第84話 戦後処理

Side レスト


◇ ◇ ◇





目を開くと、美しい瞳が見えた。


それが誰のものなのか、何色なのかも分からなかったが、唯々『うつくしい』と『キレイ』だということは伝わってくる。


パッ


そんな軽い音と共に、額の辺りに柔らかな感触を覚えた。


なんだろう?


僕はまだふわふわとしている思考を働かせて、何かを言おうとする。


「あ、ありが、とう…。」


口から溢れ出たのは、感謝の言葉だった。


何故出たのか誰に対してのものなのか、自分でもよく分からないけど、なんとなく『ありがとう』を伝えたかったのだ。


「っ!!…………ど、どういたしまして…?」


一瞬驚いたあと、声の主は返事をする。


「ん……んぅ……」


僕は意識を覚醒させようと、上半身を起こしながら伸びをする。


「おはようございます。」


「……………………おはよう……?」


突然現れた太陽が眩しくて目を細めていたら落ち着いた玲瓏な声が聞こえたので、誰かな〜と思いつつ僕も返した。


「……………ふぇ…?………………え!?」


太陽を見つめていたら、意識が覚醒してきた。


あれ、僕真面目に誰と話してるの?


そういえば、少し離れたたところから『ウォー』とか『イェーーーーイ』とかいう声がさっきから聞こえてきているような…………。


僕は急に怖くなって、バッと後ろを振り返る。


「ど、どどどどうしました!?」


いきなり見られた声の主は恥ずかしいのか顔を隠す。


「……王女………様…?」


長く伸びた銀髪にところどころ混ざる金髪。

整った容姿に、さっきから聴こえているこの玲瓏な声。


今まで気づかなかったのが不思議な程に、王女様そのものだ。


だって、王女様なんだから、王女様らしいのは当然だし、王女様が王女様そのものでなければ、一体誰が王女様らしくて、王女様そのものの王女様なのだろうか…………。


駄目だ。王女様王女様王女様言いすぎて、なんかこんがらがってきた。


「は、はい、そうですよ。」


隠した顔をひょっこり見せながら、王女様は笑う。


えーっと、状況が飲み込めないから、一回整理しようか。


僕は樹竜ウッドドラゴンと戦っていて、決着をつけようと氷華を使い、魔力切れで落下した。


そして、目が覚めると王女様の…………膝にいた。


なぜ膝にいたのか、起きてすぐのあの感触は何なのかという謎もあるけど、大体は分かった。


多分だけど、落ちてきた僕を王女様が受け止めてくれて、その上で治癒魔法までかけてくれたのだろう。


僕はすっかり傷がなくなっている自分の腕や足を見ながら頷く。


「具合は、如何でしょうか?」


その様子を見た王女様が少し不安げに聞く。


「お陰様で絶好調です。…………なんか、魔力が戻っているような感じがするんですけど……。」


傷が戻っているのまではわかるんだけど、意識をお腹のあたり集中させると、僅かだが魔力を感じる。


「聖女の本気、ですよ?」


王女様がからかうようにこっちを見ながら言った。


「その、何から何まで有難う御座います。」


僕はそう言いつつ、一つの疑問を抱く。


あの樹竜ウッドドラゴンは、どうなったのだろうか?


もしも、あれで止められていなかったら…………死んでしまっていたら………。


樹竜ウッドドラゴンは、」


その不安を感じ取ったのだろうか、王女様が口を開いた。


樹竜ウッドドラゴンは、倒れております。空を、見上げてください。」


「っ!!!!」


言われた通りに頭を上に向けると見えてきた光景に、僕は驚きの声を漏らす。


青透明だった氷が滴り落ちる血のせいで真っ赤に染まり、未だ成長を続ける氷の先が樹竜ウッドドラゴンの背まで貫通している。


ーーーー可哀想


そんな言葉は出ない。


この現象を起こしたのが僕自身であるし、何よりから。


「…………終わったのです…。」


後ろから聞こえた、王女様のしみじみとした声をーーーー








「いや、終わっていない」


ーーーー僕は即座に否定した。


「えっ………?」


確かに樹竜ウッドドラゴンは、大量の血を垂らしながら空に固定されており、既についている。


「終わってないんですよ…………まだ、半分しか……。」


そう。まだ終わっていない。


「ど、どういう事ですか?」


僕が振り返れば、理解できないと首を傾げる王女様が見えた。


そんな王女様に…………いや、に僕は告げる、


「リリア様…………僕と空、飛びませんか」


そんな、デートとは言い難い、戦いの続きへの招待を。







◇ ◇ ◇ Side 王女 ◇ ◇ ◇







「…………僕と空、飛びませんか?」


投げられた言葉を、リリアは理解することができなかった。


空を飛ぶとはどういうことかも、何故戦いが終わっていないのかも、いつも自分のことを王女様と呼ぶ彼が何故名前で読んだのかですら、彼女には見当がつかなかい。


ただ、その誘いが魅力的であることは分かった。


なので、彼女はその意味を考えつつも、


「…はい。」


了承の答えを返すのだ。


服の端っこを握りしめて、太陽というよりは小望月のような笑みを浮かべたリリアは自分を真っ直ぐに見つめる少年の元へと歩き始める。


「ど、どうしますか…?」


もうすっかり頭が覚醒した少年が、身長差…………はあまりない。というか、なんなら彼のほうが低い。


まぁとにかく、近づいたリリアの頭を見ながら、若干の照れを隠さずに言う。


「どうするって何がですか?」


またしても、質問の意図がわからなったリリアが聞き返した。


「その、飛ぶには魔法を使わないといけないわけで、それで、その魔法は僕しか使えないんです。そして、その、いつもなら一部分に触るだけでもいいんですけど、あの、今は魔力が少なくて、だから、持ち上げたりしないといけないんですよ…………はい……。」


