第87話 新しい一歩

「おいっす。どうです、体調は?」


ぼーっと未だ引かない余韻に浸りながら天井の模様を頭の中でなぞっていると、声をかけられた。


「普通…………です。」


ナームさんは悪くないのだが、そっけなく返してしまう。

どうしても、今は人と話す気分になれないのだ。


「そ。念の為検査させてくださいね。」


彼もプロだから、そういうのにも慣れているみたいでさほど気にしていない様子だ。


僕はのそりと起き上がり、着させられていた簡素な生成色の服を捲ってお腹を出す


「あぁ、捲くら無くても大丈夫ですよ。服の上からでもできますから。」


そういうと、ナームさんは失礼しますと呟いて、僕のお腹に直接耳を当てる。


聴診器とかはないのかな。

まだ、発明されてないとか?


「そんな嫌そうな顔しないで。一応魔法で中の様子見てるから、必要なんですって。」


僕の思案顔を嫌がっていると勘違いしたナームさんがごめんねと謝ってくる。


「いや、大丈夫ですよ。必要なことですもんね。」


別に怒るほどのことでもないし、お腹ぐらいなら触られてもいい。


「そうそう必要必要…」


「ひゃぁっ!!!」


必要と連呼しながらナームさんが腕を胸の方まで上げてきた。しかも、わざわざ服の下に手を入れて。


僕はびっくりしたのとくすぐったいのとで、咄嗟に頭を叩いてしまう。


「ごめんて!!でも、叩かなくてもいいじゃないですか?男同士でしょう?」


半ば開き直り、方をすくめてこちらを見てくるナームさん。


いや、そういう問題じゃなくて。


今日あったばかりの中年男性に中腹部を触られるのは誰だって嫌だろうし、まず普通ならそんなことしないはず。


「……………………。」


目線だけで非難を表現していると、


「やめて、そんな蔑むような目で見ないで!!謝るから、ごめんねだから!」


そう言って、ナームさんが90°を超える角度で謝りだしたので、僕はもういいからと止める。


「ちゃんとしますから。もう一回だけチャンス頂戴?ね?」


「分かりました。しっかりお願いしますよ。」


人差し指を立てて懇願された。

僕も自分の体調は知っておきたいし、絶交するほどに起こっているわけでもないので、許可しておなかを隠していた腕をどかす。


「勿論ですとも!!」


ナームさんは大きく返事をして、さっきと同じようにお腹へと耳を当てた。


「ふむふむ……なるほど………。オッケオッケ…………じゃあ、検査テストっと。」


彼が小さく呟くと、お腹のあたりが淡く桃色に光る。


至近距離の魔法ということで少し身構えてしまったが、別に攻撃されることもなくただ光っているだけだった。


「…………はいオッケ。うん、大丈夫そうですね。一応魔法でも見てみたけど異常なし!元々魔力が切れてただけですし、お体は健康そのもの!」


ぐっと親指を立ててナームさんがキメ顔をする。


「有難う御座います。」


僕はシワがついた衣服を整えながら頭を下げてお礼をした。


「いやいやどうも。で、この後どうする?ご飯だけ胃に優しいものにしてもらえれば、他に言うことはないし、ここにいる必要もないんだけど。」


「じゃあ、家に戻ります。」


わざわざ病院にいる必要もないし、ここにいても迷惑をかけてしまうだけなのでお暇させて頂こう。


でも、寮は燃えちゃったし、帰るところがないかな……………。うん、図書館に行けばいいか。


僕は最近訪れていない、本棚の間の定位置とかした椅子に思いを馳せる。


「そう。じゃあ、またなんか怪我でもしたら来てよ。まぁ、ここは臨時用だから居ないかもだけど。」


よいしょと言いながらナームさんが立ち上がった。


「あの………」


立ち去ろうとする、ナームさんを引き止める。

僕には、彼が戻ってしまう前にどうしても話したいことがあるのだ。


「なんだい?」


と、不思議そうに首を傾げるナームさんに、


「シアさんのことで。」


僕は勇気を出して言う。


「彼女がどうかしたかい?もしかして惚れちゃた。」


ニヤニヤしながらすり寄って来るが、生憎僕はそんなすぐに惚れたりするほど軽い男ではない。


どちらかというと重め。というか、かなり重めだ。


女性は苦手だし他人のことを好きになりにくいが、一度好きになっちゃえば多分一生離れられないタイプだと思う。


