ ◇ ◇


「さて、寝ますか。」


湯上がりの火照った体を覚ましながら僕はつぶやいた。


『いきなりだね。』


魔王が苦笑いで言う。


「いやお風呂は気持ちよかったよ。体洗ってお湯に浸かって。本当に最高だよね。」


極めて一般的な入浴をしただけなのに、ここまでの幸福感が得られて良いものかと思いながらつぶやいた。


ヤバい。夜だからか頭が全然回ってないや。


『ははは、そんなに良いんだ。』


魔王が楽しげに笑う。


「月が…………キレイだね。」


僕は彼の笑い声を聞きながら、ふと思ったことをそのままつぶやいた。

ちょっと欠けているけど、それでも十分綺麗だ。


『そうだね。』


魔王もしみじみとつぶやく。


「寝るか。」


トンっと心地の良い音をたてて、コップが机の上に立つ。


『そうだね。』


魔王のそんな声が聞こえる頃には、僕はもうベッドの横に移動していた。


「ふぃー………」


「スー…スー……」


「んぅ………むぅ………」


三者三様の寝息を立てて皆が眠っている。

その様子を横目に、僕は布団に戻りこんだ。


『おやすみ。』


「おやすみ。」


僕は魔王と挨拶を交わして、ゆっくりと目を閉じた。


お風呂に入って月を見ただけで満たされる。

こんな、事件のない極めて普通の日々が、続いてくれるといいなと願いながら。

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