その説明の声は段々と尻すぼみしていき、最後には全く聞こえなくなっていた。


「つまりは?」


長ったらしくて趣旨がつかめないその説明から大体の内容を掴んだリリアが、からかうように問う。


「え、えっと……その…………。」


少しの時間戸惑った少年は、覚悟を決めたように大きくうなずいた。


「抱えさせていただけませんか?」


「ふふふ…」


ほんのり赤く染まった顔をそらしながら手を差し出した少年の姿が、いじらしくて愛らしいとリリアは微笑みながら、


「勿論ですよ」


伸ばされた手を強く握り返した。








「うっ………こわ……」


すっかり遠くなった地面を見ながら、リリアがつぶやく。


「まだ、もう少し上がりますよ。」


そう、優しく言う少年の腕の中に納まる、所謂お姫様抱っこというものをされたリリアは、怖さ故ギュッと少年に体を寄せる。


「…………どうしようか……」


普通なら何かしらの反応を示すものなのだが、現在少年も少年で、少ない魔力で樹竜ウッドドラゴンの横まで上昇して、そのまま戻るという高難易度のミッション遂行中なので、そこまで気を配る余裕はなかった。


「つぅ……寒っ。」


空中の氷に突き刺された樹竜ウッドドラゴンの周りには白い霧状の冷気が漂っており、近づくだけでかなりの寒さである。


「着きました。」


「は、はい…。」


ブルリと体を震わせるリリアと違い、少年はいつも通りにしていた。


「寒くないんですか?」


その様子を不思議に思ったリリアが尋ねると、彼は


「寒いですけど、戦ってたときはもっとすごかったですから。」


と、何でもないことのように答えた。


「そ、そうですよね。」


戦いの様子を想像したリリアが今度は寒さが原因ではない震えを見せた。


「リリア様。これから樹竜ウッドドラゴンに近づくので、思いっきり治癒魔法を使って下さい。」


「は、はい……もちろんで…………え………えっ!!?」



彼の言ったことに一瞬納得しかけたリリアであったが、少しの間をおいて驚愕の声を漏らした。


死闘を繰り広げて、やっとのこと倒したはずの樹竜ウッドドラゴンを何故治せというのだろうか。


そんな大きな疑問を、リリアは口に出さなかった。


『なんで』


今まで言ってきたその言葉を、今回だけは言ってはいけないような気がしたのだ。


リリアは考える。

なぜ少年が、ドラゴンを治してほしいと言ったのか。


思えば、ドラゴンは戦いの最中で吼える時辛そうな苦しそうな声をしていたし、攻撃自体には容赦も加減も感じられなかったが、戦っているその目には確かな慈愛が満ちていた。


樹竜ウッドドラゴンは…………。いいえ、何でもありません。承知いたしました。全力で治癒させて頂きます。」


リリアは空気の読める女。無粋なことは聞かずに、大きく頷いてみせた。


「ありがとうございます。では行きますよっ!」


少年はそう言い、どんどんとスピードを上げてドラゴンに近づいていく。


ドラゴンとの距離が20mを切った時、


「この哀れな依代に、救済を」


リリアは…………聖女が詠唱を始めた。


「熱波!」


ドラゴンとの距離が10mを切ってくると寒さはより増し、耐えられないほどになってくる。

少年自身はまだ耐えられたが、彼の腕中で一所懸命に詠唱をする聖女のことを思って、少年は魔法を使った。


「御守を」


周りが白の霧に包まれて見えなくなる中、少年たちはドラゴンとあと数mの所まで来ている。


その血染まりの真赤な体躯が目と鼻の先に近づいたのを確認した聖女は手を伸ばし、


「平癒の奇跡を。」


血染まりで生暖かい体躯に触れて、そう囁いた。


「グゥゥ………ゥゥウ……」


するとどうだろうか。体躯を突き刺していた氷はけて水になり、貫かれた腹の穴はふさがり、冷血で満たされた眼は色を取り戻し、流れ出た温血は若菜色の泡に還元されて元の場所へと戻っていくではないか。


