第85話 知らない天井と、片腕のない少女

Side レスト


◇ ◇ ◇









パチリ


僕は突然目が覚めた。微睡みをすっ飛ばして訪れた完璧な覚醒に若干の戸惑いを抱きつつ、体を起こす。


周りを見渡して思うことは、真っ白と言うことだ。


僕が眠っていたベッドも、シーツも、枕も全て白く、建物の床も天井も壁も何もかも白い。


ここは何処だろうか。


そんな問が浮かんでくる。

僕は死んだのだろうか。記憶樹竜ウッドドラゴンを褒めたところで完全に途切れている。


もしかして死んだのだろうか。


次なる問を思い浮かべたとき、僕の意識は幻想から現実へと引っ張り出される。


「お目覚めですか。」


ややくぐもった声が僕の耳へと届けられたのだ。


「は、はい……。」


とんでもない美女…………ではなく、薄汚れた白衣が似合う少し太り気味の中年男性へ返事をする。


「私、この臨時診療所を任されております、ナームと申します。お体は大丈夫ですか?見たところ外傷はなかったのでこれといった治療も出来なかったんですが。」


ナームと名乗った男が、ベッドで上体を起こしている僕の顔を覗き込んで言う。


その距離はかなり近く、正直言ってキツい。


寝起きで中年男性のテカった顔ドアップは、少しくるものがある。


「大丈夫……です。魔力も戻ってますし。」


「それは良かった。何せ運ばれきてから初めて目を覚まされたので、私もヒヤヒヤしてましてね。」


ハハハと笑いながら、ナームさんは汗を拭いた。

ちょっと待て、僕はそんな心配されるほど長く眠っていたのか?


「僕、どのくらいここに?」


「えーっと、ちょっと待ってくださいね…………」


ナームさんは濃い緑色のズボンからこれまた、緑色の手帳を取り出してめくり始めた。


僕はそれを待っている間、手をグーパーと閉じたり開いたりして体の様子を確かめる。


これといった痛みも痒みもないけど、念の為。


「えっと、これは違うな………。これか?いや違う、この日はお隣のサキちゃんの誕生日で………。」


うん、特に異常はないな。関節も動くし、顔だっていつも通りだ。


僕は自分の頬を触りながら小さく欠伸をした。


「あぁ、ありましたありました!!名前が……魔王?…魔王様ですか?」


手帳を横にずらして、ナームさんがこちらをじっとりとした目で見る。


ヤバいな、これは完全に疑われている。

それもそうだよな、日本ならまだしも実際に魔王がいるこの世界でそんな名前を付けるやつはいないだろうし。冗談にしては、笑えない。


「……もしかして、僕を運んできたのって銀色の髪の少女ですか?」


可能性としたらリリア王女が高いし、何より僕のことを魔王と呼ぶのは彼女ぐらいだ。


「魔王さんお腹すいたでしょう?」


「えぇまあ。」


質問には答えてもらえず、何故かご飯の話になったがまぁいい。

意識しなくても、お腹は空腹を強めに主張してくるし。


「オッケーです。魔王さん確認したらちょうど一週間眠ってたらしいから、いきなり固形物はダメですので、お粥取ってきますよ。そのついでに魔王さんを運んできた人も確認してきますよ。」


「あっ、ありがとうございます。」


なるほど、そういう話の流れね。

ナームさんの言いたいことを理解した僕は、頭を下げてお礼をする。


「いえいえ」


彼はヒラヒラと手を頭上で振って去っていく。

その姿は少しだけ、


「かっこいい……」


憧れた。







ナームさんが居なくなってやることがなくなってしまったため、僕は手を伸ばして小さく光の魔法を使った。


「ちゃんと光るな。」


魔力があるのは確かめたけど、やはりちゃんと目で見て実感するのとでは、安心感が桁違いだ。


「今はこれが当たり前だけど、前まではこんなの夢物語だったんだよな…。」


こうして確認すると、自分がどれだけ非日常なことをしているのかが分かる。


「ほんと、何してるんだろ。」


僕の目標は平和に普通の人生を送っていくことのはずだ。


なのに、気がつけば魔王になってるし、王女様と知り合いだし、虎の悪魔についで樹竜ウッドドラゴンとの戦い。

忙しく、平和からは遠い日々だ。


出来ることならば、今後はちゃんと平和に学園生活を全うしたいな。


ぼくはそう思いながら、ベッドへと体を委ねた。




 ◇ ◇ ◇




「おーいおーい、魔王さん。起きてくださーい。」


ポコポコと控えめに布団が叩かれる。


「うっ……んん………。は、ふぁい……なんでしゅか?」


片目をこすりながら間の抜けた返事をした。


「いや、流石に一週間ぶりに起きたのに、寝られたら困りますって。それと、お粥出来ましたし。」


と、小太りの中年男性………ナームさんが陶器に入った少し濁った液体を見せてくる。


「これが、お粥でふか?」


まだ回りきらない呂律で質問する。


「はいそうですよ。最初はほぼ水のお粥。そこから、どんどんお米の割合を上げていって、最終的にはパンとか肉とかも食べれるようになります。ほら、早く起きないと私がフーフーしてアーンしますよ。」


