第83話 勝利と聖女のおちゃめ
Side冒険者達
◇ ◇ ◇
「か、か、か、かかか、かかかか、かか……」
一人の冒険者が、下を俯いてそんな壊れた機械のような声を漏らした。
周りを見れば、他の冒険者達や騎士達も同じように俯いている。
傍から見れば、負けてしまったかのように思えるが、今回の場合逆である。
「か、勝ったぁ!!!!!」
「勝ったぞぉおおおおお!!!!」
「ぉおおおおぉぉおお!!!!きたァァァああ!!」
「これで、終わりだぁ!!!!」
「かったかったかったかったかったぁぁああ!!!」
一人が叫んだのをきっかけに、職業性別関係なく、全ての人がその勝利を心から祝福した。
「あの、化け物が倒れた!!!」
「これで俺たち、生きのこれる!!?」
「俺らの街が守られたんだ!!」
「よ、嫁にまた会えるのか!!!?」
「あぁ会えるぞ!!!皆に、仲間たちに会えるんだ!!!」
「「「「「ウォォオオオ!!!!」」」」」
彼らは元々命を捨てる覚悟で、愛する家族や生まれ育ったこの学園都市を守るために戦っていた。
だからこそ、重症者もなく皆無事で帰宅できると知り、涙を流しながらその勝利の美酒に酔いしれている。
「あの魔法すごかったよな!!!」
「あぁ!!バーンって凍ってな!!」
「どうなってんだろうな!!?」
「んなことどーでもいーだろ!!!勝ったんだぜ!!!」
「そーだ!!!勝利だ!!!」
「…………。」
人間という生き物は異常な程に結果を優先する。
そして、それはその結果が良いものであればあるほど顕著になる。
例え、その結果を産む途中に想像を絶する痛みを負った人が居て、ありえないほど苦しんだ人がいても。
ーーーーその結果を産むために命をかけた人がいても
結果が良ければ全て良しで、そんなことはすぐに忘れてしまう。
それは彼らにも言えることで、その場にいる全員が空に氷の華が咲いたと同時に、一人の少年が力尽きたように落下したのを見ているはずなのだが、そのことを考えない。
否、考えられない。
「かったぞー!!!」
「うぉぉおおおーい!!!」
「いやったぁぁ!!!!」
彼らが跳び跳ねて狂喜乱舞している中、一番の功労者は誰にも知られず落ちていくのだった。
…………いや、そんな中でもやはり。あの人は、あの王女は、聖女は、リリアは少年のため駆けていた。
◇ ◇ ◇
「はぁ…はぁ…はぁ………うっ……」
今まで動かしてこなかった彼女の貧弱な体が、少し走っただけで悲鳴をあげる。
「い、いそがないと……」
でも、彼女は止まらない。
服のことも靴のことも、うるさいほどに鳴る心臓のことも全て忘れて、走り続ける。
全ては彼女たちを守るため、街のために魔力を使い尽くした彼のためであった。
「っ!!」
走りながら空を見上げた彼女は、少年と地面との距離がもう半分を切っているのを見て、更に歩みを早める。
「果てなき過労に………満ちし、英雄…を…」
それと同時に、彼を受け止めるための魔法の詠唱も始めた。
「を………ぉ………はぁ…はぁ……」
話すことと走ることを並行して行うことで、消費過多になり、酸素が足りなくなる。
「…は、ひぃ…………我が想いによって、受け止め給え……ぇ……」
少年のため落下速度は速くなる一方で、王女のスピードは落ちていた。
「はぁ……はぁ………や、安らぎを……ぉ…与え給えぇ……」
少年が地面に落ちる寸前で、なんとかその間に体を入れた彼女は、
「
そう、叫んだ。
するとどうだろう。
あのままではトマトもびっくりのぐちゃぐちゃ加減に潰れていたであろう少年の体が、ふんわりと優しく受け止められたではないか。
「はぁ……はぁ………ま、間に合いました…。」
王女は心の底から安心の声を漏らして、頭上に浮かんだ少年をゆっくり地面へ降ろしていく。
「っと、これで大丈夫ですかね。」
少しすれば、少年の体は見事に地面への着陸を成し遂げていた。
「お疲れ様でした。」
