労りとお風呂
「ただいま。」
自室のドアを開けながら言う。
「おかえり。」
僕が部屋に入るとすぐにフローラが返事をしてくれた。
その温かさを感じながら、僕は椅子に座る。
「ふぃー!」
疲れたなーとボーッと座っていると、膝に重さを感じた。
なにかと下を見ると、僕の膝の上でプルプルと動くスロが居た。
「おぉスロ、元気だね。ただいま。」
僕はスロの体を触りながら言う。
この冷たさと弾力。控えめに言って最高だね。
疲れた体にしみる。
「ふぅい!!」
僕は元気に跳ねるスロを撫でつつ、部屋を眺めた。
フローラはベッドの上でニルの毛づくろいをしている。
聖獣でも毛とか抜けるのかな。
「……お風呂行ってくる。」
しばらくボーっとした後、つぶやいた。
もう休みたいと主張する体をどうにか起こして立ち上がり、着替えを探す。
僕が着替えとスロを両脇に抱えて、お風呂に向かおうとドアノブに手をかけた時、
「おつかれ。」
不意にフローラが言った。
部屋の方へ振り返っても、彼女はニルのことを撫でているままだ。
「うん……ありがと。」
僕はうつむいてそうつぶやき、部屋を後にした。
誰かがこうやって労りの言葉をかけてくれるのって、嬉しいよね。
◇ ◇ ◇
「うぅぅ!!!!!気持ちぃぃいい!!!!」
湯船に浸かりながら僕は叫んだ。
疲れた日のお風呂くらいこういう腑抜けた声を出したくなる。
「ふいっ!!ふぃっ!!!」
スロが湯面を漂いながら、楽しそうに言った。
スイースイーとお湯を泳いでとても気持ちよさそう。
『今日は疲れた?』
頭の中に魔王の声が響く。
こころなしかリラックスしたその声はとても心地の良いものだった。
「うん、結構。」
僕は手のひらでお湯をすくって、顔にかけながら言う。
ミントくんのやつは言わずもがな、その前のリリア様のやつも別の意味で疲れた。
『王女様といい、あの少年といい。君、こっちに来て随分丸くなったね。』
魔王の声は呆れたようでいてとても優しい声色だった。
「……かもね。」
僕は顔を背けてつぶやく。
魔王は物理的に存在しないからその行動に意味はないのだけど。
確かに魔王の言う通り、こっちに来たばっかりの僕だったらミントくんのあの状況を見て助けようとはしなかったかも知れない。
ミントくんが怪我をしないように影から手を貸したとしても、その後の処理まではしなかっただろう。
彼女だけは、いつの時間の僕であっても、どんな状況下の僕であっても…………………助ける…と思う。
◇ ◇ ◇
「ふぁぁ………いい湯だったぁ…。」
僕は湯上がりで火照る体を夜風で冷やしながら、そんな腑抜けた声を漏らす。
みっともない姿だと自分でも思うけど、しょうがない。
温かいお湯に浸かった後の冷たい風。
この温度のジェットコースターを前にしてシャキンとできる人なんて居ないのだから。
「お腹へったな……。」
僕はそうつぶやいた後、すぐに収納魔法で謎の木の実を召喚した。
ふふふ、いつもおんなじ物食べてると侮るなかれ。
今回は普段の謎の実に加えて、ナムの実もご用意しているのだよ。
ナムの実というのは黄色い小さめのスイカのような大きさの木の実だ。
ミカンのように手でむける黄色の皮の下には、トマトのような真っ赤な実がある。
ちなみに食感はミカン。味は謎だ。
具体的にどんな味と言われると『ナムの実の味』としか答えられないけど、とにかく美味しいのは確かだ。
「……………。」
雲に覆われた夜空を無言で見ながら、謎の実とナムの実を食べる。
これこそ、青春…………………ではないね。
こんな青春はたぶん皆さん嫌だと思う。
でもまぁ、たまにこうやって黙って空を見る時間は悪くはないよ。
……………ただ、何度も言うが青春ではない。
「ふうぃー………。」
ボーッとしていると、スロが僕の膝に乗って眠そうな声を上げた。