「いや、違います。その彼女のーーーー教えてもらえませんか?」


僕は不安を抱きつつ、未だににやけ顔のナームさんに尋ねる。


「えっ!?なんでそんなもの?何々怖いんだけど。」


肩を抱いて、大げさに離れていくナームさん。

…………ネタなのはわかるけど、少し傷ついた。


それよりも、シアさんのことだ。

流石に個人情報も個人情報だから、教えてもらえないかな…………。


「いや、それはその……」


僕は事情を細かく言うべきか悩む。


「えっ?なになに?真面目に惚れたの!?」


そう、おちゃらけるナームさんだが、目を合わせればその目は真剣そのものだ。


…………数秒間目を合わせたら、決心がついた。

僕は、ナームさんを頑張って



………


……




「…………ということで。」


すべてを話すことは、王女様にもしていないのでしなかった…………というか、王女様には名前すら言っていないんだけど………。


とにかく、シアさんに関わるところだけを掻い摘んでナームさんへ伝えた。


「なるほどねぇ。君もなかなかにめんどくさいね。」


話を聞くため再び座った椅子で、顎を触りながら笑う。


「よく言われますよ。」


魔王さんとかフローラさんとかにね。


「ハハハハ、そうかいそうかい。まぁ、別に教えるのはいいよ。それ単体で何かできるわけでもないし。」


大声で笑いながらも、彼は真面目に考えてくれている。


「本当ですか!!?」


僕はおもわず体を飛び起こして、ナームさんの肩を掴んでしまった。


「うん。ただし、条件が一つある。」


人差し指をピンと立てて、僕に突き出すナームさん。


「じょ、条件ですか?」


そう言われて浮かぶのは、変な使い方しないとか、他人に教えないとかそんな社会常識だけだ。


確かに僕は社交性があるとは言い難いが、そういった常識くらいなら流石にわかる。


「もしもそれが、すべてのことが君だと彼女が気づいたのなら、正直に話してあげなさい。」


そう言うナームさんはすでに立ち上がり、ベッドから離れていた。


「真実も、君の思いも…………ね。」


聞こえるか聞こえないか位の声量で、言い残した彼は白衣をたなびかせて去っていく。


「分かってますよ…………。彼女シアさんにも、彼女王女様にも皆にも、いつかは言わないといけないんですよね…………。」


遠いようで案外近くにあるのかもしれないそのいつかに思いを馳せながら、僕はベッドから抜け出した。


 ◇ ◇ ◇


「うん…………眩しい。」


窓越しではなく直接見る太陽はとても眩しかった。


というか、あの天体は太陽なのかな。

当たり前のように、この世界のこの星にも太陽があって月があって、一年も一週間も一日もほぼ同じだけど、それは本来ありえないことだろう。


同じ恒星というだけでこの星は太陽ではないのか、それとも紛れもない太陽で元の現代日本のパラレルワールドなのか。


今まで当たり前に受け入れてきたこの異世界のこと。難しくてどこか面倒くさくて、ずっと考えてこなかった『異世界』という存在。


まずなぜ僕らがこの世界に来たのか、この世界は幻なのか。それとも、元いた世界が長い長いプロローグのような夢だったのか。


いや、夢にしては辛すぎるだろ。

もしも夢だったり想像だったりしたのならば、もう少し僕に優しい世界にしてほしかった。


そんなどうしようもないことを考えながら、街を進んでいく。


行き先は特に決めていない。最終目的地は学園と決まってはいるが、今は直接行くような気分ではない。


なんとなく、この世界を街をふらっと歩き進んで堪能したかった。


「魚、安いよ!!」

「そこのお姉さん、これとかどうよ!!?」

「なんと今ならこれもつけて500ヤヨ!!!」


あの謎の火災や樹竜ウッドドラゴンといった大事件からまだ一週間しか経っていないのに、街は元の装いを完全に取り戻している。


逆に、災いを乗り越えたことによって皆に団結力や生命力が生まれて、より全体が忙しく明るくなっている気すらしてくる。


僕はその街の真ん中で手を開き、大きく息を吸った。


「僕は…………」


僕は、この世界で


「誰かに、誰かを………誰か生きていきたい。」


新たな人生を歩んでいくのだ。

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