ケンカですか

「じゃあまた!」


「はい、お気をつけて。」


街の端でリリア様に手を振る。

なんでもあの後予定があるらしい。


「僕はどうしようかなぁ。」


中心街から離れた周りの町並みを見ながらつぶやく。


都市部の家と家の間がほとんどなくてみっちり詰まっているのもかっこよくてきれいだけど、少し離れたところにぽつんぽつんと家があって、畑とか見える感じも僕は好きだ。


「ギルド行くか。」


最近行ってなかったと言うか行けなかったから、久しぶりにクエストでも受けようか。

あと、あれを申請しないとな。


僕は街のど真ん中のギルドに向かって歩き始めた。


今の時間は…………。

時間が気になって腕時計を見ると、二時ちょっと前を指している。


まだ二時か。

休みの日って時間がゆっくりに感じるよね。


「ふんふんふ、ふーん」


適当に鼻歌を歌いながら街を進んでいると、


「あん、てめぇ何してんだぁ!!?」


そんな怒号が聞こえてきた。


「っ!!!」


前方の道の真ん中で、男の人が女の子を倒して今にも殴りかかろうとしている。


「ハハハやっぱ獣人は馬鹿なのかぁ!!?てめぇこの状態で勝てるとでも!!?」


少女の腹を地面に押し付けて、左手を引っ張って身動きができなくしている男の人。


ケンカかな?

