第95話 依頼達成とお手紙
「すみません……。」
僕は鉢を片手に頭を下げる。
「はぁ………こちらは?」
もう見慣れたギルドの受付のお兄さんが、困惑の表情で僕らを見る。
「あの、一応ウッドモンスター……です。」
僕はおずおずとウッドモンスターの入った鉢をカウンターの上へ差し出した。
「えっと………今回の依頼は『退治』なんですけど…。」
お兄さんが困り顔で、僕が出したあの古びた依頼書を指さして言う。
「あの一度倒したので、悪いところは完全になくなっていて、今は普通の植物…………らしいです。」
本当に申し訳なくなりながら僕は、鉢をお兄さんの方に少しだけ押した。
「はあ。一応、こちらで確認してもよろしいですか?」
意味が分からないといった感じに返答したお兄さんが、鉢を慎重に持って奥へと戻っていった。
「はい、宜しくお願いします。」
僕は本当にいたたまれなくなって、お兄さんの背中へと頭を下げた。
「いけるかな…?」
結構ウッドモンスターを倒すのに苦労したし、朝から行ってもう外は暗くなってきているから、これで駄目だったら今日の収入ゼロになってしまう……。
『いけるんじゃない?』
魔王が私は関係ないと言わんばかりの声色でつぶやく。
………もう少し親身になってくれたっていいじゃん……。
「お待たせしました。」
僕が少し拗ねていると、お兄さんが鉢を抱えて戻ってきた。
ギルドの奥から鉢を持ってくるお兄さん。
なかなかにシュールな絵面だ…。
「えっと、結論から述べますと、こちらはただの植物でした。ですので、一応クエスト完了となります。後日こちらの職員が確認しに行き、申告が不正なものだった場合は規約違反となり、報酬はなく罰金がありますので、ご了承下さい。」
鉢をカウンターにおいて言うお兄さん。
「あっ、はい。ありがとうございます。」
僕はその鉢を受け取りながら、頭を下げる。
いや、良かった。これで少なからず報酬が受け取れる。
「では、クエストの完了報酬ということで、まずランクが現在のDから、一気にBランクまで昇格となります。」
カウンターの下から諸々の書類を取り出しながらお兄さんが言う。
B!?
いきなり二つも上がるの?
「二つもですか?」
僕は驚いて聞き返してしまった。
「はい。特別クエストは本来特Aランク以上ですので。」
お兄さんがギルドのランク一覧表の上から二番目を指さして言う。
「なるほど…。」
そうか、Bランクの上に特B、A、特A、Sとまだまだたくさんあるのか。
「続いて報酬ですが、こちらで確認しておきました。こちらとなります。」
お兄さんが新しい書類を上に出して言った。
その紙の一番上には『クエスト報酬』と大きく書いてあって、その下には数字が並んでいる。
「っ!!!!!」
僕はその桁を数えている途中で思わず息を呑んでしまった。
これは…………。
「これ合ってますか?」
僕は出された紙の金額の部分を指さして尋ねる。
「はい。この金額で正しいです。」
お兄さんが微笑みながら頷いた。
真面目にこれなのか………。
「…………250万…ですか?」
僕はやっぱり納得できなくて、再度ゼロの数を数えながら聞き返す。
「はい。少ないかもしれませんが、こちらのクエストは特別依頼の中では下位のものでしたので、これくらいが精一杯になります。」
申し訳無さそうな顔をしてお兄さんが頭を下げた。
「いや逆で………多いなと思いまして…。」
一日で250万。
朝から夕方までで8時間働いたとして、時給31.25万円。
ヤバいな………。
「危険度に比べれば少な目です…。」
お兄さんはやはり申し訳なさげに言う。
「あっそうなんですか?」
ウッドモンスターってそんな強い感じだったんだ…。
まぁ僕もフローラの案がなければ手詰まりだったし、まずあそこに行くまでが大変だったから、それくらい高くても…………いや、流石に250は高すぎる気が……。
