第82話 なけなしの勝利

ピュン


昔の拳銃はドガァンと発砲音が大きく、それが一つの趣でもあったが、最新の拳銃はパァンという軽い音しか出ないと聞くが、まさにそんな感じ。


こんなに魔力と気力をかけて練り上げた魔法も、発射は一瞬で、しかも音も軽いとなるとなんか損した気分になる。


だがまぁ、音と違く威力はその努力に見合うどころか期待以上で、


「ギィィャァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


樹竜ウッドドラゴンの翼の部分。

胴体から生える木枝から垂れた水晶のような部分が、光の矢によって撃ち抜かれていた。


「よ、よかった………」


僕は自分の作戦がうまく言ったことへ安堵の息を漏らす。


僕の狙いはこうだ。


放った光の矢が、凹凸の多い氷のレンズを通って散乱する。


そして、その光が樹竜ウッドドラゴンに当る。


光の散乱なんて計算不可能に思えるが、そこは賢者様の御力で、計算して頂いた。


少し前まで嫌がっていた与えられた力チートを使ったのだ。


ーーーー力に使のではなく、使んだ。


「グギャアアアアアアアアアアアアア!!!」


樹竜ウッドドラゴンが悲鳴をあげながら、地面へ目掛けて落下していく。


やはりそうか。


普通のドラゴンは翼で飛んでいる。

それは、その広い面積を用いて空気を押し出すことによって浮いているのだろう。


…………理論的にあの巨体を空気の押す力だけで支えられるかはおいておいて。


普通のドラゴンと違い、樹竜ウッドドラゴンの翼は骨格のような木枝と、そこから垂れた宝石のような何かでできている。


これこそ何故飛んでいるのが甚だ疑問であるが、逆に考えてみればあの宝石と木枝だけで翼の役割を担っている。つまり、飛んでいる。


そうであるならば、翼たる水晶を打ち砕けば飛べなくなると踏んだのだ。


打ち砕くと言っても簡単ではなかったけどね。


王級魔法や聖級魔法じゃ効かないから、最高位の魔級魔法を使うしかなく。


先述の通り僕は魔級魔法をポンポンと撃てないから、一発で8個の水晶を撃ち抜かなければならない。


だから、わざわざ矢を光にして、氷の中を通したのだ。


「ギャイイィッアアアアアア!!!!!」


樹竜ウッドドラゴンの体がどんどんと落ちていき、それに恐怖を感じたのか、再び大きく吼える。


「はあっ!!」


僕は光の板を蹴って宙に飛び出し、樹竜ウッドドラゴンの落下速度よりももっと速いスピードで落ちていく。


パァァァァァアアアアアアアアアアン


流れていく白と青の景色と共に、高く唸るような音が聞こえる。


これが速すぎる故に起きた音なのか、ただの耳鳴りなのかは分からないけど、今落ちてるという謎の実感と、高揚感がして心地良かった。


パァァァァアアアアアン


僕の体が樹竜ウッドドラゴンを追い抜き、僕のほうが下になる。


地面との距離はあと三分の二位。

できれば、半分を切る前に決着をつけたい。


「はっ!」


深く息を吐いて、僕は更に加速していく。


みるみるうちに近づいていく地面との距離と、離れていく樹竜ウッドドラゴンとの距離。


タン


そんな音が立つように一瞬にして空中に留まり、落下をやめた僕はすぐに目線を上げて、変わらず落下してくる樹竜ウッドドラゴンと、どんどん縮まっていく距離を見つめた。


スッ


腕を真上へと伸ばして、最早残りカス程度の魔力をかき集める。


「くっ………た、たりない……」


体中からかき集めて、臓器が悲鳴をあげるほどには魔力を集中させているのに、まだ半分にもいっていない。


僕がここで魔法を使わないと、最悪の場合落下してくる樹竜ウッドドラゴンに巻き込まれて死亡。


良くても、せっかく優勢に立ったのに樹竜ウッドドラゴンに逃げられる。


「ギィィイイイイイヤァアアアア!!!!」


僕とドラゴンとの距離がもうあと僅か。十秒も経たずにぶつかる程度しかない。


「ひょ、氷柱ひょうちゅう!!!!」


僕は、どうにかして魔力をかき集めながら、魔法の詠唱をする。


…………がしかし、魔力が足りずに魔法は発動しなかった。


「くそぉ!!!」


僕は悔しさと迫りくる恐怖にそう叫んで、何か何かないかと考える。


転移魔法は…………これも魔力が足りないから無理。


王水雨は…………元々ここで使っても意味がない。


魔球魔法は…………それより下のランクの魔法が使えないのに、使えるわけがない。


フローラ、ニルはどんな技使うのか未だによく知らないし……。


魔王も良く分からないし、スロとシモさんも良く分からない。


イカスは王水雨だけで、ヒスイは魔法が使えるというのは知ってるけど、何を使うかまで詳しく知らない。


マッソは…………筋肉だから、参考にならない。


フェルン君は…………あっ!!!風の精霊魔法!!!


あれなら…………って、僕は風の精霊さんとはお知り合いじゃないな。


じゃあ精霊つながりで、水の精霊王さんはどうだろう。

あの人、虎の沼地で出会ったきり水晶に入ったままだけど、本当に生きてるのかな?


少し心配だが、案外ただ寝過ごしただけとかありそうで怖い。


だって、ずーーーーっと封印されてたんだし、時間とか嫌でもルーズになるでしょ。


僕はそこまで考えたところで、ふと上げっぱなしのの指先を見る。


「っ!!!」


僕は、明らかにおかしいその光景に驚く。


「ひ、光ってる……」


僕の周りが、青白く蛍のような光がで包まれ、その中心となっている指先では、激しく群青色が光り輝いていた。


「い、いけるのか……?」


思えば、体の底にさっきまでなかった魔力があるような気もしなくはない。


「ギャァァアアアアイイイイイイ!!!」


樹竜ウッドドラゴンはもうすぐそこ。


後2.3秒もすればぶつかってしまうくらいに近くにいる。


なのに、僕は酷く落ち着いている。


「すぅ………」


大きく息を吸って、さっきとはまた違う、さっきよりももっと美しい魔法を想像創造した僕は、光を、水の精霊王さんを信じて叫ぶ。


氷華ひょうか!!!!!」


僕の指先に樹竜ウッドドラゴンの爪が触れるか触れないかのとき、その花は咲いた。


ーーーー真白で、所々が青色の美しくも儚いその花は、華々しく咲き誇る。


「グ、ギ、ィイイ、ギ、ャァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


ーーーーそんな樹竜ウッドドラゴンの叫び声や、流れる真赤な血すらも凍らせて、その花は咲く。


「はぁ……はぁ……はぁ………」


僕はその姿を見ようとしたが、目がチカチカして、頭がグワングワンして見れない。


何とかして捻り出した氷華の魔法の後、さらに飛行魔法を維持できるほど魔力は残っていなかった。


風邪の酷い時みたいな、現実が現実味を帯びない不思議な感覚とともに、僕はゆっくり落ちていく。


「は、はぁ………」


仰向けのまま落ちていく僕の目に映ったのは、青に淡く光り輝く氷塊だった。

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