「グゴォォォォォ!!!ギィィッィィィィィイイイイイイイ!!!!!!!!」


「あ、あぶないっ!!!」


完全に回復したドラゴンが大きな声で咆哮し、蘇った翼をはためかせて、さぁ負けた恨みを返してやろうとばかりにその鋭利な歯で噛みつこうとする。


それを見た聖女が、大声で叫ぶが………


「ふぅ……」


当の本人は、リラックスした様子で深く息を吐き、背伸びをしていた。


「グガァァアアアアアア!!!」


ガプリ


そんなコメディ調の効果音のような音と共に、伸ばされた少年の指先が噛まれた。


「っ!!!!」


聖女が、プッシュゥウウと、これまたコメディ風の音を立てて指から血が吹き出したのをみて息を呑んだ。


「大丈夫。もう大丈夫、安心して。大丈夫だから。もう良いんだよ。無理しなくて、戦わなくていいんだ。ほら、ゆっくりでいいからこの口を開けて。大丈夫。僕らは手を出さないし、誰かに戦わされることもない。大丈夫だからね。安心して良いんだ。」


樹竜ウッドドラゴンの頭?の辺りを撫でながら、少年は優しげな音色で言う。


「グゥゥゥウウウウウウ………」


樹竜ウッドドラゴンが苦しそうに唸りながら、ゆっくりと口を開いた…………が、


「ガァァアアウウウウ!!!」


またすぐに閉じてしまった。


ガブリ


さっきよりも深い位置まで樹竜ウッドドラゴンの歯が刺さり、少年の指の半分くらいが噛まれる。


「大丈夫、だんだんでいいから。」


しかし、少年は変わらず落ち着いていた。


「ゆーっくり、ゆっくり開けてみよう。それが出来たら、僕が手を抜くからね。大丈夫。絶対できるから、諦めないで。君ならできる。大丈夫。」


その言葉とともにこれまた優しく撫でられた樹竜ウッドドラゴンは、再度口を開き始める。


「ウガァアアァ……」


やはり、半分もいかないうちに苦しそうに唸り始めた樹竜ウッドドラゴンは、少年を見つめる。


「……………………。」


少しの間無表情で見つめ返した少年は、


「だいじょーぶ」


そう屈託のない笑みを浮かべてみせた。


「ガァアア…………」


樹竜ウッドドラゴンは少年から目を離して、聖女の方へと目を向ける。


今まで蚊帳の外であった彼女は戸惑うが、樹竜ウッドドラゴンの瞳のどこか不安げな色を感じると、すぐに聖女の名に劣らない笑みを浮かべて、


「御身のままに」


その時、樹竜ウッドドラゴンは一雫の涙とともに開放された。


「良く出来たぞ、偉い」


少年はそう言いながら樹竜ウッドドラゴンの頭を撫でた。


「グガァァアアアアアア!!!!!」


咆哮は内容は同じでも、今までの苦しそうな声から希望に満ちた声へと変わっている。


「よく……がんば、っ、…たぁ………」


樹竜ウッドドラゴンに満足気に答えた声は、途中で途切れた。


「ま、魔王様っ!!!」


王女は少年の異変にすぐに気がつくが、その時にはもう遅く、彼女の体も少年と共に落下し始めている。


少年は魔力切れで意識不明、王女は魔力はあるが飛行魔法を使えない。

このまま行けば、地面と衝突して、ペッシャンコになってしまう。


「ぐ………うぅ……」


王女は落下しながらもなんとか、脱力して重力に従うまま離れていく少年へと手を伸ばし、手をつないだ。


くるくると二人の体が回りながら落ちていく。


「……もう………少し………」


王女がもうあと半分を切った地面との距離に恐怖を漏らしたその時、


「ガォアァァァアアア!!!!」


「っ!!!」


金の物体が急降下してきた。


「ギャァァァウウウ!!!!」


落ちながら体を回転させたドラゴンが、ちょうど二人の真下に入りこむ。


「うわぁっ!」


ボスンと音を立ててドラゴンの背に乗っかった王女が声を漏らす。

背は鱗で若干ゴツゴツしているものの、乗り心地が良い。


「あ、ありがとう。」


尻尾の方から胴の座りやすい部分に座り直して、王女が囁く。

ドラゴンは咆哮こそしなかったが、その顔には喜びが灯っていた。


「…………。」


ドラゴンは真下の冒険者達の傍に降りようとしたが、彼らがどんちゃん騒ぎしているのを見ると静かに再上昇し、直接街の方に向かった。


「…………君は、大丈夫なの」


風の音だけが聞こえる空で、王女が呟く。

その言葉は、ドラゴンへの問いかけのようでいて自問でもあった。


「…………ガゥ……」


ドラゴンは答えずに、ただ息を吐いた。


「そう……だよね。うん、分かってる…。」


王女も答えるでもなく、一人空を見上げる。

『大丈夫』その一言に様々な意味が込められていたのだ。


「ギャァァァアアアアアアウウウウウウ!!!!!


街の上空に入ると、ドラゴンが大きく吠える。


「ちょっと、何してるんですか!」


地上でドラゴンの姿とその迫力に人々が逃げ惑っている様子を見た王女が注意するが、その口元は笑っていた。


「ガアアアア!!」


王女はこちらも愉快そうに吠えたドラゴンの頭にそっと手を伸ばして、


「有難う御座います……………………また今度。」












ゆっくりと祝福した。

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