第97話 突然の実技テスト

「はい、次の子。」


先生のすごい魔法で始まったこのテストだったけど、生徒たちは特筆して言うことのない感じだった。


的に当てられる子が半分で、当てられても皆壊すことができない。


先生曰く壊すには本当にすごい力がいるみたいだから、当てられるだけでも十分優秀らしい。


でも…………先生のあの一撃を見せられた後だから、終わった生徒たちは皆不満げな表情をしていた。


「レスト、次ヒスイだよ。」


僕が的を見つめてどうしようかなと考えていると、横からフェルンくんに声をかけられた。


さっきまでフェルンくんは的を割れなかったことをすごい悔しんでいたはずだけど、もう直ったんだ。


「あぁ、ヒスイね。ヒスイなら心配ないでしょ。」


僕は自分の杖の最終確認をしているヒスイを見て言う。


ヒスイはあの転移魔法の論文かけるくらい魔法には精通してるし、使うのもかなり上手いらしいから、下手すれば的を壊すくらいできるかも。


「そうだね。ヒスイ魔法すごいもんね!!」


フェルンくんが、自分のことのように喜びながら言った。


本当にこの子いい子だよね。


僕は彼の頭に無意識に手が行くのを抑えながら、ヒスイを見る。


さて、彼女はなんの魔法を使うのかな。


自分の杖を的に向かってまっすぐ構えたヒスイは、スーッと大きく一度息を吸って、


南風はえよ北へ。」


そう、短く唱えた。


風魔法か。


僕は初めて聞く詠唱に心を踊らせながら、発動する魔法を見つめた。


音も立てずに集まった空気の刃が互いを傷つけながら、一筋の列を作る。


透明なのに確かに硬さを感じるその不思議な刃は数秒間空中に留まってから、ある時瞬速で飛来した。


スパァァアアアアアァン


甲高い破裂音がグラウンド中に響き渡る。


「これは…………素晴らしいですわ!!」


ヒスイの番が終わってからもずっと黙っていたマリーローズ先生が、顔を上げて大声で叫んだ。


「素晴らしい!!!!魔法の制御も!!精度も!!強さも何もかも完璧でしたわ!!!」


先生はヒスイの手を握ってブンブン振りながら、興奮した様子で笑う。


「あ、ありがとうございます…。」


困惑しながらも嬉しそうにヒスイが頭を下げ、元の位置に戻っていった。


「スゴかったね!!!」


フェルンくんも興奮冷めやまぬ様子で、立ち上がっていた。


「うん…………スゴかったね。」


かくいう僕も、彼女の魔法にとても心が踊っていた。


これは…………スゴイな……。


ヒスイの魔法自体ももちろん素晴らしいし、完璧なものなんだけど。


僕はそれとは別に、ヒスイの魔法を見てとある新しい案を思いついたのだ。


「次で最後ですね。レスト・ローズド・サタンヴィッチ・ルシファーくん。」


最後ということで若干の疲れを見せて先生が、僕の名前を呼ぶ。


「はい。」


僕は今までずっと頭の中でまとめていた魔法を忘れないように反芻しながら、先生の横のラインに立った。


「ではお願いします。」


評価用のボードで半分顔を隠して先生が言った。


「はい。」


僕は高鳴る心を抑えるためにゆっくりとつぶやく。


ここでいくら新しく思いついた魔法を試したいからって、本気で使ってしまってはだめだ。


多分だけど的は壊れるし、何より僕の平穏な生活も壊れてしまう。


それだけはマズイ。


…………まぁ、正直ドラゴンを倒したりとか平穏な生活なんてもはやないような気もするけど…。


テイチ先生にはなんとなくバレてるような気もするけど、幸いにも学園内ではまだ一生徒だからね。


「ふぅ………よしっ。」


僕は頬をパチンと叩いて、集中モードに入る。


新型の魔法を試しつつ、見た目はそこそこの威力に見せる。


それはただ魔法を使うよりも大変だから、詠唱は長くなってしまうのは仕方ないだろう。


そう思いつつ、僕は唇を湿らせてから詠唱を始めた。


りょくせい相反あいはんせしつがい混じりて、世界ここ君色なおに塗り染めよ。」


僕はそこで息継ぎをして、


かみより黒き煙おおい、姿見すがたみ隠せ。」


そう言い切る。


詠唱に応じて、差し出した杖の延長線上に透明な風の刃が生まれ、それを中心に水の渦が巻いた。


先生の魔法とヒスイの魔法。

その二つを融合させたその魔法を、覆い隠すようにその上に黒い煙で幕が張られた。


これで、一見は普通の魔法になるはず。


「んっ!」


僕は杖を振って、宙に浮いていたその玉を飛ばした。


「ほぅ…。」


隣から先生の驚いたような、楽しむような声が聞こえた。


けど先生。まだ、終わりじゃないんですよ。


というか、こっからが本番みたいなものだ。


僕が放ったあの魔法、三つを混ぜてるし結構力を込めたので、おそらくこのままだと的を破壊してしまう。


それは非常に困るのだよ……。


『賢者様、よろしく。』


僕は音を立てて飛来する黒の玉を見ながら、賢者様に脳内で語りかける。


『……了解。』


人使い荒いなと言いたげな声色で、賢者様が返答した。


ごめんね…………でもしょうがないじゃんか。

魔法を魔法で打ち消すなんて精密な作業、補助がないとできないんだもん。


僕は賢者様と言い争ってる時間などないので、パパッと脳内で短縮詠唱をする。


『光よぜろ。』


これはごくごく普通の光の魔法。

本来なら小さな光の玉が少しだけ爆発する程度の破壊力しかない魔法だ。


『じゃあ、賢者様よろしく!』


僕はあとは任せたと賢者様にバトンタッチをする。


