第88話 意外な再会

「そこのぼっちゃん、このナムの実どうだい!?」


「えっ?」


大きな通りの人波に飲まれていると、呼び止められた。


声をかけられた方を見ると、陽気そうなおばさんが手招いている。


「ほらほら、試食ならタダだから食べていきな!」


そう半ば強引に渡されたのは、爪楊枝のような細い木の棒に刺さった、真っ赤な果実の一切れだった。


「あ、ありがとうございます。」


ナムの実という名前の見た目はトマト、弾力とかはミカンの謎フルーツ。


なまじ見た目が真っ赤だし、初対面なので躊躇してしまうが、勇気を出してパクっと食べる。


「どうだい?」


ニイッと口角を上げながら尋ねられて、


「あ、甘酸っぱくて美味しいです。ごちそうさまです。」


僕は素直にそう答えた。

ただ甘いだけじゃなくて、酸っぱさや苦味といった雑味があることで、深みというか繊細さが出ていてとても美味しかった。


「いやいいんだよ!それより、そんな若いんだから難しい顔なんかしないで空でも見上げて笑いなよ!!」


笑いながらバシバシと背中を叩かれる。


「そ、空ですか?」


言われた通りに見上げれば、青色の空がちょうど茜に侵食されているところで、とてもキレイだった。


流れていく小さな雲達が、空との対比で映えている。


そんな普通の空だった…………その大部分は。


夕に傾いていく空の下で、普通じゃない。そこにいてはいけないはずの有り得ないものが見えていた。


「どうだい、スゴイだろ?」


「す、スゴイというか、大丈夫なんですか?」


どこか自慢するように、空を見上げてそれを指差すおばさんに質問をする。


それがもう危ないものではないと、僕は知っている…………誰よりも知っている。


だから怖くはないのだけど、街の人達が気にもしていないのが不思議だ。


「一週間前に現れたときは皆大騒ぎで、騎士団もずっと警戒したたけど2日3日しても何もしてこないからさ。私達も慣れてくるし、騎士団も一応警戒してるけど、数人だし。なにより、なんかカッコいいじゃん?」


