第79話 一方その頃、とある教師は……
「あっ先生!!!」
「おっ、マッソじゃねぇか!」
時は少し前の学園。
「すごい人の流れですね!!」
「そうだな。巻き込まれねぇよにしろよ」
テイチとマッソ・トレーニングが人の渦の中で談笑していた。
「この火事ヤバいですね!!?」
「あぁ。噂じゃあ空から火の玉が降ってきたなんて有るくらいだしな。それも、こんなでかい。」
テイチは腕を体の前で丸くして輪を作り、マッソに見せる。
「マジっすか!!!?」
「所詮は噂…………まぁ、火のねぇところに煙はなんとかっていうし、あながち間違ってなかったりしてな。」
驚きながら尋ねたマッソに、テイチはそんな心配しなくてもとなだめつつ、若干の不安を残した言葉をかける。
「そうで…………!!!」
「グギャアァァァッァァァァァァァアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」
マッソがうんうんと頷いたと同時に、猟奇的な獰猛かつ悲惨な咆哮が轟いた。
「っ!!!ホントなんなんだこれ!!!おいマッソ掴まれ!!」
「は、はい!!!」
その声を聞いて動き始めた人波に飲まれぬよう、テイチは踏ん張りながらマッソへと手を伸ばす。
「ふんっ!!!先生踏ん張って!!!」
「おおっ!!……………………なんか、すまんな。」
その手は生徒たるマッソを守るために伸ばされたのだが、マッソは筋肉大好き人間であり、筋肉ダルマである。
そんな彼がこの程度の人波に飲まれるはずもなく、逆にテイチがマッソに引っ張られていた。
そのことが恥ずかしいのか、テイチは頭を掻きながら感謝を述べる。
「いえいえ!ところで、これはなんの声ですか!?魔物ならば、俺も行きたいんですけど!!!!」
「これは多分…………。いや、分からん。ただ、この街にはあの時と違って騎士団も居るし、冒険者ギルドだってある。それに、一応王国で一流とされる学園の先生達もいるからお前は動かなくてもいいだろう。」
鼻息荒く尋ねたマッソの問の答えを、テイチは知っていたが、はぐらかして彼が行かぬように声をかける。
彼は何気に教師として、虎の沼地で生徒であるマッソやフェルン。そして、レストを危険な目に合わせたことに負い目を感じているのだ。
だから、今回は絶対に巻き込まないという彼なりの覚悟の表れである。
「そ、そうですか!!?………でも、人が多いほうが……」
「まぁ、気になるし俺が行ってくる!!!ほら、この人混みじゃガタイがいいお前じゃ動きづらいだろ?それに比べたら、俺は細いし、なにより身のこなしとかわかってるし。なぁ?今回は俺に任せろ!!!そうだ!!俺の荷物をお前に託すから、学園の中で待っててくれ!!な!!?」
マッソが納得できないと首をひねるのを見て、このままでは彼が先走りそうだと、テイチは急いで自分が行くから待っててほしいと早口で捲し立てる。
「…………分かりました!!じゃあ、待ってます!!!」
かなり強引なその言葉に少し引っかかりを覚えたマッソであったが、彼は良くも悪くも切り替えのいい男。
五秒考えて分からんことは一生かけても分からんと、自分を納得させて威勢よく返事をした。
◇ ◇ ◇
「あっぶねぇ………」
頬の汗を腕で拭いながら人混みをかき分ける男がいた。
「マッソのやつが馬鹿で良かった。」
彼は学園の教師テイチ。
マッソに荷物を見守ってほしいという名目で留守番を願った手前、何か渡さなければならないが、鞄なんて持っておらずポッケにも何も入ってなかった彼は荷物という名の上着を託して来た。
「あんなこと言ったけど、俺も人混み嫌いなんだよな。…………はぁ…。」
