呼び方

「なるほど。なんとなく、事情がわかりました。」


王女様はふむふむと頷きながら、そう言ってくれた。


「ありがとうございます。………リリア様の心の中に留めておいてもらえれば。」


感謝しながらも一応、念を押しておく。


「はい。あとずっと思ってましたけど、様はつけなくていいですよ。リリアって呼び捨てでお願いします。…………なんならタメ口でお願いしたいです。」


何故かお願い口調で、そう提案される。


「いや、さすがに一国の王女様を呼び捨てには…。」


そんなことしたら首チョンパされそうで怖いんですけど。


僕はやんわりとお断りさせていただいた。


「むぅ……」


どうやら不満だったようで、王女様が頬を膨らませて僕のことを見つめてくる。


…………なんかそんなうるうるした瞳で見られると、僕が悪いことしてるみたいに思えてくるんですけど。


「それに、リリア様のことは心から尊敬してるんです。だから、尊敬を込めて様とつけさせてもらえませんか?」


呼び捨てにしたくないのもあるけれど、彼女のことを心から尊敬しているというのも本当だ。


色々な過去を持って、ずっと一人で狭い小屋にいたっていうのはとてつもなく辛かったと思う。


辛さは比較することなんてできない。一つ一つに違った痛みや苦しさがある。


だからこそ僕は彼女の痛みを理解したいし、それを乗り越えて今、むくれた顔で不貞腐れていることをすごいと思うのだ。


「…………それはズルいですよ。そう言われたら断れないじゃないですかぁ…。」


王女様は顔を隠すようにうつむいて、小声目に呟いた。


「僕のことはレストって言ってくれても全然大丈夫なんで。」


僕は彼女を呼び捨てにすることにならなくてよかったと安心しながらそう言う。


「むぅ、なんか負けた気がしますぅ…」


体育座りした膝から顔を上げて、王女様が僕を見た。


「そんな、別に戦ってませんよ。」


頬を膨らませてすねているのが面白くて、笑いながら答える。


「………何かあだ名は有りませんか?」


王女様は何とかして僕に勝ちたいらしく、そう聞いてきた。


「あだ名かぁ……。」


思い浮かぶのは日本での『女装野郎』『エセ障害者』『ついてる女の子』とかバカにするのばかり……。


「ないですね。」


僕は無心の笑みで彼女を見上げて答える。


いやぁ、ムカシハモットスンゴイコトイワレテタンダヨ。これでもまだマシな方さ、ハハハ……。


「…………お兄ちゃん。」


僕が無心の境地に立っている間ずっと何かを考えていた王女様は、なにか思いついたような顔でそう言った。


「えっ?」


僕は瞬時に言われたことが理解できず、変な声をあげる。


「お兄ちゃんって言われたら、ドキドキしませんでした?」


いたずらっ子っぽい笑みを浮かべて王女様が僕をみた。


「いや、別に。」


普通の男の人がどうかは知らないけど、少なからず僕に妹がほしい願望はない。


ちゃんとした性格の温かい家族ってものを望んだときはあったけど、家の家系はクソみたいな奴らしかいないからね。


もしも僕に姉や兄がいたら僕を庇ってひどいことになってただろうし、妹や弟がいれば守らなければいけない人が増えて僕がさらに辛くなっていただろうから。


そこまでのリスクを背負ってまで妹を欲しいとは思わないかな。


あれ、なんだろう何故か悲しくなってきた。


「んぅ………。じゃあ、」


ずっと考えていたリリア様がこれならどうだと、口を開いた。


「あ・な・た」


人差し指で右、中央、左の順にちょんちょんと指して、そう言った王女様。

最後に付け足されたウインクと合わさって、その破壊力は計り知れないものになっている。


「ぶっ…」


僕は彼女から視線をそらし、盛大にむせた。

いや、それはやばいですって王女様。


「どうですか?」


やってやったぜと満面の笑みを浮かべながら、感想を聞いてくる。


「いや、それはやめていただきたいです。」


僕は吹き出してくる汗を拭きながら、お願いした。

毎度毎度、吹き出すことになってはたまらない。


「分かりましたよ、あなた。」


その笑みを保ったまま王女様は追い打ちをかける。


「…………真面目に、お願いします。」


僕は頭を下げて真剣に頼み込んだ。


「しょうがないですねぇ。なら、レースってどうです?」


「カーテン?」


レースと言われたらカーテンしか思い浮かばないんだけど。

薄いひらひらしたカーテンのことを確か、レースカーテンって言うような…。


「えっ?」


王女様が疑問の声を上げた。

あれ?レースカーテンじゃなかったの。


「いや、なんでもないです。レースですか?」


僕と彼女の間で解釈違いが起こったようなので、一旦その話はおいておいて、僕は確認をとった。


「はい。なんか伸ばしたらかわいくないです?」


レースとつぶやきながら微笑むリリア様。


「そうですか?」


ジェネレーションギャップか?

