第94話 拗ねたレストとウッドモンスター
『そんな拗ねないでよ』
「
学園都市から少し離れた山を登る道の最中、僕は何度目かになる二人の言葉を受けた。
「……僕まだ子供だし。」
僕は拗ねたままつぶやく。
依頼を受けに受付に行ったら、受付のお兄さんにこいつ正気かって目で見られるし、お兄さんすら報酬額わからないから調べておきますとか言われるし。
周りの冒険者からは哀れみの目で見られるし。
とまぁそんなことがあって僕は、少しだけ拗ねていた。
みんなしてからかったり哀れんだりしやがって…。
特別依頼を受けたのはフローラたちがいるからいけると思ったからだし、報酬額が分からないのはあの紙が破れてたからだし、そのまま受けたのはもうあそこまで来たら男なら引けないからだし。
こうやって振り返ったら僕に悪いところも何か言われる所以もないと思うんだけど。
ねぇ賢者様、どう思う?
僕はフローラや魔王に話しかけるのは癪なので、残る選択肢の中から賢者様を発動させる。
『善処すべし。』
ありがとうございまーす……。
いつもは少し考えたりするのに今回はもう本当に瞬時に言われてしまったよ。
………僕は別に悪くないと思うんだけどな。
「ふぃっー!!!」
僕の頭の上に乗ったスロがぴょこんと跳ねた。
おぉよしよし。
やっぱスロだよね。君なら分かってくれると思ってたよ。
僕はもう本当に最後の砦であるスロを撫で撫でして、精神力を回復させる。
「遠いな…。」
ずっと拗ねてて気づかなかったけどもうかなり歩いてる。
お兄さんに渡されたこれまた古い地図を頼りにこのお山に登ってるわけなんだけど……。
まぁ整備なんてされてないよね。
僕らが今歩いてるここは、山道なんて言うものではない。完全に獣道。
木は伸びてるわ、枝は道に出てきてるわ、葉っぱは当たるわで、本当に依頼じゃなければ帰りたくなるような道。
虫があまり得意じゃないから、体の表面に魔法で膜張ってガードしてるけど、やっぱ怖いものは怖いよね。
「もう少しじゃないのか?」
僕の少し前を歩いているフローラが振り返っていった。
「うん、多分もうちょい。」
僕は流石にここまで来て拗ねてる場合でもないので、普通に返答をする。
受付のお兄さんに渡された地図だけが頼りなのだけど…………。
これがまぁ見にくい。
まず材質が紙かもわからない。そして茶色い。
ところどころ文字も線も途切れてるし、虫食いも多い。
「というか何十年も前のモンスター今もいるのかな?ウッドっていうくらいだから植物何だろうし、動かないのかもだけど、流石に死んじゃったり枯れちゃったりするのでは?」
僕はそんな疑問を抱きつつ、山を登り続けた。
…………これで報酬がほんのちょっととかだったら真面目に泣く自信がある……。
「ふんふふんふふん」
僕は鼻歌を歌いながら山を登っていく。
もう少しなんて言ったけどあれからもう30分も歩いている。
まぁ山だし。そんな簡単に登れるとは思ってなかったけどさ。
「ふぃ………」
はじめは元気だったスロも疲れたのか、ちょっと前からこうやって時折小さく鳴くだけになった。
「ふーんふふんふふん」
適当にリズムを取って歩く。
別になんの歌を歌っているとかは特にないけど、適当でもリズムがあると気分が上がるよね。
「というか、真面目にもうウッドモンスターはいないんじゃないの…?」
もう少しで生息地にたどり着くと示す地図を見て、僕は言う。
『かもね。』
魔王がおちゃらけた感じで笑った。
それにつられ、僕の頬も緩んだその時、
「ぶぅぁぁぁぁぁああ………」
そんな唸るような、低音の叫び声が跡切れ跡切れに聞こえた。
「っ!!!あれが!!!?」
僕はすぐに剣を抜き、臨戦態勢に入る。
どこだ?どここら聞こえた?
「こいつ…………簡単には行かなそうだぞ…。」
僕と背中合わせになったフローラが渋い声で言う。
「うん……。」
僕は探索魔法を使うと同時に、自分の目で周囲を見渡した。
どこにいるんだろう?声が聞こえた方にはただの木しかない……………って!!!
「いたぁぁぁっ!!!!!?」
普通に全く隠れもせずに木に口が大きく開いた、絶対に普通ではない怪物が立っていた。
僕がそれを見つけた瞬間に魔法の方にも反応があった。
なるほど。目で確認するまでは魔法にもひっかからない仕組みになってるのか。
てかなんで見落としていたんだろう。こんなわかりやすいのに。
『あの口がなければただの木だからね。口を閉じてたから見落としてたんじゃない?』
そんな魔王の解説を聞きながら僕はウッドモンスターとかいうその木にジリジリと近寄る。
「ぶわぁぁぁぁああ…………」
口を大きく開け、なんかむわぁという効果音が付きそうな感じで息を吐く木。
これ吸ったらやばい感じかな?
