7 学園と勇者編
第92話 プロローグ
「よく来た。」
闇で満たされた部屋で、一人の男が呟いた。
「はっ。」
「は……。」
高くも少年のものだとわかる声と、それに少し遅れて淡白な少女の声が響く。
彼らは赤色の絨毯の上に膝をついて、頭を垂れていた。
「面を上げてもよい。そんなかたくなるな。」
彼らよりも数段高いところの王座に座った男が言う。
その男は老体ながらも無駄な肉などない引き締まった体で、まだまだ強者のオーラを纏っていた。
「はっ。」
「は……。」
少年と少女は初めの声では決して顔を上げない。
男がどう言おうと二度目まで待つというのが礼儀なのだ。
「ふふふ、よい。面を上げよ。」
顔をほころばせた男が、右手を伸ばしてそれを上にやる。
「はっ。」
「は……。」
それを聞いた少年と少女はゆっくりと顔を上げる。
「久しい。」
男が微笑をまとったまま言った。
その声はただの言葉のようでいて、とても重く並の人間では耐えられないであろうものだった。
「はっ。」
「は……。」
少年と少女は先程までと全く同じ返事を返す。
「ははは、良いな。…………では本題に移ろうか。」
全く怯まず、それでいて変えずにいる彼らの姿を目を細めて笑った男はここまでは余談とばかりにニヤリと笑った。
「伝えてあるだろうが、二人には王国の魔法学園に行ってもらう。」
男が片手をあそびながら彼らへ告げる。
「はっ。」
「は……。」
少年と少女はやはり変わらない顔と声のまま、男を一直線に見つめて返答をした。
「目標は……………勇者…。」
最後のところでその笑みをより一層強め、男が言う。
「はっ。」
「は……。」
目線を注がれた少年はビクリともせず、定型文とかした言葉を返す。
「名前などは後で紙にして渡す。今回は相手の強さと危険度だけ分かれば良い。まぁ、女との旅行気分で楽しめ。」
そう言い切った男はふと笑みを完全に消して、二人を見つめた。
「はっ。」
「は……。」
彼らは変わらずまるで機械のような返答をする。
「ふはははははは、やはりお前達は最高だ。」
自らの膝を叩いた男が豪快に破顔して叫ぶように声を投げる。
「…。」
「………。」
今度は二人は何も言わずに男を見つめていた。
「期待しているぞ、我が勇者。」
男が王座に座り直し、さらにどっしりと構えて言う。
「公国に繁栄を。民に幸福を。
「……繁栄あれ。」
二人は同じ姿勢で男へ跪き、少年は完全に少女は短文でつぶやいた。
「ふはははははははは、後天の勇者と、偶然の勇者の出会いとな。はははははは」
二人が跪く姿を見下ろしながら男は軽快な笑い声を響かせた。
「あぁ、あとーーーーの調査も頼む。」
男は立ち去ろうとする二人の背中に、そうつぶやいた。
わざわざその名前だけを周りには聞こえないように魔法で加工しているほどに、男はそれを隠したがっているみたいだ。
「……はっ。」
「は……。」
少年は初めて少しの動揺を見せ、少女は相変わらない淡白な返事を述べて、男に背を向けて歩いていく。
「さぁて、王国と
男は誰もいなくなった部屋で静かに笑う。
その日、公国の城の頂上から、笑い声が途切れることはなかった。
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