side Y&T 6

俺たちはあれから普通の日々を過ごしていた。


虎の沼地での事件では、僕達はなんの役にもたたずにただただこの学園まで逃げ帰ってきた。


正直言って俺は悔しかった。

まだまだこっちに来たばかりだけど、騎士団長さんの下で訓練をしていたのに、いざ本番となると足も手もビビって動かないのだから。


その気持ちは田中も鈴木くんも同じようで、鈴木くんは自主練を、田中も鍛錬をするようになっていた。


俺も時間を見つければ狙撃の練習をしている。


けれど、俺たちが圧倒的に強くなることはない。やはり元からのスキルや職業の差というのはそう簡単には埋められないのだ。


まぁ、それでいうとトップに立ってるはずの赤井くんはというと………。


「春奈ぁ!!」


「さくやぁ!!」


彼女さんとラブラブするだけの日々を送っている。


赤井くんは勇者、春奈さんは確か聖女のはずだ。

お互いに世界トップクラスのスキルを持っているのに、彼らは全くといっていいほどに訓練をしない。


先生に怒られても絶対にしない。


そのくせして、彼らは一生懸命努力している俺達より強いから、余計にたちが悪い。


「はぁ……。」


俺はもうなれてきた教室の自分の席で、外を見ながら息を吐いた。


戻りたい。

日本に戻って家族や友達に会いたいし、テレビやゲームをしたい。


「はぁ………」


その夢はいつになったら叶うのだろうかと、俺は再びため息をついた。


 ◇ ◇ ◇


「火災だぁ!!!逃げろ逃げろ!!!燃えてるぞぉ!!!」


そんな日本からしたら考えられない。けれど、こちらでの日常を送っていたある日。

突然、そんな怒号が響き渡った。


「どうしたんだろう?」


俺はカードゲームをいじっている田中に尋ねる。


「わ、わかんない。けど、何かあったんだよ…。」


田中は怖いと震えながらそう答えた。


「俺、見てくる!!」


俺はなんか悪い予感がして声のした廊下へと飛び出す。


「えちょ……」


背中越しに田中のそんな声が聞こえたけど、止まれなかった。


今度こそは、俺もどうにかして誰かを助けたい。

また指をしゃぶって見ているだけなのは嫌だ。


そう思っていたのは俺だけじゃないようで、廊下を走っていたら田中とあと数人も追いかけてきていた。


「どうしたんです!!?」


俺は外に出たところにいた先生に息荒く尋ねる。


「あれだよ。」


先生はひどく落ち着いた様子で、前方を指さした。


「あっちは普通の生徒の寮が………っ!!!!」


俺は思わず声を失った。

手前の建物に隠れて直接炎は見えない。

けれど、確かにそこから黒煙が立ち上っていた。


「先生!!どうするんですか!!?」


こっちに消防があるのかとか色々考えたけれど、とにかく消さないとという結論になって、俺は何もせず棒立ちしたままの先生に詰め寄った。


「わからない。」


ただ呆然と立ち尽くして、寮の方を見ながら先生が呟く。


「はぁっ!!?燃えているんですよ!!?中には生徒もいます!!!」


俺はあまりにも無責任な先生に、更に詰め寄って叫んだ。


「それだけじゃないんだ。君らにはわからないかもしれないけれど、あんなのはどうでもいいんだ。」


先生はまだ冷静に、燃えゆく寮を見つめながら無機質に単調な声で言う。


「どういうことですか!!?生徒の命なんてどうでもいいとおっしゃるのですか!!?」


俺は先生の言ってることが信じられなくて、彼の肩を掴んで殴り掛かりそうになるのを堪えながら大声で叱責した。


「違うんだ…………そうじゃない。」


先生はうつむいて、手を強く握りしめながらつぶやく。


「だったらなぜ!!!!!!!!」


「生徒たちは大切だ!!!!けど、寮が一つ燃えるのなんてちっぽけに見えるような、もっと大きい天災が来るんだ…………もう…すぐに……。」


先生は声を荒げ、俺の肩を掴み返して俺よりも断然に大きな声で叫んだ。


その声は決して無責任なものなんかじゃなくて、自分にはどうしようもできない無力さを痛感する痛々しいものだった。


「どうすればいいんだ!!?私にもわからない!!こんな魔力ありえないんだ!!!超巨大モンスターなんか比じゃない!!!こんなの観測史上ドラゴンでしかありえない!!!」


ヒステリックでいて自分を責めたてるように先生が叫ぶ。


「ど、ドラゴン!?」


その生態系の頂点たる生物の名が出てきたのを理解できず、聞き返した。


ここが日本だったのなら、強いやつとかかっこいいとか、新しいゲームのキャラ程度にしか思わなかったであろうその名が、この優しくないファンタジー世界ではとてつもなく重く、怖いものに聞こえた。


「そうだ!世界の覇者だ!!!そんなのが来たらこの街は終わりだ!!あれは普通の人が相手にできるもんじゃない!!それこそ勇者とか、聖女とかの英雄!!!あとは、魔王とか……………大賢者様にしか対処できない!!!僕らがどうやっても勝てる相手じゃないんだ!!?なぁ!どうすればいいんだ!!?教えてくれよぉ!!?」


自分の非力さを痛感して、右手を握りしめる。

もしも…………俺が勇者だったら、ドラゴンと渡り合えたかもしれない。


けど、俺はただの『狙撃手スナイパー』で、スキルも『遠視えんし』だけの雑魚だ。


「先生…………。」


彼の言いたいことが痛いほど分かった俺は、握ったままの拳で、先生の肩に手を当てた。


田中たちも俺らの怒号で話の趣旨を理解したらしく、呆然と黒煙を見つめながら立ち尽くしていた。


辺りを悲痛な空気が満たしている中、


「ヤバいってやばい!!速く来いよ!!!」


そんな脳天気な声が響いた。


俺は振り返る。

すると、そこにはやはり…………。


「赤井ィ………」


クズ勇者が立っていた。

寮の出口で、誰かへ手を振りながら彼は笑っている。


「どったのそんな焦って?ってうわぁ!!すっげ!ヤバァ!!燃えてんじゃんウケるぅ!!」


赤井を追いかけて出てきたギャルーーーー聖女が、驚きも悲しみもせずただただ脳天気に、まるで見世物を見るように言う。


ふざけるなよ…………あの火事でどれだけの人が苦しんでると思ってんだ……。


「だろだろ!?あんなか人がいんだぜ!!やばくね!?」


赤井くんはうわーと言いながら、燃えている寮の方を見つめて叫ぶ。


ーーなんで…………なんでお前は……勇者はそんなんなんだよ…。


「マジヤバイよ!!さくや消しに行けば?」


彼の肩に寄りかかって春奈が、作り上げた高めの猫撫で声で言う。


ーーー聖女なのに………色んな人を癒やす役目なのに………。


「ヤダよ、俺暑いの苦手だもん!」


そう笑って春奈のことを小突いた赤井が憎くて悪くて、何もできない自分が嫌で嫌で、俺は血がにじみ始めた手のひらに更に爪を立てた。


「そういう問題じゃなくね?ハハハハハ!マジウける!」


「クッソ……!」


楽しそうに笑う赤井くんを見て、俺は思わずそう漏らした。

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