手でその形を表現しながら、おばさんが笑う。


「そういう問題ですか!?」


慣れるのも分かるし、攻撃してこないのにずっと大人数で警戒してるのもどうかと思うけど、だからといってそんな簡単に割り切れるのか。


「おうよ!!そうやったほうが人生楽しいだろ?ガハハハハハハ!!!!」


口を大きく開いて豪快に笑いながらも、おばさんは店の作業を止めていなかった。


…………流石だ。


「まぁ、まだまだおこちゃまには分からないかもね!」


よいしょと重そうに、小さめのスイカ程の大きさの黄色の果実が一杯に詰まった木箱を持ち上げるおばさん。


「これなんですか?」


僕はその実の見た目に興味が湧いて、質問する。

なにげに、僕の主食謎の木の実のままだからなんとなく親近感というか親しいものを感じるのだ。


「さっき、ぼっちゃんが食べてたナムの実だよ!」


おばさんはそう言いながら、棚に置いた箱から一つずつナムのみを取り出して、棚の中に詰めていく。


表から見たら、精肉店のように並んでいる。

まぁ、ガラスはなくてむき出しだし、全部木で出来てるけど。


「これ、売ってるんですか?」


ナムの実の味を気に入った僕は、買えるなら買ってみようかと声をかける。


「おうよ!何、買ってくれるの!?」


商売人の顔になって、僕を見るおばさん。


「はい。じゃあ2つください。」


病院からちゃんとお金も元着ていた学園の制服も返してもらっているから、木の実二つぐらいなら買えるのだ。


制服のほうは、なんか色変わって装飾ついていたし、ドラゴンの攻撃と炎でボロボロで着れるものじゃなかったけど記念に取っている。


学園に通うの…………。いや、通う新しく制服は買い直さないといけないな。


「まいど!!!二つで900ヤヨのところ、ぼっちゃんだからおまけして800ヤヨにしとくよ!!」


「ありがとうございます。これで。」


明るく笑いかけてくれるおばさんに、微笑み返してポケットからお金を出した。


「はい、ちょうどね。じゃあ、元気にがんばれや!!」


そう言いながら、紙で包んだナムの実を渡される。


「はい!!」


僕は大きく返事をしながら、そのおばさんのお店を後にした。


ナムの実を小脇に抱えながら街道を進み、街の外れまで行く。

そこは中心部からかなり離れていて、周りに来も生い茂っていて、人目がない場所だった。


「……行くか。」


僕はそうつぶやき、周りから見えなくなる魔法と、空飛ぶ魔法を発動する。

勿論ナムの実は収納した。もったままだと危ないからね。


ゆっくりと体が浮いていき、地面が離れていく。


「………キレイ…。」


今は夕暮れ。

木でできた建物たちが陽の光で赤く染まり、とても映えていた。


見惚れていたら、気づけば上空まで来ていた。


「…………。」


僕のことを待っていたそれが、周りから見えなくなっているはずの僕の方を見て、頭を垂らす。


「…っ…」


僕は改めてそれに向き合うと、何を言えばいいのか分からず固まってしまった。


「ガァァァァア!」


そんな僕の様子を見かねてか、樹竜ウッドドラゴンが大きく、凛々しく吼えてくれた。


「ありがとう…。」


僕は目線を合わせたまま樹竜ウッドドラゴンに近づき、不器用ながらもその頭を撫でた。


「その…………もう大丈夫?」


「ガゥゥゥウウウ!!」


樹竜ウッドドラゴンが安心させるように、優しく吼える。


「そう………か。良かった。」


戦いの最中ずっと藻掻き苦しんでいた彼は、その呪いから開放されることが出来たののだ。


「ガァァウウ!!」


「よしよし。」


撫でられて気持ちいのかわからないけど、嫌がってはなさそうなので頭を撫で続ける。


日本のライトノベルでは、大体ドラゴンは美少女化したり幼女化したりして、普通に言葉を話せていたが、こいつは違うみたいだ。


一応会話はできるしこちらの言葉はわかっているみたいだが、応答は出来ず話しかけても返ってくるのは咆哮のみ。


「ガァァァァアウ?」


僕が黙っているのを見て、首をかしげる樹竜ウッドドラゴン


こんなふうに考えることもできている。

咆哮にも声の高さとかイントネーションが有って、完全には無理だがある程度の意思疎通はできるし、感情は読み取れる。


「案外、人と変わんないよな。」


「ガァァァアア!!」


僕のつぶやきに、樹竜ウッドドラゴンはそうだそうだと言わんばかりに、首を縦に振って吼えた。


「…………。」


空に居るからか、いつもよりも良く風の音が聞こえる。

彼の頭を撫でている間、僕らの間に会話はなかった。


樹竜ウッドドラゴンから僕になにか問いかけることは難しいし、僕もこれと言って話すことが浮かばなかった。


此処まで来たのはとある事を聞きたかったのだが、まだその時ではないように感じる。


人と話すときに沈黙は辛いと言うが、それはドラゴン相手でも同じようだ。

なにか話すことは…………。


「君さ、名前ある?」


考えた末、樹竜ウッドドラゴンについて知ることにした。

やっぱ、対人関係の基本は相手のことを知ることでしょ。…………まぁ、相手はドラゴンなんですけど。


「ギャアアア?」


なにそれ美味しいのと、首をかしげる樹竜ウッドドラゴン


「そうよね。ないよね…………。」


魔王いわくまだ子供だと言うし、人との交流もなかったのだろう。

そもそも動物に名前って制度あるのかな?

ファンタジーでは人と出会って名前を貰っているけど…………。


「名前ほしい?」


ずっと樹竜ウッドドラゴンと呼び続けるのもなんだし、聞いてみた。


「グァァアアアアア!!!」


すると、樹竜ウッドドラゴンは一際大きく吼える。


…………欲しいのか。


僕、ネームセンスないからそう言うの苦手なんだけど……。


「ギャアアア!!」


やめて!そんな期待するような目で見ないで!!


「うーーーん……。」


スロさんとシモさんは実在した人物を元にしてるよな。


じゃあ、樹竜ウッドドラゴンもそれで行くか?


「…………キュオスティ。キュオスティでどうかな?」


僕は恐る恐る顔を上げる。


「グギャァアアアアアアアアア!!!」


樹竜ウッドドラゴン………キュオスティは満足げに咆哮してくれた。


「良かったぁ。」


僕は嬉しくなって彼の頭を撫でた。


今までは狙撃手の名前だったけど、今度は大統領だ。


キュオスティ・カッリオさん。フィンランドの大統領で、ソ連との冬戦争を戦った人。


適当に浮かんだかっこいい名前の人を言ったのもあるし、シモさんもたしかフィンランド人だった気がする。


「ギャァアアアアオオオオオ!!!」


気に入ってもらえたようで何よりだ。

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