勿論、その頭が地面に触れることはなく、地面よりも格段に柔らかく温かい、膝…………正しくはふとももに納まることとなる。
彼女は少しぎこちなく、ゆっくり少年の髪に触れ、そのままおずおずと撫で始めた。
「ふふふ……」
汗をたくさんかいているのでサラサラとはいかないが、少し湿ったその髪の毛が彼女には心地良かった。
「ん………んん……」
少年が唸り声をあげて、ゴロンと寝返りをうつ。
「っ!!」
頭が少し動いたことによって、彼の顔は少し傾き彼女のお腹に近づいた。
そのことに若干、驚いて顔を赤くした王女であったが、少しすればそれすらも楽しくなってくる。
「ふふ…ふふふふ……」
控えめな声で笑いつつ、王女は治癒魔法の準備を始める。
まぁ、準備といっても、治癒は聖女たる彼女の得意分野。それといった詠唱も、魔法陣もいらないのだが。
「特別に、聖女の本気行きますね〜。」
誰も周りにいないことをいいことに、彼女はるんるんと口ずさみながら、治癒魔法を使おうとして…………止めた。
「あ、その……えっと……」
王女が一変、周りを見渡してあうあう言い始める。
「あ、あの………その………え、えの……え……はうぅ……」
誰もいない野原で一人奇声をあげながら顔を赤らめるという、完全に傍から見たらやばい人なのだが、それにはちゃんと理由がある。
治癒魔法は基本、相手の体に触れなくてもそこそこ近ければ効く。
そうなのだが、彼女が今使おうとしているような特別効能が高いやつは別で、直接相手の体に触れないとその効果の大部分を損なってしまうのだ。
「あう、あぅ………ふぇ……あ………」
王女は、頭をグルングルン回してから、少年を見つめ直し、
「もう、えぃっ!!!」
そう、覚悟を決めたように少年の額にかかる髪の毛をどかした。
「し、失礼します…。」
髪を触るときよりも更におっかなびっくり、手を伸ばしていく。
「ふ、ふえぇ…………」
戸惑い三割、恥ずかしさ三割、嬉しさ三割。後ろめたさ一割が混ざった複雑な感情のまま、王女は少年の額に手を被せて、治癒魔法を発動した。
「これは治療のため、これは治療のため、これは治療のため、これは治療のため………。」
お経にようにそう唱えて、治癒魔法を発動し続ける。
「治療のため、これは治療のため、これは治療のため、ありがとうございますみません、これは治療のため、これは治療のため………。」
彼女は心がそのことでいっぱいいっぱいで気付いていないようだが、少年の額は『これは治療のため』と唱えるたびに黄色く光り輝き、少年はみるみるうちに回復していた。
「これは治療のため、これは治療のため………あっ!!!治ってる!!!」
王女もようやく気がついたようで、ハッと驚いたあと、名残惜しそうに手を離す。
「……………………。」
王女は少し冷静になって、少年の顔を見つめた。
なんかさっきよりも髪の毛が少し…………いやかなり短くなっている気がするが、多分気のせいであろう。
それよりも、治ったことによって引き立つ、彼の整った顔立ちの方に彼女の目線は向かっていた。
彼女に見えている顔は現実より若干補正がかかっているかもしれないが、実際のところ少年の顔だってなかなかに整っている。
まぁ、彼自身が気にしている日本でのいじめの原因ともなった、女っぽさや幼さは否めないが。
「あうぅ………」
王女は恥ずかしくなりながらも、その顔から目を離すことが出来なかった。
特に、彼女がかきあげたことによって、無防備にさらされた額に釘づけである。
「……………。」
彼女は何も言わずに、己の耳から垂れる髪を抑えて、ゆっくり頭を傾けた。
「……………。」
少年の顔と彼女の顔の距離がどんどんと近づき、
「んぅ」
そんな声をと共に触れた。
チュッよりもパという軽い音の方が適切かという、短いものだったが確かに額にキスしたのだった。
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