「はい。特別依頼では500万、1000万に行くこともよくあります。」
「なるほど………。」
僕は言われた額の大きさにいまいち実感がわかないけど、とりあえず高いことだけは分かった。
一日でそれだけ稼げたら真面目に一年に一回働くだけで生きていけるな…。
「では、こちらの報酬レスト様の口座にお振込みで宜しいでしょうか?」
ランクが上がったのとかの諸々の手続きをやっていたお兄さんが新しい書類を下から取り出して言う。
「あっえっと、50万だけは僕の方で、残りは全部シアさんって方の口座にお願いできますか。」
僕は前に書いたメモを探しながら返答した。
「あっ、はい。了解いたしました。」
書類に名前とか諸々の情報を書いてお兄さんに渡す。
「では、これで完了です。改めまして特別依頼達成誠に有難う御座います。また、ランク昇格おめでとう御座います。」
僕が渡した書類にざっと目を通してから、お兄さんが畏まって頭を下げながら言った。
「こちらこそ、有難う御座います。」
なんか一方的に頭を下げられるのは居心地が悪くて、僕もお辞儀をしてしまう。
「今後とも宜しくお願い致します。」
お兄さんが再度深くお辞儀をしたのを見ながら、僕はギルドを後にした。
◇ ◇ ◇
「うーん………どうしようかな……。」
その日の夜。僕は図書館の机に向き合って、頭を抱えていた。
フローラとニル、スロはもうみんな寝ている。
今日は山に登ってウッドモンスターと戦って。色々疲れたのだろう。
「何て書けば良いのかな……。」
僕は帰りに買った淡い水色の便箋を見つめて、まだ一文字も書けていない事実に苦笑する。
「思えば、誰かに手紙を書くことなんて初めてだ。」
少し前に買ったちょっとお高めの万年筆をインクにつけながら僕はつぶやく。
言葉で伝えるのだって最近やっと慣れてきたところなのに、手紙に書くとなるとさらにハードルが高い。
「うーん…」
本当にどうしよう…………。
こうしていてもどうにもならないし、一旦何が伝えたいのかを考えよう。
まず、自分は何者かということ。なんで手紙を書いたのか。自分はどう思っているのか。これからどうしてほしいのか。
その辺を伝えられたら良いな…。
「あの時助けたかったけど自分の覚悟が足らずに傷つけてしまい、それをとても後悔している。自分のせいで学園に通えなくなったと聞き、とても心がいたんだ。自己満足かもしれないけど、あなたには幸せになってほしいから細やかだけどお金を送る。自分のことは気にせずに生きてほしい…………そんな感じでいいかな…。」
僕は椅子を揺らしながら、欠けた月にむけてつぶやいた。
こうやって言葉にしてみるとすごく自分勝手というか、彼女からすればありがた迷惑なのかもしれない………。
自己満足なのは否めないけど、やっぱり僕は彼女には…………幸せになってもらいたい。
あぁ、だめだ。
全然気持ちも言葉もまとまらない………。
僕は持ったペンを置いて、体を椅子に預けて脱力する。
ジュー………ジュー………ジュリン…ジュー……
もう夜も深くなり、辺りには謎の虫の鳴き声だけが響いていた。
ジューってなんか焼肉してるみたいな音だな。
「……それでもいいのか。手紙って、思いをのせるものだもんね…。」
なんか虫の音を聞いていたら、ふっきれた。
構成とか文法とか、そういうのを気にしないで、本当の僕の気持ちだけを書き記せばいいのかな。
彼女と会うことも、返事がくることもないのだし、難しいことは全部無視しよう。
「よし!それでいこうっ!!」
ガタンと椅子の前側の足を打ち鳴らして、僕は万年筆を執った。
『前略』から始まるこの手紙を、彼女が笑って読んでくれるのを願いながらーーーーーー
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