第91話 心の整理
「僕は何が言いたかったんだろう。」
街の大通りを歩きながら、一人つぶやく。
キュオスティは少し前に山へと戻っていった。
街一番の通りなだけあって、夜中でも人は沢山いて、両脇にはぬくもりに満ちたお店の光が灯っている。
僕は道の真ん中で見上げた、その幻想的な景色に目を奪われた。
一軒一軒は大した店ではない。
どちらかといえばボロっちい木造の家達だ。
一つ一つの灯りはとても小さい。
短なろうそくの最後の灯火だ。
一人一人はバラバラだ。
酔っ払っていたり、必死に店にお客さんを呼んでいたり。
そんな小さな軌跡たちが集まって、この素晴らしい景色を作っている。
この道の真ん中で突っ立っている僕だって、他の人から見たらこの風景の一部なのだ。
「これか………。」
僕はその光景を見て、自分が言いたかったことがようやく理解できたような気がした。
全部は、一つ一つは小さなことなんだ。
人間に合わせて小さくなる、ドラゴンに合わせて大きくなる。
そんなの気にならない些細なことかもしれない。
けれど、その小さな譲り合いの比重が、どちらかに偏ってしまったら。
最初は別にどうってことないかもしれない。
けど、それを何年も、何十年も続けていたら不意にキュオスティは思うだろう。
『なんで、俺が相手の事情に合わせてるんだ?』って。
もし、僕が彼の方に合わせたのならば、その時も思うだろう。
『なんで、わざわざ大きくなってまで一緒にいるんだろう』って。
この話はとても難しいんだ。
人によって感覚も、バランスも全く違うから。
友達とか、家族とかそういうものはとても難しい関係なんだ、どこまでがそれなのかとか色々定義が曖昧だから。
だからこそ、人は迷うし、お互いの認識が噛み合ってその関係になれたときに、とても嬉しくなる。
僕は今回、キュオスティに小さくなってほしくなかったけど、他の人からしたら小さくなった方がいいかもしれない。
彼に譲歩してもらって共に生きて、その分は他のところで返せばいいと思う人だっているはずだ。
生き物にはそれぞれの考え方、それぞれの信念があるからさ、その関係ってとても難しいんだよ。
だから僕は、馴染めなかったし、いじめられちゃったんだと思う。
多分どこかの歯車が一つでも違ってたら、僕はいじめられていなかった。
………………でもそのときは、代わりに他の誰かが………。
「ほんと、生きるって大変だ……。」
悪い考えを断ち切ろうと、僕は顔を上げ、その街並みを眺めた。
世界はこの景色と同じように、小さなものの集合体でできている。
一番小さな原子が集まってモノを作り、モノが集まって景色を作る。景色が集まったら感動になり、感動が集まって世界になる。
他にも色々なこと、全てのことでこれが言える。
人が集まって群れになり、群れが集まって群衆になり、群衆が集まって街になり、街が集まって国になる。そして、国が集まって世界になる。
一つ一つ、一人一人はとても小さい。
けれども、決して無視してはいけないんだ。
なぜなら、その小さな一つが集まって、すべてを作っているから。
心だって、ほんの少しの『嫌』が集まって、『嫌い』になったり、ほんの少しの『良い』が集まって、『好き』になったりする。
だからこそ、キュオスティに小さくなってもらうのはやめてほしかったんだ。
いつか彼が、それを『不平等』だと思ってしまう時が、必ず来ると思うから。
移りゆく夜の街で、僕は小さく微笑んだ。
「スロ、フローラ、ニル、魔王………。」
キュオスティにはあんなこと言ったけど、彼らにはそれをさせてしまってるんじゃないだろうか?