僕はまだ眠かったが、せっかくの食事が犠牲になるのは嫌なので、体を起こした。


「…………私は少し傷つきました。はいどうぞ。」


ナームさんが頬を膨らませながら、スプーンを渡してくれる。


「ふみません。……………ふーふー……はふっ…。おいひいですね。」


僕は謝りながらも、お粥と言う名の液体を食べる。

味は見た目通り少しお米の甘さが感じられるだけの水。しかも塩味は無に近いし、お米もあまり良いものでは無い。


「……はふはふ…。…ふーふー……はふっ……。」


でも、一週間ぶりだからだろうかとても美味しく感じられる。

空腹は最高の調味料と言う通りである。


「そうですか、それは良かった。それ私のお手制なんですよ。」


ニコッとナームさんが笑う。

別に、おじさんの微笑みを見ても何も思うことはない。


「お料理上手なんですね。…はふっ……。」


うん、やはり味は薄いが美味しい。


「そこそこですよ。これでも結婚してましてね?妻からはもう少し味を濃くしろなんて言われますけど、概ね好評でして。特に卵と小ぶりの豆と小麦粉を混ぜた私が開発した………………」


饒舌に語りだしたナームさんだったが、すぐに止められた。


「先生!!こっちの患者が急変して!!」


「はーい!!分かりましたすぐ行きます!!!あと患者じゃなくて患者ね!!!!」


どうやら、僕以外にも病人がいるみたいだ。

まぁ、僕は食べ物以外は至って正常なんだけどね。


「ごめんなさいね魔王さん私呼ばれちゃって。魔王さんにはこのあと検査とかあるんで代わりの人呼んでおきますね。あっそうだ、あなたを運んできたのはやっぱり銀髪の美しいお嬢さんでしたって。なんですか、彼女さんですか?羨ましいですね。まぁ、私には妻がいるんですけどね、ガハハハ」


じゃあじゃあと手を振りながらナームさんは出ていった。


その後ろ姿はやはり、少しだけかっこよかったのである。









「ふーふー………はふはふ……。おいひい。」


このお粥味が薄くてみずみずしい代わりに、量だけは多い。

結構な時間食べているがまだ半分以上残っている。


カーカーとカラスがなく音が響く中で僕はお粥を食べ続ける。


「こんにちは!」


僕が一人お粥を片手に黄昏れていると、元気な声が聞こえた。


「こ、こんにちは…。」


顔を上げると、美しい青髪の少女が微笑んでいる。


「ナームさんの代わりに来ました、シアと申します。本業のお医者さんのナームさんとは比べ物になりませんが、お手伝いさせて頂ければと!」


その少女は特筆して言うこともない普通の子であった。


肩ほどの青髪に、薄い水色の瞳。顔も整ってはいるが王女様のようにひと目見ただけで、目を離せなくなってしまうような魅力はない。


身長も160ちょっとと普通で、スタイルも一般的。


日本であればその髪色で目立つだろうが、この異世界はピンクも緑もなんでもありなカラフル世界だ。


町中で見かければ彼女の存在は数十秒もしないうちに忘れてしまうだろう。


ただ、一つ。一つだけ、彼女が普通の人と違っていたのは、ということだ。


「まずはそのお粥、私が食べさせますよ!長く眠っていたら食べるのでも一苦労ですもんねー。」


はいはいと急かすように言われて、僕は素直に彼女にスプーンとお粥の入った陶器を渡す。


「うーん、冷めちゃってますね。少しだけ温めますか。温まれ、ワーム!!」


彼女は器用に片手だけで火の魔法を発動させた。

すると、みるみるうちに冷めていたはずのお粥から美味しそうな水蒸気の煙が立ち上ってくる。


「これでよしっと!ふーふー……。じゃあ行きますよ。はいお口開けて、あーーん。」


優しく差し出されたスプーンをはむっと咥え、ほぼ水のお粥を食べる。


別に他人に食べさせてもらったらかと言って、味が大きく変わるわけでは無いが、自分で掬ってた時よりも一度にたくさん食べられるので、少しだけ違った味が感じられた。


「どうですか、美味しいですか?」


僕が飲み込んだのを見て、シアさんがそう尋ねた。


「は、はい。美味しいです。」


「それは良かった。では行きますよ、はいあーん。」


返事をするとすぐに、新たなお粥を掬って差し出してくれる。


「はうっ………」


「はいどうぞ。」


真っ白な広い部屋に、彼女の声と僕の咀嚼音だけが響いていた。


「はいどうぞー。もう少しですね。」


「はむっ………。そうですね。」


やはり他人に食べさせてもらうのは効率がよく、それほどしないうちに鍋の底も見えてきた。


「はい、これで最後ですねー。」


僕は、スプーンを差し出す右手につられてひらひらと揺れる彼女の左袖を見ながら、これについてなにか言っていいのかと思う。


気にならないといえば嘘になるし、正直かなり気になっている。


彼女のように若い人がなぜ。いつ、どうして、なんで。

疑問を上げていけばきりがないが、僕はそれらをお粥とともに飲み込んだ。


「ごちそうさまでした。」


両手を合わせて、作ってくれたナームさんと食べさせてくれたシアさんに感謝する。


「お粗末様でした……って私が作ったんじゃないですけどね。」


ハハハと軽快に笑いながら、シアさんはお皿とスプーンを片付けに行った。


「あの子…………」


生暖かいそよ風にカーテンが揺れる。

僕が寮で助けた………助けられなかった彼女はどうしたのだろうか。

シアさんと同じであの子も片腕を失っているはずだ。


「…会えるかな……。」


もしも、会うことが許されるのならば。

その時は、そのときはきっと精一杯の『ごめんなさい』と、

















心からの『ありがとう』。その二つを伝えたい。




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