第73話 異世界にだって…

「ふぅ……」


既に地面を蹴ったのと魔法の力で浮き上がっていた僕は、念の為かけておいた認識阻害の魔法やその他諸々全部の魔法を解き、空を飛ぶ魔法だけを使っている状態にする。


「あれは誰だ!!!」

「あんなのすぐ死ぬぞ!!」

「おい誰か!!!マジで!!!!」

「街の前にあのガキがヤバイって!!!!」


そのおかげで何やら騒がれているが、僕は耳に手をやりそれらを完全とは行かなくても遮断する。


始めて実戦で使う魔法なので、失敗しないと分かっていても出来るだけ集中しておきたい。


「ヤバいぞ小僧!!!」

「なんで浮いてなんているんだ!!!」

「逃げろって!!」

「死ぬ!!!死にてぇのか!!!!?」


すぅ………………


極限まで息を吸って、


「魔王様ッ!!!!!」


そんな玲瓏な声が聞こえたと同時に、僕は目を開いた。


聖なる水冷たいせせらぎ我を哀しませる冷やしたのは何処聖水ホーリーウォーター


僕は叫び、そして歌う。


自分の声のはずなのにやたら遠くから、それでいてしっかりと聞こえた。


「            」


下の人達が何かを言っているのは分かったが、不思議なことに音だけが聞こえない。



ーー無ーー



そんな状態が数秒続いたあと、まるで静寂なんて無かったというように、爆音のオーケストラが主張を始める。


キーーーーーーーーーーーーーーーーン


金属バッドのホームラン。

もしくは、演奏終了のシンバル。


何方にせよ本来なら心地の良いそれらを、精一杯不快にしたような音で耳が劈かれる。


「ぐぅ………!!!!」


衝撃波に飛ばされながら、橙色の液体が落ちていくのが見えた。樹竜ウッドドラゴンの炎と極限まで圧縮された水がぶつかりあった結果、上手いことに打ち消し合い、オレンジの液体となったのだろう。


僕は下に目をやる。


炎と違く、街まで飛んでいくことはないし、下には木と土しかないとはいえ、このままだとなんかヤバそうな液体が落ちることになってしまう。


それは避けたい。


そう思った僕は空中で体勢を整えて、


Permanent freezing永久凍結


非常に簡素な一言の詠唱を述べる。


すると、オレンジ色の液体がちゃんと凍った。


動きがあるまま急激に凍らせたから、赤が濃いとこと薄いところ。黄色いところやオレンジのところなど色に幅ができてなかなかに芸術的に仕上がっている。


正直うろ覚えの英語だったので発動してよかった。


なぜ今回だけ英語なのかは自分でもわからない。

なんとなく、とっさに浮かんできたのが、『Permanent freezing』だったのだ。


ただ単に凍ればよかったのだが、唱えたのが永久凍結だし、これ溶けなかったりするのかな?


そんなことを考えながら僕は、魔法隊の皆さんの上まで移動する。


「貴方は、何者なのですか!!?」


そう言ったのは、魔法隊の中で一番偉そうなおば様。


かなりふくよかな方で、とんがり帽子と合わせるとなんだか魔女みたい。


ここで一つ、異世界豆知識。


日本のラノベやアニメでは異世界にブサイクな人はいないみたいに書かれていることが多い。


明確にそう書かれているわけではないが、モブキャラも含め出てくるキャラみんな綺麗だったり可愛かったりするのだ。


じゃあ、今僕がいるこの世界もそうなのかといえば、全くもって違う。


日本と完全に同じではないが、大体は同じ位の割合で美人もいれば、不細工もいる。


僕だって聖人じゃないので、顔や見た目も少しは気にするが、幸いなのかなんなのか僕の周りには整った顔の人しかいない。


フローラやスロは人形ではないためカウントしないが、魔王にマッソ、ヒスイにフェルン君と皆揃いも揃って美形である。


本当に嫌になっちゃうくらい。


でも、やはり世界のバランスというのはあって、テイチ先生は中の中。髭を剃ったらもう少し上がるかもだし、門番さんやギルドの受付嬢のお兄さんお姉さんも普通。もしくはそれよりも下。