いや、世代はおんなじだから、育った世界の違いか。はたまた性別の違いか。


少なくとも、僕は伸ばし棒を入れてもそこまで可愛いとは思わないな。


「むぅ…。」


そんな僕の態度を見て、王女様は頬を膨らませてむくれていた。


ちなみに呼び方は話し合いの結果、無難に「レストさん」になった。


途中「殿様」とか「ユー」とか言うのまで出てきたから、無難なところに落ち着いて僕は一安心だ。


「レストさん。」


ようやくお昼ごはんのサンドウイッチを食べだしたリリア様が僕の名を呼んだ。


「どうしました?リリア様。」


僕はおすそわけしてもらったタマゴサンドを食べながら返事をする。


「好きな人とかいますか?」


僕を見つめて不自然なほどニッコリ笑った王女様が尋ねてきた。


なんだろう、真顔は怖いけどここまで笑われても、それはそれで別の恐怖がある。


「いませんね。」


僕はあまり考えずに答えた。

マッソとかフェルン君とかは友達として好きだし、もちろん王女様も好きだけど、多分彼女が聞きたい好きとは違う気がしたから。


「そうですか。」


王女様がどこか満足気に微笑む。


「なんでそんなニッコリ?」


張り付いたようなその笑顔がとてつもなく恐ろしいんだけど。


「いや、何でもありませんよ。」


オホホホと普段と違ういかにも貴族らしい笑い方で笑ったリリア様は、再びサンドウイッチを食べ始めた。


何だったんだ?


「…………あの時、レストさんが倒れたとき。私すんごい心配したんですからね。」


はむはむとサンドウイッチを頬張りながら王女様が言う。


こういうとき、どうやって返せばいいんだろう。

心配をかけてしまったから『ごめんなさい』か?


でも、別に僕は悪いことはしていない。

倒れるまで戦ったのは、それをするしか街を救う方法がなかったからだし。

それなのに謝るのはなんというか、おかしいと思う。


僕はどうすればいいか考えた末に、


「ありがとうございます。」


頭を下げながら感謝の言葉を述べた。


リリア様が心配してくれていたことに対しての感謝。

これが一番心がこもっていて、それでいて伝えたかったから。


「ベッドにも毎日のように通ったんですけど。たまたま行けなかった日に限って、レストさんは起きるし。」


彼女は頬をサンドウイッチと空気で膨らませて、不満さを表明しながらむくれる。


「そんなに心配してくれたんですね。………なんか嬉しいです。」


僕はずっと見てもらったことと、そこまで心配してくれていたことがちょっと嬉しくなった。

こんなに思ってくれる人がいるなんて、本当に幸せの限りだよ。


「はい、もうすんごい心配しました。」


王女様はニパァと穏やかかつ盛大な笑みを浮かべて、どこか誇らしげに言う。


「本当、ありがとうございます。」


僕は自分にできる最大限の感謝として、頭を深く下げてお礼を述べた。


「そう思うのなら、ご褒美くださいよ。」


ポンポンと僕の頭を叩いてねだるリリア様。


「何がほしいんです?あげられるものなら、あげますよ。」


僕は頭を上げて彼女を見つめながら尋ねる。

これで世界を救ってとかなんだかの魔剣がほしいとか言われたらちょっと考えざるを得ないけど………。


お、王女様なら、大丈夫だよね?


「はい。」


僕はとんでもないものが来ませんようにと祈っていたら、そんな短な声が聞こえた。


王女様はさっきまでと変わらぬ格好でこちらを見ている。


え?何がほしいの?


変わっているところといえば、手を大きく開いてなんか待ち構えるような姿勢になっているところだけだけど。


「はい?」


僕は彼女の言いたいことをどうしても理解できずに、オウム返しで聞き返した。


「ほら、分かりますよね?」


微笑んだまま、ほらと手をさらに大きく広げる王女様。


…………ま、まさか……。


「いや、その、それは……。」


僕はなんとなく…………いや多分完璧に彼女の要求を理解して、それは流石にできないと拒否しようとする。


それをするのは、時と場合によっては魔剣を取ってくるのとは比べ物にならないくらいの労力……主に精神的な……になるんだけど。


「分かりますよねぇ?」


怖いほど輝く笑みを浮かべて微笑み続けるリリア様。


こころなしか、眼のハイライトが消えているような………。


「…………良いんです?」


こっちとしては精神的ダメージを喰らうだけで、あとは全く拒否する理由がないのだけれど、リリア様は女の子だし王女様だし………。


僕なんかとその………そういったことをしてしまうのは……ハレンチだし………駄目なんじゃないのかな。


僕は最終確認として彼女に問いかけた。


「私がほしいって言ってるのにそれを聞きます?」


変わらぬ笑みに若干のからかいを混ぜてリリア様が首を傾げる。


「…………失礼します。」


広げられた手の奥の彼女の胸へと、僕は自分の体を運ぶ。


「はいどーぞ。」


僕は遠慮してなるべく当たらないように、密着しないようにしていたのだけれど…………王女様は気にもしていないようで、僕の背中に手を回して思いっきり抱きしめた。


「むはっ…………」


いきなり訪れた柔らかな感触と、嗅いだことのない女の子の香りに変な声が漏れる。


僕こんなの人生初めてで、本当に、もうなんと言えばいいのか分からないけれど、とにかく最高でした。







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