そんなこと言っても口から出た言葉は守らないと男として駄目だと、テイチは渋々道を進む。
「っ!すみません!」
「気をつけろよ!!!」
時に、前にいたおじさんの足を踏んだり、
「っ!痛ってぇ!!」
「ちゃんと周りを見ていただけるかしら!!?」
「うっせ………。すみませんでした。」
時に、後ろにいた貴婦人に足を踏まれた上濡れ衣を着せられたり、
「っ!!ごめん!!」
「うぇぇええええん!!!!!おじさんにアイス落とされた!!!!」
時に、少年にぶつかって彼の持っていたアイスを落としてしまい弁償したりして、彼は進み続けた。
そしてようやく、
「つっついたぁ………。」
先程から響く声が聞こえてくる街の端まで辿り着いた。
「おじさんこっちはドラゴンがいるから、騎士様や冒険者とか関係者以外は立ち入り禁止だ。」
テイチが膝に手をついてハァハァ言っていると、こちらもやつれた顔の門番に声をかけられる。
「おじさんじゃねぇ!!お兄さんだ!!!それと、俺は学園の教師だ!」
まだ世間では若い部類だと主張しながら、彼は学園から発行されている身分証を提示する。
「これはすまねぇ、おじさん。仲間なら大歓迎だ!!頑張ってくれ!!」
「だから!!!お兄さんだっての!!!」
からかう様に言う門番へムキになって反論しながら、テイチは郊外の砂煙が上がってる方へ向かっていく。
「ったく、どんな戦いしてんだよ!!!」
野原を進む中で、炎がそのまま凍ったかのような芸術的な巨大氷が落ちているのを見て、テイチが呟く。
「こんなの、宮廷魔術師でもできねぇっつの……。」
この都市にそんな使い手がいたのか。はたまた、ドラゴン出現を予測して王国が凄腕魔術師を派遣してくれたのか。
どちらにせよ味方ならば心強いと、テイチは頷く。
更に進み、大勢の騎士達や冒険者たちが見えるようになった頃。
「だから、何なんだよこれ………。」
再び、地面を見つめてテイチがため息混じりに言う。
「至るところに空いた穴と、そこに流れ込む清水…」
そこで彼は頭を上げる。
「空気中には精霊によるものと思われる結晶が漂い、ここらへんに近づくに連れて肥えて行く土………。ふぅ……」
テイチは諦めたように空を仰ぎ、
「何なんだぁああああああああ!!!!!ここはぁあああああああああ!!!!」
そう叫んだ。
「怖いよ怖いよ怖いよ!!なんなんだよ!!俺がいていいところじゃなくねぇか!!?」
「あいつなんだ?」
「頭おかしいのか?」
「犯罪者か?」
「いや、俺あいつ学園で見たことがある。」
「じゃあ、お前話しかけろよ。」
「マジ!?」
「行ってこいって。」
「わ、わかった。」
当然叫んでいれば、注目されるわけで。
彼の存在を不思議に思った冒険者の一人が、彼に近づいて尋ねる。
「あの、おじさんなにもんだ?」
「あぁ、俺は学園の教師でテイチって…………っておじさんじゃねぇ!!!」
反射的に答えた彼だったが、やはりその呼び方に突っかかり、訂正を要求した。
「んなことどーでもいいだろ。味方みたいだし、ほらこっち来いよ。いいもん見せてやるぜ!」
でもさすがは冒険者。そんなことは慣れているのか、上手く受け流して、テイチを案内し始めた。
「いや、俺は遊びに来たんじゃ………。」
テイチは踏みとどまろうとするが、まぁまぁと他の冒険者達にも背中を押されたり、腕を引っ張られるのでズルズルと前に行ってしまう。
「ほら、あそこだ。」
クイッと顎をしゃくりあげて、この野原の中にも、大男たちの集団の中心にも似合わない少女を指した。
「あの、女の子がどうしたって……ん………だ……!!」
