服の皺
「思ったより立派だな。」
目的地である街の孤児院の前でつぶやいた。
僕のイメージの孤児院はお金不足でボロボロ、もう困ってるって感じなんだけど、ここは教会と同じように石造りですごい綺麗だし豪華。
日本での市役所とか図書館とかの公共施設みたい。
「…………。」
ミントくんが無言で孤児院の入り口のドアを見つめている。
どこか不安げなのは、多分気のせいじゃないだろう。
「行こう。」
僕は彼の手を取って言う。
こういうところに入るのって謎に緊張するよね。
けど今回はギルドの依頼という大義名分があったので、すんなりといける…………と思う。
「ごめんください。」
大きな木の扉を開けて中へと入る。
「はーい。どちら様でしょうか?」
僕が中に入ってすぐに、奥から一人お姉さんがやって来た。
多分ここの孤児院の制服なんだろうけど、本当に豪華?というかしっかりしてる。
生地色の薄い布一枚とかじゃなくて、白と黒で清楚かつオシャレな雰囲気を出していているし、細かいところにフリフリとかついていて、本当に可愛らしい。
「ギルドの依頼を受けてきました。冒険者のレストです。」
突っ立っている僕を見て頭の上に疑問符を浮かべる孤児院のお姉さんに、僕は挨拶をした。
隣のミントくんも戸惑いながらも、頭を下げている。
「あぁ!お待ちしておりました!私、この孤児院の管理をしております、クレタナと申します。」
にこやかな顔になったお姉さんが、僕らを案内する。
孤児院のつくりは単純で、入口はいると太い廊下があって、その両脇に部屋があるだけ。
ここで子供たちが寝たりご飯を食べたり、勉強したり遊んだりしているんだろう。
「こちらの子は?」
クレタナさんがミントくんを見つめて言う。
ギルドの依頼ってことで来たから、ミントくんみたいに幼い子がいるのは不思議なのか。
日本なら僕が働くのでも疑問を持たれるけど、こっちなら16.17歳は働き盛り。
魔法大学とかそういうとこに通うのは貴族の人とか、平民でも試験を突破したエリートって言うし、僕らの年ならバリバリ働くのが普通みたい。
「この子は家がなくてお金もなく、家族もいない子で、ギルドでは帰されちゃって…。」
僕はミントくんの肩に手をおいて、少し申し訳無さ気な顔をして彼女を見る。
これでどうなるか。
できる事ならばいい感じの方向に転んでほしい……。
「なるほど。つまり、こちらで預かって欲しいと?」
クレタナさんが歩きながら僕らの方を心まで見透かすような笑みで見る。
幼気でいて整ったその顔は、微笑んでいるのに何故かとても怖かった。
「はい。」
僕は引いてしまいそうになるのをグッとこらえて、できるだけ真剣な顔で返す。
ここでも駄目だったらもう本当にどうすればいいか分からなくなってしまう…。
別に僕とミントくんは赤の他人。
このまま何もせず戻すのも一つの案だし、僕からすればそれが一番楽だけど………。
僕らチラッとミントくんの顔を見下ろす。
彼は僕の服の裾を必死に掴みながら、不安げでいて………とても意志の籠った力強い顔をしていた。
「お願い……します…。」
服の裾握る力をいっそう強くしたミントくんが、震える声で言う。
僕はその言葉からとても重い想いを感じた。
拭いきれない怖さと不安さ。そしてそれよりも前に出る彼の強さ。
それらがその一言に全てのって、聞こえてきたのだ。
「……分かりました。神は等しく寵愛をお与えくださいますから。」
ジーッとミントくんを決して微笑みは崩さずに、それでいて見透かす様に見つめていたクレタナさんが、不意に呆れるように笑った。
「あっ、ありがとう、ございます。」
緊張はしつつも安心したように顔を綻ばせたミントくんが、頭を下げて言う。
「君、こちらへ来なさい。」
ミントくんへ厳しい口調ながら、優しく微笑んで声をかけるクレタナさん。
「は、はい!!」
元気に返事をしたミントくんは、クレタナさんの元へと走っていった。
「頑張ってね…。」
僕は、小さな手に握られて出来た服の皺を触りながら、そうつぶやいた。
◇ ◇ ◇
「お疲れさまでした。」