ふと浮かんだ考えを、僕は考え始める。
ずっと道のど真ん中にいたら、それこそ迷惑なので僕は街の真ん中の噴水に移動した。
思えば、この街に始めに来たときは、どこで寝ようか迷ってたっけな。
スリが多そうでやめたこの場所も、今見ればそんなことはないのかもしれないな。
確かにボロボロの服を着た子供も、お年寄りたちも居ることには居るけど、彼らがみんな悪い人とは限らない。
なんだろう、この街に…………この世界に来てだいぶ考えが変わった気がする。
「…優しく………」
なれているのだろうか?そうならば、良いな。
閑話休題。
考えを元に戻そう。
スロとフローラ、ニルと魔王のこと。
フローラとニルのことは色々なことを考えていたときに、少しだけ考えた。
ニルはそのままの大きさだけど、フローラには少しだけ小さくなってもらっている。
彼女も元々は結構な大きさあるからね。
キュオスティはダメで、フローラは良いのかと思うかもしれないけど、これには僕なりの考えがある。
キュオスティと僕は『友達』……………。
なんだろうここで詰まってしまうから僕はダメな気がする。まぁ、ここは一度、『友達』と言う関係だとしよう。
……彼がどう思っているとはいえ、僕はそう思っているんだ。
まぁ、命を賭けて戦いあった仲だし、それよりももっと深いかもしれない。
まぁとにかく、キュオスティと僕は対等な関係なわけだよ。
この場合、やはり少しでも相手に無理をさせたりしてはいけないと思う。
短期的に、何かをおごってあげるとか、何かを貸してあげるとか、自分がやりたくてやったことならまだしも、強制されたり長期的なものだったりはね。
でも、僕とフローラの場合はどうだろうか?
僕は彼女と対等であれたら良いなと思っているけど、書面上では契約的には違う。
僕がダンジョンでニルを助ける条件として、フローラは『我の全て』と言った。つまり、ニルを助けた今、フローラの全ての権利は僕にあるわけだ。
別にそれでどうこうしようとかは思わないし、それをしてしまったら最低だと思うけど、契約は契約。
つまり、僕のほうが彼女より上なのだ。
だからって無茶ブリとかが許されるわけでは決してない。
けれど、小さくなってもらうという平等なときには躊躇するようなこともして貰える。
勿論、僕はフローラ自身が小さくなりたくないと言ったのならば、強制するつもりはない。
フローラの場合本人が小さくなりたくないと、本来の自分の姿を変えてでも着いてきたいと言ったから、小さくなってもらっている。
ここに対等関係も上下関係も何もないのだけど、僕は、対等じゃないからそういった長期的な偏りを許す事ができるのだ。
ただの理屈とか、理由付けとか言われるかもしれない。僕自身、こんな考えでいいのかと思ったりもした。
けれど、自分が持った信念は、簡単には曲げたくない。
「ふぅ………。」
考えていくうちに頭が熱を発してきた。
僕は自分の手を額に当てて熱を取りながら、空を見上げる。
雲一つない…………ことはない、結構な数浮かんでいる。
けど、雲一つないほうが不自然だし、月と雲と星と街。
それらが良い感じに譲り合って、距離を保ち合って創られる景色のほうが、余程………
「キレイだ。」
これまでたくさんのことがあった。
悲しい過去も、苦しいことも、死にたくなるようなことだって何度もあった。
この世界に来てもそれは変わらなかった。
辛いときだってあった、死と隣合わせに何度もなった。
けれどそのすべてを乗り越えて、飲み込んで今僕は、
「生きている」
あの時足元の椅子を蹴っていたら、あの時屋上から飛び出していたら、あの時線路へ向かう足がすくまなかったら、あの時刃物を持つ手が震えなかったら、あの時水から顔をあげるのが少しでも遅かったら、この時は訪れなかった。
日本の出来事はほぼ全てがセピア色だけど、ほんの僅かに色づいているものもあった。
両親との生活、おばあちゃんとの暮らし。
助けられないと泣いてくれたクラスメイトも数人いた。
ごめんねと謝ってくれた先生もいた。
一人の僕に声を掛けてくれた名も知らぬお兄さんもいた。
泣きつかれていたらコーヒーをくれたおばさんもいた。
ブランコを漕いでいたらお花をくれたお嬢さんもいた。
犬に噛まれそうになったとき助けてくれた猫達もいた。
そして、僕を必死に連れ出そうとした……………彼女もいた。
この世界に来たらその数は逆転して、もう思い出すのも大変なくらいに色んな人が、僕を助けてくれて、手を引いて、背中を押してくれた。
これまでの事だってとても大切だけど、それよりも断然にこれからのことの方が大切だ。
そして、
そんなかけがえのない砂粒を、出来ることなら零すこと無く、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます