第81話 最後の反撃

「グゥウウウウウウィイイイイイ!!!!」


「なっ!!!!」


右下からの攻撃でさっきやられた右足がさらに傷ついた。


ポタポタと血が垂れていく…………だが、思考は止めない。


既にパズルのピースは揃ったようなもの。

後はこれを組み合わせるだけだ。


あれをこうしてあぁして…………。

でもそれじゃ………。

あっ!あれを使えば!!!

じゃあ、それをしてる間にあれをやって……。


駄目だ、あと少し。何かが足りない。


「グギャアアアアアアア!!!」


「っう!!!いったぁ!!!!!」


思わぬ激痛で叫んでしまった。


「やば………」


三度目の攻撃が右足に直撃し、血が滝のように流れだした。


「治癒魔法!!」


とりあえずの処置で治しておく。

これで、これ以上血が抜けることはないだろう。


僕はふと血の流れる先を見た。


右足を辿った血は、爪先から零れ落ちて落下していく。


そのままどんどんと落ちていって、やがて土に垂れる。


うん、普通だ。


さらに広範囲を見ると、自分が動いたあとに点々と赤い水溜りがあるのを見つけた。


「っ!」


僕は眩しくて目をつむる。


太陽の光が反射して、赤い光となって飛び込んできたのだ。


そうか、水に反射した光が…………。水に反射…………。


!!!!!!!


その瞬間、僕の体がビクンと大きく揺れた。


そうか!!!そうすればいいのか!!!