依頼を終えて一息ついていたら、現れたクレタナさんがそう頭を下げた。
「いえ、こちらこそありがとうございました。」
僕もお辞儀を返す。
孤児院の依頼は、最近大きな蜘蛛が数匹出るから退治してほしいとのことだった。
探索魔法で大体の位置を掴んで、現れたところにちょいと魔法をかければ良いだけだった。
まぁ、素早いしなかなか現れないしで、時間はすごくかかったけど。
外を見ればもう空が赤くなってきている。
「これで子どもたちも安心して眠れます。」
頭を上げたクレタナさんが、笑いながら言う。
「では、僕はこれで………」
僕が残っていた汗を右手で拭って、立ち去ろうとしたとき………
「ミントくん………」
………クレタナさんの奥からミントくんが顔を出した。
「……………………。」
「…………。」
僕らは見つめあって、黙ってしまう。
話したいことがないわけじゃないし、話したくないわけじゃない。
ただ、お互いに言葉を発さなかっただけだ。
「レストさん……ありがとう…。」
うつむいたままミントくんがつぶやいた。
「うん、頑張ってね。」
僕はサラサラになった彼の薄い黒髪を見つめたまま言う。
孤児院でお風呂に入らせてもらったんだろう、着てる服もキレイになっている。
元々整ってた彼の顔が、清潔感が出たことによって更に輝いている。
…………ちょっと、羨ましい…。
「うん。……………ありがと……。」
二度目の感謝の言葉をつぶやいたミントくん。
彼は自分の黒の長ズボンを握りしめていた。
「失礼します。」
僕が帰ろうと、体の向きを変えたとき、
「ンぅ!!!」
ポスンと僕の腰のあたりに軽い衝撃が走った。
「………。」
僕は腰に抱きついたミントくんの頭を撫でる。
「…………ありがとう…。」
彼は下を向いて僕にされるがままに撫でられながらつぶやいた。
「またね。」
僕はポンとミントくんの頭に手を乗せて言う。
彼の温かさが手のひら越しに伝わってきた。
「うん………会いに来て………くれる?」
グリグリと僕の体に頭を押し付けて、ミントくんがつぶやく。
彼の口調は、親に甘える子供のようでとても可愛かった。
「来るよ…………いつか必ず。君が立派になった頃に。」
彼の頭から肩へと手を移して、僕はつぶやく。
「うん………ありがとう。」
初めて顔を上げた彼は、眩しいくらいに
◇ ◇ ◇
「ありがとうございました。」
僕はお辞儀をしてギルドを出た。
「またのお越しをお待ちしております。」
閉まった扉ごしに受付のお兄さんの声が聞こえる。
「…………。」
僕は黙ったまま学園寮への家路をたどる。
ミントくんと別れた後、ギルドに寄って依頼完了の手続きをし、お金をもらって今に至る。
「短いようで、長かったな。」
朝から、王女様にあって、ミントくんにあって、ギルドの依頼をこなして。
気がつけばもう夜だ。
「星………見えないな…。」
見上げても、薄暗い雲の層が見えるだけで、光り輝く星は見えない。
毎日晴れて星が見えるわけじゃないもんな。
曇りの日も雨の日もある。
毎日のように晴れていたら、晴れのありがたみもなくなっちゃうしね。
「ふんふふん、ふふんふふん♪」
急ぐ足を抑えて、ゆっくり歩きながら鼻歌を歌う。
「酒はどうだー!!?」
「おねぇちゃん寄ってかねぇ!?」
「そこのおじさん、よかったら飯屋やってるよ!」
賑やかな町を一人歩いていく。
いいよね、こんな時間も。悪くない。
「お兄さん、お酒どう?」
僕が心地よく歩いていると、お姉さんに声をかけられた。
「お酒は大丈夫です。」
僕は立ち止まって、断る。
こっちでは飲めたとしても、僕はまだ高校生だし。
それに、家に帰ったらみんな待ってるだろうし。
「そうかい!良い時間を!!」
お姉さんはそう言って豪快に笑う。
「よ、良い時間を。」
僕も控えめにだけど、挨拶を返した。
『良い時間を』っていい言葉だな。
僕は町を飛び交うその言葉と人々の笑い声に穏やかな気分になって、家路を辿った。
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