そう思った僕は口に手を当てて呼吸を止めた。
『これは多分、普通の息だね。別に攻撃してるとかじゃなくてただ呼吸してるだけだよ。』
そっ、そうなんだ……。
僕は半信半疑で息は止めたままウッドモンスターを見守る。
息を吐ききった木は、すぅぅぅううと掃除機のような音を立てて空気を吸い込み…………そのまま口を閉じた。
「………本当だ…。なんかこれを退治する意味が見いだせないんだけど…。」
見た感じ悪いモンスターでもなさそうだし、別に放置していても問題なさそう。
僕はそう思い、すこし剣を持つ手を緩めた。
『あぁ、そいつ夜になったら周辺の植物を無差別に食い荒らすから。生態系とか希少種とか関係なしにムッシャムッシャ食べるから。』
何もしてこない木に安心した僕に、魔王はそんなことをつぶやいた。
オォーノォー!!!!
全然良いやつじゃなかった!
僕はしっかりと剣を構えた上に、魔法の発動準備まで済ませた。
いやそりゃ食事は必要よ。
僕らだって動物のお肉や植物を食べてるから、一概にその行為が悪いとはいわないけどさ…………。
それでも無差別に生態系も無視してムッシャムッシャ周りの植物を食べるのはいけないでしょ。
僕は一気に怖くなったウッドモンスターを見つめた。
「…………?」
あれ?おかしくない?
無差別に食べるのならこの辺一体の植物は食べられてるはずなのに、普通に木とか草とか生えてるけど………。
『それはあれだよ。この子食べた代わりに生命力が強くてすぐに育つ全く新しい植物の種を撒き散らすから。』
なにそれ!!?なんなのその微妙なありがた迷惑。
確かに木は生えるけど、全く新種だし。
生命力が強くてすぐに育つ新種とか、それ厄介な外来種的なものじゃ……。
微妙にずれているというか、優しさのベクトルが違うというか。
「まぁなんとなくこいつを倒さなきゃいけない理由はわかったよ。けど、そんな強いの?見た感じあっちから攻撃はしてこなさそうだけど?」
僕はずっと目があってるのに何もせず、たまにあの怖い呼吸だけをしているウッドモンスターを見ながら尋ねた。
『そう。攻撃はしてこないんだよ。でもその代わり、こっちの攻撃もほぼ通らないから。まず皮が硬いから攻撃が入らない。攻撃が入ったとしてもタンマが使えて、一回は耐える。もし倒れたとしても半径10メートル以内の別の植物に移れるなどなど。倒すには相当時間も労力もかかるんだ。』
…………それはきついな。
というかタンマって何よ。そんな小学生の鬼ごっこみたいなルールが有るの?
『まぁ厄介なのさ。』
魔王があとは頑張れとつぶやく。
いや、どうするかな………。
攻撃がそもそもしづらい、頑張って攻撃を入れてもタンマされるし、倒しても他の植物に移る…………。
無理ゲーでは?
「どうしようかなぁ………。」
僕はウンウンと頭を上下に振って考える。
うーーん、分からない………。
「移る範囲が決まっているのならばーーーーーーすれば良いのでは?」
頭を捻らせていると、フローラが普通に言った。
………………それだぁぁぁあ!!!!!!!!