それは、攻撃されたからでも病気だからでもない。

今まで長く続いてきた僕と。いや、樹竜ウッドドラゴンの闘いの終わらせ方が解かったのだ。


「いける!!!いけるぞ!!!」


僕は芸術的ともいえるその手段に、興奮を隠せずに叫んだ。











「キシャアアアアアアアアアアア!!!!」


その姿に樹竜ウッドドラゴンが警戒からか、普段より高い声で鳴く。


「待ってろ!!もう本当に直ぐだから!!!」


僕はそう声をかけて、この作戦の最初の一歩である魔法を使う。


これを使うのは入学式ぶり。

少し緊張するが、と二人で作り上げた魔法だ。間違うわけがない。


「夢は夢、遠き世界の果てまでも。消え去る日々に灯る煌めき。遥か昔の向こう側。移動ムーブ!!!」


シュンッと一瞬で僕の肉体がドラゴンの正面からその背後まで移動する。


「ギシャアアアアアアイイィイイイ!!!!!」


いきなり消えた対戦相手にドラゴンが吼えた。

樹竜ウッドドラゴンよ、僕の作戦はまだまだこんなもんじゃないぜ。


僕はやっと出来た時間で次の魔法のイメージを練り上げる。


これは、元の魔法から少し手を加えるから集中しないと……。


「グゥギャアアアアアアアアアアアア!!!!」


僕の姿をやっと見つけたドラゴンが吼えながら、襲いかかってくる…………が、


移動ムーブ!!」


その攻撃は空を切る。


シュンと再び僕の肉体が移動して、今度は樹竜ウッドドラゴンの真上に現れた。


「ギィイイイイヤァアアアアアウウウゥウウウウ!!!」


流石に二度も躱されると苛ついてくるのか、大きな声でドラゴンが長めに吼える。


…………よし、完璧だ。


第二の魔法の準備ができた僕は、まだドラゴンがこちらに気づいていないため、ちゃんと口に出しながら詠唱をする。


「敵を溶かし、悪を溶かし、仲間を王ノ雨おうのみず!!!」


全てを無差別に溶かす王水雨から、独自に進化させたこの王ノ雨は、敵に当たれば今まで通り溶けて、味方に当たれば逆にその傷を癒やすという優れものだ。


「グギャィィイイイイヤァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


突如として降り注ぐその酸性の雨に樹竜ウッドドラゴンが悲鳴を上げる。


ーーーーもう少し。もう少しで終わりが来る。






















ぽつぽつーーーー雨が降る。


でも、不思議なことに地面は濡れていない。


「ギィイイイイヤァアアアアアウウウゥウウウウ!!!!!」


雨を真上から受けた樹竜ウッドドラゴンが吼える。


ジュゥウといった、焼けるような溶けるような音が聞こえてくる。


今までどんな攻撃でも、少しの傷しかつかなかった鱗が焼けている。いや、


「ギャァアアアアアアアアアアア!!!」


ドラゴンが吼えながら僕を見上げた。


その瞳から、やってくれたなという恨みと共に、が伝わってきた。


もう少し。あと少しだからね。


そう心で唱えて僕は最終段階へと移るため、既に高い高度をもっと高め、上に上に昇っていく。


「ギャァアアアアアアアアアイイイイィィィイイイイイ!!!!!」


させるものかと、樹竜ウッドドラゴンも追随してくる…………が、


「ギャアアアン!!」


50mも上がらずに、悲鳴をあげながら止まった。


「ふぅ………」


僕はそれを見て、安堵の息を漏らす。

今からやるのは僕の全身全霊の魔法。言うならば、魂からの叫び。


それを、邪魔されたらかなわないので、予め結界を張っておいたのだ。


「ギジャャヤヤアアアアアアアアアアアァァァアアア!!!!!!!!!」


その間もずっと降り注ぐ、雨に樹竜ウッドドラゴンが抗議の声をあげるが、僕は気にせず魔法発動の準備をする。


我を支え、仇をなせ歩みは止めない、辞められない橋頭堡きょうとうほ


ピアノを端から鳴らしていくように、僕の足元が青から黄色から赤から緑まで、色々な色に光って、やがて一枚の板ができる。


「し、失礼します…」


僕は恐る恐る飛行の魔法を解いて、その板に足を添わせた。


「あ、ある……」


その浮いた板はたしかに半透明で光っているが、ちゃんとそこに存在しており、僕の体重なんかじゃびくともしない。


「っ……うぅ……」


僕はその板を通して下界を見下ろして、今更その高さに怖くなってきた。


「グゥギャアアアアアアアアアアアア!!!!!」


「っ………!!」


樹竜ウッドドラゴンがはち切れんばかりに張り上げた声によって生み出された風が、吹く。


板は縦が正座して入るくらい、横が肩幅の2倍くらいで、そこまで大きくない。


だから、その風が上にいるはずの僕にまで当たって、髪の毛の一本一本がまるで無重力状態かのように浮遊した。


「あっ………はぁ…」


僕はその感覚に恐怖しながらも、空から見たことによって、風が吹いたことによって改めて気が付いたこの世界の美しさを実感する。


時は昼間と夕方の間。


まだ明るいが太陽は傾き、光は赤みを帯び始める時間帯。


差し込む得も言われぬ色加減の光と、それを受けて輝く地面、水溜り、樹竜ウッドドラゴンの鱗と羽の宝石。


聖書の一幕、又は絵画にでも描かれるような光景に、僕は感謝とも感動とも違った、心が浮くような非現実的浮遊感を感じながら、その景色を壊してしまうであろう魔法の詠唱を始める。


「哀しみは、冷たく」


まだ、ぽつぽつ雨は降り続いていた。


「寂しみは、切なく」


それは、雲の上にあるはずのここでも何故か降り注いでいて、僕のことをずっと癒やしてくれている。


「嘆きは、儚く」


樹竜ウッドドラゴンはもう吼えていない。まるで、罰を受けるのを待っているかのように、ただただ飛んでいる。


「ありがとうは、暖かく」


地上では、小さくしか見えないが王女様が祈っていて、冒険者達もそれを真似て祈っている。


「さよならは、苦く」


僕が、そう言って腕を伸ばしたとき、


『とうとう…………ね…』


魔王が呟いた。

僕はその言葉が響き終わるのを待ってから、ゆっくりと目を閉じる。


「愛は、遠く」


それだけ言って開いた目に映ったのは、たくさんの水玉。


半透明の淡黄蘗うすきはだをした、指の先よりもうんと小さな水の粒たちが、重力に導かれて落ちていく。


その普遍かつ不変の法則に、一粒。逆らうものがいた。


下から、自然の摂理に逆らって浮いてきたその粒は、他のものよりも大きく、それでいて澄んでいた。


その粒を逃さぬよう一歩踏み出した僕は、最後の一句を口にする。


「涙のわけは、解らない。」


トン、そんな軽い音を立てながら小さな板の端についた脚から、軽い振動が体中に伝わる。


『ぽつん』


僕の顎から一つの雫が垂れた。

それが、汗なのか涙なのかは分からない。


その雫は、僕の体の勢いそのままに、板から飛び出し、やがてあの下からやってきた大きな粒と合わさる。


透明と半透明がマブール状に混ざり合った水玉は僕の狙い通り、まるでレンズの様に歪んだまま凍った。


周りを見れば、その粒だけではなく今まで降っていたすべての雨が、雫が、水が凍りついていた。


僕は見惚れぬように目をそらし、次なる魔法ーーーーすべてを終わらせる最後の魔法を構築する。


「はぁぁぁぁっ!!!」


強く吐いた息に多量の魔力を込め、織りなしていく。


「ふぅ……っ…!」


体中の魔力をかき集めて魔法を編んでいると、普段だったら底が見えない魔力量の限界が徐々に近づいてきた。


僕は、物語の中の主人公と違って、無限に魔力があるわけでも、魔力密度が圧倒的に高いわけでもない。


一般の人の平均魔力量を知らないのでなんとも言えないが、散々魔法を撃ったあとに、最上級と呼ばれる魔級魔法を行使しようとすれば底がついて息が荒くなり、強い倦怠感と目眩に襲われるくらいしかない。


それこそ、最上位魔法を何発も撃ち、挙句の果てに同時に他属性行使の連発なんて出来やしない。


もともとの能力は一般よりは高いにしても、中の上。英雄なんて呼ばれるような人たちとは違う凡人だ。


「はぁっ!」


段々とマイナスになっていく思考を、気合の声で収めて、魔法の最後の段階へと持っていく。


手を前に出して構えて、そこに青藍の弓を生み出し、


「…………。」


黄金に輝く光の矢をつがえる。


「はぁ………」


ゆっくりと息を吐ききると、ギギギと弓を唸らせながら引いた。


僕は元々弓道をやったこともない完全な素人だから、弓を引けるわけないのだが、魔法の力だろうかすんなりと引くことができる。


一番後ろまで引いたら、目を見開いて斜め下で漂う樹竜ウッドドラゴンを見る。


「ふぅ…」


その後、顔を上げて目の前で浮いている氷のレンズへと視線を移したら、覚悟を決めて一言。


光芒一線、散乱せよ孤独でなく温もりであれ御光矢オーロラアロウ!!」

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