確かに異質だけどそこまでかと思った彼だったが、角度を変えていくうちに見えてきた、その少女の膝に乗っかっている少年の顔に驚きの声を上げる。
「レストっ!!!!」
そう。それは、彼がここで会うはずもないと、学園の自室でまだ悩んでいると思っていた教え子の姿。
虎の沼地の事件で彼が最も感謝しているとともに、負い目を感じているレスト・ローズド・サタンヴィッチ・ルシファーであった。
「何であいつがここに………。」
テイチが何やら話をしている少女とレストを呆然と見ていると、その神秘的な光景に見惚れてしまって目が離せないのかと勘違いした冒険者達や騎士達が自慢げに語りかける。
「あれは、王国の第三王女様ですよ!!」
「そうそう。あの御方がいらっしゃってから、戦うのがとても楽になったんだ!!」
ある騎士達は、少女の素晴らしさを称え、
「王女様もスゲェが、俺はあの坊主のがスゲェと思うぜ!!」
「そうなんだ!!!あのガキ、あんな女見てぇな見た目してんのにめっちゃ強くて、飛んでいく炎にバーンって氷撃ったら、ビッシーンって凍るんだよ!!」
「そうそう!!!さらに、ビューンって飛んだと思えば、ドラゴンと剣一本で一騎打ちするしな!!」
ある冒険者達は、少年の勇敢さを称える。
「そうか………レスト……」
その称賛の声がテイチには自分ごとのように誇らしく感じられ、感慨深く声を漏らした。
「本当、あいつ何なんだろうな!!?」
「お前知ってるか!!?」
「学園の生徒じゃねぇのか!!?」
「あぁ!!あいつは魔法学園の一年!!!俺の教え子だ!!!」
詰めかける男共にテイチが胸を張って告げる。
「やっぱそうか!!」
「ガキ、すげぇよな!!」
「俺らのパーティーに欲しいぐらいだぜ!!」
「やめとけ!!お前らの技量じゃ足りねぇよ!!」
「確かにな、ハハハハハ!!!」
「ははは」
冒険者達の笑い声につられてテイチも笑いながら、少年の方へ目をやったその時、
「ギィイイイイイイヤアアアアアアァァアアアアグゥウウウアアアアア!!!!!」
ドラゴンが吼えた。
「ヤバい!!!もうそこだぞ!!!」
「アイツ、王女様狙ってないか!!?」
「おい、坊主、王女様逃げろ!!!」
「っ!!!」
テイチは冒険者達の叫び声を聞いてすぐ、上空を見上げて驚愕した。
ドラゴンがその巨体を傾け、急降下している。
そして、その先にはレストと少女。
「危ないっ!!!」
テイチは咄嗟に叫んで走り出す。
彼が二三歩踏み出したのとほぼ同時に、
「王女様ぁっ!!!!」
少し前から、騎士ララムナードも飛び出した。
二人は同じような体勢で、それぞれ違う人を思いながら進んでいく。
「ギィイイイイイイウウウゥゥウウウ!!」
テイチは耳を片手で抑え、このまま行っても騎士に重なるだけだと思い、彼は動きを止めてレストの方を向く。
すると、まだまだ距離は離れているのに、彼の耳にはとある囁きが聞こえた。
『愛しています』
玲瓏な愛の籠った囁きが。
テイチは顔を上げて、すぐに納得する。
走り出した…………というか浮かび出したレストの、背を押したままの姿勢で微笑む少女の姿が見えたのだ。
「グギャィィイイイイヤァァアアアアアアアアアアアアアアアアア」
その光景に、テイチは一人口元を緩めてから、大きく息を吸い…………叫んだ。
「お前は完璧だぁ!!!実力!夢!そして、護りたい
それは、いつかの授業中にテイチが少年へとかけた問の答えであり、彼自身が昔から貫いてきた思いでもあった。
グッと腕を挙げた彼の目元には、雫が浮いていたのだとか。
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