『完了』


もう出来てると賢者様がそう言った瞬間、杖を持ってない方の指先からピュンと小さな光が飛び出た。


魔法というのは不思議なもので、その強さや形は込めた魔力やイメージによって大きく左右される。


では、本来なら微小の威力しかない魔法にとてつもない魔力と、大爆散するイメージを込めて発動したらどうなるだろうか。


答えは単純明快、大爆発する。


今回は爆発は爆発でもさっき放った魔法だけにを破壊するように爆発させないといけない。


だから、賢者様のお力を借りたのだよ。


僕が的から大きく右にそれた方に放った魔法は、まず水の雫に反射して向きを変え、次に街のどこかのお店の看板に反射して向きを変え、次にハゲ頭のおじさんに反射して……………………最後には、グラウンドの真ん中に立てられた的に当たって反射する。


初めからほぼ180°向きを変えて、僕に向かってくる光の魔法はやがて、さっき僕が放った今回の目標である三つの魔法を混ぜた玉と衝突する。


三属性を混ぜた魔法と、微小だけど大量に魔力を混ぜた魔法。


その二つの魔法はぶつかり合い、お互いのエネルギーをお互いで相殺して…………やがて消えてゆく。


「ふぅ……。」


僕は無傷な的が見えたのに安心して、大きく息を吐いた。


いやぁ久しぶりに精密な魔法操作したよ。

キュオスティドラゴンと戦ったときはどれだけ大きな魔法でどれだけのエネルギーを込められるかだったからね。


…………まぁ細かいのは全部、賢者様のお力によって計算して制御してるんだけど。


『…………。』


僕は何も言ってくれない賢者様にごめんと謝りながら、先生の方を向いた。


先生から見たら放った魔法は的に当たって消えたように見えるはずだ。


「よし。レスト・ローズド・サタンヴィッチ・ルシファーさん、戻っていいですわ。」


先生は普通に成績表みたいなやつにメモをしながら言う。


「ありがとうございました。」


「はーい。」


僕は一礼してフェルンくんの元へ戻っていった。


「えー、皆さんお疲れさまでした。何となくこのクラスの皆様の力がわかりました。皆様優秀だと思いますよ。では、時間ですしこれで終わりにしましょう。」


満面の笑みを浮かべながらマリーローズ先生が言う。


「「「「「ありがとうございました。」」」」」


僕達はお礼を言いながら、先生に頭を下げる。

ちなみに、マッソはまだ走り続けていた。






◇ ◇ ◇






「はぁ……なんか疲れたね…。」


教室のほぼ定位置となりつつある、窓際の席に座った僕はつぶやいた。


マリーローズ先生の授業は気付きとか発見とかがあって成長できる代わりに、心も体も他と比にならないくらい疲れる……。


「本当にね……。」


隣でフェルンくんが苦笑したその時、


「いやぁ楽しかったぁ!!!学校のグラウンドって思ってたより走りやすいんだなっ!!!」


タオルで汗を拭きながらマッソが現れた。


授業中ずっと走っていたはずの彼は、汗はかきつつも疲れた様子は微塵も見せず、それどころか何時もよりも元気な声と共に僕らの方にやって来た。


「「……………………」」


僕とフェルンくんは黙り込んでマッソを見つめる。


「ん!?お前らなんでそんな疲れてんだ!!?」


僕らの視線に気がついたマッソが、驚愕の表情で叫んだ。


「マッソには分からないよ……。」


フェルンくんがふんとマッソから目をそらして前を向く。


「マッソには分からないよ。」


僕も彼から目を離し、窓越しに空を見つめた。


「えっ!!?ひどくね!!!?」


マッソが真面目にショックを受けて言う。


君もあの場にいたら分かった…………いや、マッソならあの場にいても多分こんな感じなんだろうな……。


そこが彼の良いところでもあり悪いところでもあるからね。


「というか今知ったんだけど、魔法の授業ニ時間分あったんだね。」


ごめんと、マッソに軽く謝ったフェルンくんが言った。


「そうみたいだね、僕も途中で気がついたよ。あと、マッソごめんね。」


僕もマッソに頭を下げる。

本気で怒ってる訳ではないんだろうけど、念の為というか人間関係ってこういう小さいものの積み重ねだから。


「別に気にすんな!!で、次は何だ!!?」


ニカッと笑ったマッソがサムズアップしながら尋ねる。


「座学だよ。数学理論とかそんな感じのやつ。めんどくさい……。」


フェルンくんが苦々しい顔で返答した。


座学は概ね理解できるし、なんなら日本でもやっていた範囲だから、ついていけているけど…………どうしても眠くなるんだよね。


座って先生の話を聞いてるだけなんだから、眠くなるのは当然だと思うんだ。


「なるほどな!!あのよくわからんやつか!!」


ぽけーっと呆けた顔をしながらマッソが言った。


マッソ、難易度自体はまだまだ低いよ?

君、前回課題を提出したはいいけど全部間違って怒られてたよね?


…………まぁマッソだし仕方ないかもしれない…。


僕はすべてがマッソだからで片付く彼に、少し尊敬の念を抱く。


「はは、マッソは座学苦手だもんなぁ。」


壁に寄りかかったヒスイが笑いながら言った。


「まぁな!!!」


誇ることでは絶対にないはずなのに、何故か自慢げにマッソが親指を立てて笑う。


「はーい。授業始めるぞー。席つけー。」


僕達の他愛のない話は、先生のそんな声が聞こえるまで続いた。

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