「眠いか。もう遅いもんね。」
僕は最後に謎の実を一個口に放り込んで、彼を撫でる。
明日は学校だし、そろそろ寝ようかな。
「ふあぁぁ…………」
口を大きく開けてあくびをしスロを両手で持ち上げた。
水のおいてある机…………に行く途中でスロをベッドの上に置く。
「ふぇぃー……」
背伸びのようなことをするスロを眺めながらお水を飲む。
ちょっと冷たい液体の温度が心地よい。
タンッとガラスの音をひびかせてコップを置き、体を伸ばしてからベッドへと向かった。
「……………?」
寝ようとしたまではいいのだけれど、ここで一つ問題が起こる。
ベッドが満杯なのだ。
フローラにニル、スロと三人………三匹?もいれば寮のベッドじゃ狭くなる。
「ごめんよ…。」
僕は謝りながら、半分寝ているスロを持ち上げベッドに入る。
「ふえぇ…?」
状況がよくつかめていないスロをそのまま抱きかかえるようにしてベッドに入らせた。
「おやすみ。」
みんな起きているかわからないけど、僕はそう大きめにつぶやいた。
明日も良い日になると良いな。
………
……
…
布団に潜っておやすみと言ったからといってすぐに寝れるものでもない。
僕は首元までタオルケットを持ち上げ、仰向けになる。
雲がどこかへ行ったのか、月光が開けたままの窓から入ってきていて明かりを消した部屋でも明るかった。
どうしようかな。
眠いけどなんか眠れないし……………。
今日のことでも振り返ってみるか。
僕はうっすら目を開けたまま考える。
ミントくんはどうしているだろうかな。
あの孤児院で上手くやれているだろうか。
少しだけど一緒に居た感じとても優しくて強い子だったから、多分大丈夫だろう。
『来るよ、いつか必ず。君が立派になった頃に。』
僕は自分でいったはずの台詞を思い出して苦笑した。
本来なら週に一回でも会いに行きたいし、そうすればさぞかし楽しいのだろうけれど。
僕はその言葉の通り、もう自分から彼に会いに行くことはない。
ずっと会わないでいれば、ミントくんはまだ小さいから、たった一日のちょっとした時間を過ごした僕のことなんて忘れてしまうだろう。
それは少し寂しいけれど、彼にとってはそっちのほうが良い。
たった少し面倒を見ただけの僕がこまめに会いに行って、彼の人生に残るなんて、おかしな話だから。
ミントくんが大人になったときに、昔手を貸してくれた人も居たんだって、その程度に思ってくれれば御の字だ。
他は……………
彼女と僕は…………どんな関係なんだろうか。
自分自身でもよくわからない。
出会いは突然だったし、奇態だった。
あの時僕は………なんで助けたんだろうか…。
リリア様の姿を見て可哀想と思ったのだろうか、それとも助けてあげたいと庇護欲でも湧いたのだろうか。
………………いいや、多分そのどちらでもない。
僕は…………………僕は、彼女の姿と昔の自分の姿を重ねていたのだろう。
日々がただ怖くて辛くて逃げたくて、不幸の袋小路に閉じ込められていて。
逃げることだってできたはずなのに、今よりも悪くなることを恐れて、このままなら、昨日よりも悪くなることがないと自分を欺いて。
昨日の自分は耐えられたんだから、きっと今日も耐えられる。そしたら明日も耐えられる…………………そうして何も変わらず………変えようともせずに、ただ呼吸だけをしていた。
僕は彼女の表面を見てその濡れた髪や、絶望の表情から勝手に自己投影して、共感して助けようとしたんだ。
彼女を助けたら、過去の自分も一緒に救われるような気がして………。
本当に馬鹿な話だ………。
僕と彼女とでは、
何一つとして違っているのに。
僕は寝返りを打って、窓を見つめた。
今日はまだ、眠れそうにない。
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