獣人がなんとかって言ってたからそれよりひどい場合もあるけど……。


僕はあまり目立たないようにその二人へと近づいた。


「くそっ!!!」


組み伏せられた女の子が抜け出そうともがきながら叫ぶ。

僕は見る感じ一方的ないじめとかリンチではなく、女の子の方にも非がありそうなのでスルーしようとして…………その足を止めた。


「い、いじめちゃだめっ!」


周りの大人達は僕と同じように傍観の姿勢をとっている中、一人の少年が飛び出した。

その子は服からしてボロっちくて、体も傷だらけで汚れている子だった。

多分スラム街とかそういったところの子供。


まだ日本では小学生ぐらいの彼は、このケンカを男の人から女の子への一方的ないじめだと思ったらしく、果敢に飛び出して、男の人の腕をポコっと軽めに殴った。


「っせ!!ガキは黙ってろ!!!!」


男の人はずっと抵抗を続ける少女にヘイトが溜まっているのか、その男の子のことを見向きもせず、振り払おうと手を振りかざした。


「ッ!」


僕は思わず、その手を掴んでしまった……………こんなことやる予定じゃなかったのに……。


「だめですよ。」


内心でやっちゃたぁとため息を吐きながら、男の人の手を握ったまま彼にそう告げる。


「あんっ!?」


今度はしっかりと僕の方を見ながら、何だお前と声を上げる男の人。


「子供に手を上げちゃだめです。」


僕は彼の目を見つめながらそうつぶやいた。


そこの少女とは別にいいけど、勘違いして止めに入ったまだ幼いこの子に手を上げてしまうのはいかがなものかと思う。


「うるせぇなお前は関係ないだろ!!?」


男の人は一瞬戸惑ったような顔をしたが、すぐに怒気をはらんだ声でそう叫んだ。


「はい。あなたとそちらの方の関係には、僕は関係ないです。けど、それはこの子もおんなじでしょう?」


僕は彼の手を離し、少年をかばうように少しだけ距離を取る。


「っせ!!!」


獣人の少女は抑えつつ、さっきまで僕が掴んでいた腕を服にこすりつけて吐き捨てる男の人。


僕はちらっと少年の方を見る。


僕の体を盾にするように立つ彼は、恐怖で震えながらも少女の方を見ていた。


そんなに心配なのか………。


「僕はあなたがこの子を逃してくれたら、それ以外には何も望みません。そちらの方とあなたが何をしようと関係はありませんから。」


僕はきっぱりとそう言いきった。

少年には申し訳ないけど、あの少女まで助けようと言うか庇おうという気はサラサラない。


てか、この少年を助けたのだって予定外だったし。目立ちたいわけではないし。


僕は改めて周りを見てみる。


僕らの方を見ているのはざっと二十人くらい。

数人が心配そうに見ていて、数人が獣人の子を恨むような視線、残りの大多数が野次馬根性的に興味心で立ち止まっているという感じかな。


幸いなことにここはまだ街の中心部じゃないから、人数は少なかった。


「…………分かった。この坊主は逃してやる。」


男の人はチッと舌打ちして、そう吐き捨てた。


「ありがとうございます。」


僕は一旦の目標を達成したので、彼に頭を下げてその場を立ちさ………


「ふんっ!!」


ろうとした時、後ろからそんな踏ん張るような声が聞こえた。


僕が体を横にそらすと同時にビュンとすごい音を立てて僕の真横を男の拳が通る。


「…………あなたは今僕に攻撃しましたね。つまり僕とあなたは今敵対関係にあると。」


僕はまためんどくさくなったと思いながら、攻撃してきた彼の方へと向きかえった。


「あぁ!!そうだよ!男が横から投げやり入れられて黙ってられっかよ!!」


やっちまった感とやるしかない感をちょうど半々に漂わせながら、男の人は獣人の女の子の手を掴んだまま叫ぶ。


「なるほど。あのつかぬことをお聞きしますが、そちらの方とあなたの関係性は?」


このまま戦っても僕に何の得もないので、僕は最終確認として彼にそう尋ねた。


これでまた奴隷とかそういっためんどくさい方に行かなければいいんだけど……………。


「あいつが俺の財布をすったんだよ。」


男は少し冷静になって言う。


「なるほど。」


いやぁ良かったぁ。

それならば僕が彼らに口出しする必要も意味もない。


つまり人道的かつ合法的に逃げられる。


「わかりました。やはり僕はあなた方の関係には関わるべきじゃないですから、僕はあなたが引いてくれればこのまま帰りますけど。」


僕はどうかこの条件を呑んでくれと内心願いながら、彼に提案した。


「…………分かった。その坊主はもういい。もともとこの女にカッとなっちまっただけだから……俺だってガキに手を上げるほど腐っちゃいねぇよ。」


男は気まずげに頭を掻きながら、顎でクイッともう行けとする。


「ありがとうございます。」