僕は彼女の言ったその天才的な案に驚愕しながら、それなら行けると喜んだ。
よくよく考えたら出てきそうな考えだけど、多分僕が考えても一生出てこなかった気がする。
すごいな、よく思いついたな。これが知識と経験の差か。
僕はフローラを心のなかで尊敬しながら、早速その案を試そうと準備を始めた。
………
……
…
「燃えろー、燃え上がれー」
「燃えてるなぁ…」
『見事に燃えてるね。』
僕らは山の中でそれを見ながら、皆それぞれの感想を述べた。
フローラの出した案はとてもシンプルかつ天才的だった。
土魔法でウッドモンスターを動けなくして、彼から半径10メートルのところに丸く結界を張る。
そしてその中に火の魔法を全力で打ち込む。
そうすれば、ウッドモンスターに攻撃が入るし、周りの植物も焼けるから、やつは移動できない。
まさしく完璧な作戦。
本当によく思いついたよね。
「もうそろそろ良いかな。」
結界の中は煙で曇って見えないけど、もう火を放ってから5.6分経ったし、流石に良いだろうと僕は結界を解除した。
ムワッと暖かい風が僕らを撫でる。
うわぁあったかーい…。
僕は中の熱さが抜けるのを待ってから、中へと踏み出した。
「こんがり焼けてるかな…………っ!!!!!」
ウッドモンスターがいるはずのところを見て、僕は驚愕の声を上げた。
「まだ生きてる…………」
僕はもはや恐怖まで感じてつぶやく。
こんがり焼けているはずのウッドモンスターは、普通にそこに立っていた。
完全にダメージがないわけじゃなく、表面は焼けたとうもろこしみたいに茶色くなってるけど、でも確かにやつはそこに立って、生きている。
「ぐぅわぁあああ………ぁぁ………」
その痛みを主張するように低く唸るウッドモンスター。
「…………僕これにとどめさすのは、流石に良心が痛むんだけど。」
僕は自分がやったことなのにすごく心が傷んで、目を逸らしながらつぶやいた。
この子が悪い子だって知ってるし、退治しなきゃなんだけど…………これは………。
「わ、我もこれはちょっと……。」
フローラもそーっと顔を背けて言う。
やっぱりそうだよね、可哀想に思うよね。
僕がみんなもそうだと少し安心したとき、
『え、そう?私大丈夫だけど……これくらい普通じゃないの?』
魔王のそんなあっけらかんな声が聞こえた。
「さ、さすが魔王だね…。」
僕は正論のように話す魔王にも、少し引いてしまう。
まぁ王様やってたらこんなの比にならないくらいのものだってあるか。
昔は勝利の魔王とか呼ばれてたらしいし。
『いやこんなんで引いてたら世の中生きてけないよ。君はこっち来て短いからまだ分かるけど、フローラだって知ってるでしょ?』
魔王はわざわざ半透明な体を現して、フローラにつめよって言う。
「いや我もこれよりも悲惨なものを見たことはあるが…………神獣だし、自分が攻撃する側に回ったことは……。」
フローラはウッドモンスターと魔王、そのどちらからも目を背けてつぶやいた。
『えーなにそれ。君ってそんな箱娘だったんだ。』
以外だなーと普段と変わらない声色で話す魔王。
『いや、そのだな……』
目を逸らしたまま言い訳しようとするフローラ。
僕はその二人を見ながら、未だ唸り続けているウッドモンスターを指差して一言、
「あの、あの子どうするの?」
そう尋ねた。
「どうしようか……」
フローラがウッドモンスターへ目をやって言う。
『どーしよーかねー』
魔王は気の抜けた声で別になんとも思ってなさそうにつぶやく。
「ぶわぁぁああ…………ぁぁぁあぁ……」
ウッドモンスターが殺すなら早くしろと言わんばかりに、身を捩らせた。
「もう他に移ることはできないから、剣でスパッと一思いに殺っちゃった方が良いのか………」
僕は腰から剣を抜きながら言う。
なるべく痛みを感じずに、一瞬で逝かせてあげたい…。
『うん、それが良いと思うよ。』
「よし…。」
僕は魔王の後押しもあって行こうと決め、ウッドモンスターに向き合った。
「ぐぅぅう…………ぅ……」
泣いているのか、怒っているのかどちらかわからないけど、彼は僕を見つめている。
「御免!!!!」
僕は歴史の舞台のような掛け声とともに、刀を振りかざした。
シュン
小さく空気を斬った音だけが響いた。
「ぶがっ…………がぁ…………あぁぁぁ……ァァ…」
声にならない声が少し遅れて聞こえてくる。
「ごめん……」
僕はそう言いながらゆっくりと目を開けた。
そこにはもうウッドモンスターの姿は………
「…………あれ?」
いないと言おうと思ったんだけど、普通にいる………。
「小さくなってるの。」
フローラが興味深そうに、小さくなったウッドモンスターを見て言う。
僕が斬ったはずのウッドモンスターは、消えたりはせずに、二つ葉の小さな植物になっていた。
しかも、丁寧に焦げ茶色の鉢に入っている………。
『私もよく分からないけど、とりあえず悪性はないから大丈夫だと思うよ。』
魔王も興味深そうにウッドモンスター………だったものを見ながらいう。
「悪くないの?」
『うん。多分だけど周りの植物食べないし、変な種撒き散らさないし、普通に水無いと枯れるしだから、全く持って悪さはないよ。』
魔王は色んな方向からウッドモンスターを見ていた。
よく見ただけでそんなこと分かるよね。
僕なんて普通の生き物ですら、図鑑とにらめっこしてようやく分かる感じなのに。
「これ………どうする?」
僕は少し怯えながら、ウッドモンスターの入っている鉢を持ち上げる。
見た目は本当に普通の植物。
双葉で、ザ葉っぱって感じ。
「ここに放置という訳にはいかないだろ。」
『かと言って悪くもないのに倒すってのも……ね?』
フローラと魔王がほぼ同じタイミングで僕を見上げながら言った。
「…………分かりました、連れて帰りますよ。」
僕はそうつぶやき、ウッドモンスターの鉢を持って、下山した。
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