僕は再度礼をして今度こそはと彼に背を向けた。

いやぁ良かった良かった、戦うことにならなくて。


まぁ、僕の手をギュッと握っているこの男の子という面倒事は増えてしまったけどね。


「おうよ強気な嬢ちゃん。達者でな。」


……多分彼は真っ直ぐな心でそう言ったのであろう。


でも、僕はそれを聞き逃すことはできなかった。


「…………僕は男です。」


彼の方に首を向けて訂正ていせいする。


いや、なんというかこのまま去っていくのは負けた気がするし、認めたみたいで嫌だ。


「お、おうそれはすまねぇ。」


男の人は頭を下げて謝罪してくれた。

根本は良い人なんだな。


「……レスト」


僕はそれを見て小さくつぶやく。


「は?」


「僕、レストって言います。」


何いってんだこいつと呆けた顔の彼に僕は名乗った。


「おぉ、俺はクレオメだ!じゃあな坊主、またどこかで。」


ようやく理解したようで、自己紹介を返してくれたクレオメさんがサムズアップする。


「はい。その子も程々に。」


僕も控えめにからサムズアップを返して、手を繋いだ少年の代弁をした。

あの女の子が悪かったとしても、やり過ぎは良くないからね。


「おうよ。財布返してもらうだけだから、それが終わったら詰め所にでも届けるさ。」


軽快な声でそう叫んだクレオメさんは周囲の人に謝罪してから、獣人の子とともに去っていった。


さて僕も、この男の子をどうにかしますか。


「いくよ。」


僕は少年の手を取って声をかける。


「えぅ……?あっ………」


戸惑いながらも彼は僕の手を握って、歩き始めた。

とことこと人の少ない道を二人で歩いていく。


「君、名前は?」


僕はずっと無言で歩くのが気まずくて、そう尋ねた。


「………ミント」


少年ーーーーミントくんはうつむいて小さく名乗る。

少しだけ顔が陰ったのは、彼がなにか名前に嫌な思い出でもあるのか。


まぁ、人はみんな生きてれば辛いことだって言いたくないことだってあるしね。

それが何であろうと、変に聞き出そうとするのは良くない。


「ミントくんね。」


背の低い彼の顔を見下ろすように、見つめてつぶやく。

ミント、いい名前じゃんか。


「……お兄さんは?」


僕の視線を感じたのか、ミントくんがくいっと顔を上げて僕を見つめ直して言った。


「レスト。君どこに住んでるの?」


僕はこっちの名前には別になんの抵抗もないのでサッと言い切って、質問を返す。

今はできる限り彼の情報が知りたい。


「家は……ない。色んな所で住んでる。」


ミントくんが顔をそむけて言った。


やっぱりそういう感じか……。

多分、前に夜歩いたとき噴水周辺にいた彼らと同じように、犯罪スレスレのことをしてきているのだろう。


こんなに幼いのにな。

日本ならまだ小学校に通っている義務教育の途中なのに。


「お金は持ってる?あと家の人とか、大事な人とかは?」


この様子だと家族はわからない感じかな。

ここまで連れてきてしまったけど、彼にちゃんと両親がいたら大変だな。


………まぁそっちのほうが全然良いんだけど。


「お金は時々入るけど、すぐに使っちゃう…。家族は分からない。大事な人は………分からない。」


彼がぽつりとそうつぶやいた時、僕はつないだ手が強く握られるのを感じた。

そっか………君も色んなものを亡くしたんだね。


「分かった。」


僕はうなづきながら、彼のまだ小さな手をギュッと握り返した。


「……どこ、いくの?僕捕まる?」


あれから少し沈黙が流れた後に、ミントくんが不安げに僕を見上げて呟いた。


「いいや、そんなことはしないよ。」


僕は彼を安心させようと握ってない方の手で彼の頭を優しく撫でた。


ちゃんと手入れしたらサラサラになるであろう髪の毛が流れていく感触が伝わってくる。


彼の髪の毛はこっちの世界では珍しい黒っぽい色をしている。


まぁ、僕らみたいに黒って感じではなく、濃いめのグレーだけどね。


「じゃっ、じゃあどこに?」


心配さを隠さずに僕を見る彼に、僕は微笑む。

そして、道の端っこによって歩みを止めた。


「ここ。」


僕は人の多くなった通りの喧騒の中、ひときわ大きな建物…………冒険者ギルドを指さして言う。


「………?」


ミントくんはここどこと困惑の表情を浮かべる。

ギルドはおっきいし有名だと思ってたんだけど、彼は知らないみたい。


「まぁ入ったら分かるよ。」


僕は親戚の子供に街を案内するような謎の嬉しみを感じながら、ギルドのドアを開いた。


「空いてるな。」


久しぶりに来た冒険者ギルドはガラガラだった。

受付には誰も居ず、奥の酒場みたいなところに2.3人いるだけ。


お昼すぎだしみんなクエストに行ってるのかな?


「すみません。」


僕はうわーと好奇心に満ちた声を上げて色んな所に行こうとするミントくんの手を取って、受付まで来た。


「はい、どうしました?」


前にも顔を合わせたお兄さんがピシッとしながら対応してくれる。


「この子の相談と………銀行ってやってます?」


僕はミントくんがお兄さんに見えやすいように、自分のお腹の前に彼を立たせた。


「はい。銀行業はギルドの一部としてございます。えっと、こちらの子の相談というのは?」


サッとすぐに銀行の案内の紙を出したお兄さんが、ミントくんを見ながら尋ねてくる。


「この子家がなくてお金もなく家族もいない子らしいんですけど。」


僕が彼の頭に手をおいてそう言うと、


「…………申し訳ありませんが、ギルドでそのようなことは受け付けかねます。」


お兄さんは申し訳無さげにつぶやいた。


やっぱりか…。

銀行までやってるギルドならこういうのもやってくれるかと思ったけど、あくまでここは『冒険者ギルド』。


行政機関と違って身寄りのない子供の預かりまではやってないみたいだ。


「分かりました。じゃあ銀行の方だけで。」


ミントくんのことは何とかしないとだけど、ここで考えててもお兄さんを困らせるだけなので、僕は銀行の方だけはやっちゃおうと声をかけた。


「了解しました。」


お兄さんが申し訳ありませんと頭を下げる。


「振り込みで………この口座なんですど。」


僕はナームさんに聞いてメモをしておいた番号を見せて言った。


「畏まりました。確認します。」


紙を受け取ってお兄さんはカウンターの奥の方に行く。


「…………。」


ギルドに人がいないので、お兄さんがいなくなって僕も黙るとなると、当然静かになる。


「…………。」


彼について相談したときからずっと不安げに僕の手を握っては離してを繰り返すミントくんに僕は、


「大丈夫だよ。」


そう、一言だけつぶやいて手を強く握った。


「……うん。」


不安が拭いきれたわけではないと思うけど、ミントくんは微笑みながらそうつぶやいた。


「おまたせしました。お振込みは可能です。」


少し経つとお兄さんが戻ってきた。


「そうですか。じゃあ毎月これだけを僕の口座から振り込んでもらえますか?」


僕はミントくんに見えないように紙に数字を書いてお兄さんに見せる。


いや別にやましい事はなにもないのだけど、子供にこういう生々しいのを見せるのはちょっと気が引けるからさ。


「………畏まりました。本人確認に冒険者カードを。」


数秒僕が紙に書いた数字を黙ったまま見つめていたお兄さんが再起動したようにそう言う。


やっぱり多いかな?


僕こっちの生活費とかわからないから多めにしといたんだけど。学生ならもう少し少なくてもいいのかな?


………まぁ多くて困ることはないだろうし、このままでいいや。


「はい。」


僕はポケットに手を突っ込んで、そのまま収納魔法ストレージを使い、そこから冒険者カードを取り出して差し出す。


これだと傍から見たらポケットから取り出したように見えるからね。


「確認します。」


お兄さんは頭を下げて僕の冒険者カードを棚の下に持ってった。


照会する機械………というか魔法具?とかがあるのかな。


このお兄さんはとても優しくて礼儀正しいから日本みたいにこれが普通だと思うかもしれないけど、実際彼が特別に優秀なだけだ。


普通に怖いお店とか接客する気がまったくないお店だってある。


基本みんな優しいけどね。でも、彼ほど礼儀正しいのは特別だ。


僕はこういうしっかりしていて礼節が出来ている人はかなり好きだよ。


「ありがとうございました。確認しました。定期振り込みですので、こちらの書類を記入してください。」


冒険者カードをスッと差し出したお兄さんが鉛筆みたいなのと紙をカウンターに置く。


「ありがとうございます。」


僕はそうお礼を言いつつ、記入を始めた。

書くのは名前とかカードに書いてある番号とか振込先情報とか色々なこと。


まぁ銀行の振込っていうのはどこの世界でも面倒だし、大変だよね。


「…………できました。」


僕はかなりの時間をかけて書き終えた。

いやぁ文字書くだけだけど疲れた。


「確認します。」


お兄さんはそう言って紙へと目を通していく。

こういうの待ってる時間ってなぜか分からないけど無性に緊張するんだよな。


「不備はありませんでした。では毎月こちらの額をお振り込みでよろしいですか?」


にっこり笑って紙の額面の部分を指さして確認してくるお兄さん。


「はい。あと、これ受けます。」


僕は頷いたあとに、一枚の紙をカウンターに置く。


「畏まりました。」


お兄さんは微笑んだままそっちも処理してくれた。


さっき出したのはギルドのクエストの受注用紙だ。


ギルドに入ってすぐに確保しておいたのだよ。

内容はあんま難しくなくて、30分もあれば終わる感じのやつ。


「受付完了しました。」


そう言って頭を下げるお兄さんに、


「ありがとうございます。」


僕もお辞儀を返す。


「お気をつけて。」


ほぼ同時に顔を上げて数秒見つめ合ったあと、お兄さんが満面の笑みで言ってくれた。


「いくよ。」


僕はありがとうと言いたかったけどそれをやると無限ループに陥りそうなので、ミントくんの手を取って少し会釈する程度にとどめた。


こうして僕とミントくんはギルドをあとにしたのだった。

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