この魔法隊の方々や、冒険者達だって大体が普通。たまに不細工や美形がいるといった感じ。


まぁ、どの顔して言ってるんだと言われると思うが、異世界にだってブスはいるのだよ。


「グギャァァアァァアア!!!!!!!!」


僕が失礼なことを考えていると、樹竜ウッドドラゴンが吼える。


「っ!!!下がれ!!!」

「吹っ飛ばされるぞ!!!」

「ヤバい!!!死ぬっぅぅううう!!!!!」


ドラゴンは炎を吐いたあと、やけに静かに元の場所に居たのだが、まるで何かに操られているかのようにいきなり暴れ始めた。


近くに居た騎士さんや冒険者達にはひとたまりもなく、すぐに戦線離脱して距離を取った。


「で、貴方は何者なんだい!!!?」


前があんなに戸惑っているというのに、おばさんはしつこく聞いてくる。


まぁ、気になってしまうのは無理もないだろう。

彼女からすれば、ピンチに現れた英雄か何かなんだから。


実際には、弱くて脆いただの魔王なのだが。


「キィィイアヤャャアァァアアアアアアアアアアアア!!!!」


「っ!」


泣き叫ぶ赤子のような声が響く。


「ヤバいかな。」


僕はこんなところで油を売っている場合じゃないと、魔法隊から離れてドラゴンの方へ飛んでいく。


火を重ねる。熱く熱く、大きく大きく火は渦巻き、舞う火の怒りファイアアンガー!」


飛ぶ途中、牽制に魔法を飛ばすが、少し表面に傷がつく程度で、効果はあまりなし。


「グゥゥゥアウウカアアアアアアアアア!!!!」


ただ、目標を僕に変えることはできたみたいだ。

ドラゴンは首をひねって僕の方を睨んでいる。


「ぼ、坊主!!!何してんだ!!!」

「死ぬって!!!」

「無理すんな!!!餓鬼ぃ!!!」


体を震わせて羽ばたき始めたドラゴンから必死に逃げる冒険者達が、空の僕へと向け乱暴だが、確かに心配する声を投げる。


情熱の炎はすべてを燃やし、熱は冷めず、すべてを無に帰す炎は絶えず火の王ファイアズキング!」


それに魔法によって応えた僕は、同じ目線くらいまで浮かんできた樹竜ウッドドラゴンと対峙する。


「グギャガァアア」


僕を見て小さく吼えた樹竜ウッドドラゴン


目を合わせると、意識を持っていかれそうになるので、なるべく胴体を見るようにして、再び牽制に魔法を放つ。


火を重ねる。熱く熱く、大きく大きく火は渦巻き、舞う火の怒りファイアアンガー!」


撃たれた炎が樹竜ウッドドラゴンに襲いかかるが、やはり効果はいまいち。


「グゥゥウウウアアアアアアァアアア」


なのに、又だ。


又、この竜は悲しげに、まるで助けを求めるように鳴くのだ。


「君は戦いたくないの?」


僕は樹竜ウッドドラゴンが本当は戦いたくないのではないかと思った。


なんとなくだが、少しだけ合った瞳からそう感じたのだ。


「ギャァァァアァ」


大きく吠え、体を震わす姿だけを見ると完全な否定だが、その瞳はゆっくりと揺れていて、そこからひしひしと樹竜ウッドドラゴンの悲痛な叫びが聞こえてきた。


「分かった。大丈夫」


何が大丈夫かはわからないが、僕はそう出来るだけ優しく声をかける。


「グギャァァアァァアアアアアアアァタァァァア

!!!!」


そんな僕の言葉を打ち消すような、叫びと共に樹竜ウッドドラゴンは突進してくる。


「っ!!速っ!」


明らかに生物が出していい速さじゃないぞこれ。


僕は浮いて戦うのなんてこれが初めてだが、ドラゴンは言わば空の覇者。歴が違うのだ。


「はぐぅっ!!!!」


樹竜ウッドドラゴンの急降下しながらの爪と尻尾攻撃を、僕はなんとか剣で弾いた。


その代わり、体が大きく後ろに飛ばされる。


「つぅっ!いったぁ……」


命を失ったり怪我を追うことはなかったが、手がジンジンしてきた。


「これはちょっと…………キツイな……」


こっちは剣を落としてしまいそうなくらい痛いのに、樹竜ウッドドラゴンは全くもって無傷で、優雅に再び浮き上がって次の攻撃に備えている。


この様子では、僕は何十回もこの爪を受け流すことはできない。


つまり、スピーディーに倒さなければならない。


なのだが、慣れない空でなかなか体勢を立て直すことが出来ないのだ。


「ギャゥゥウウウウオオオオオオオ!!!」


「っ!!!」


そんなことを言っても、ドラゴンが待ってくれるわけもなく。


「ギャァァァアァ」


「うっふ!!!」


何度も、8の字を描くように体当たり攻撃される。


「ヤッ……バッ……」


なんとか僕も体をひねらせたりして避けていたが、ついに、


「ギャァァアァァアアアアアオオオオオオオオ!!!!!!」


下からのうねりながらの攻撃をもろに食らってしまった。


「うぐっ………血が……」


左の腕を縦にきれいに裂かれてしまい、ぼたぼたと血が流れていくが、治す暇がない。


「グゥガァァアアアアア!!!」


というか、そんな暇を与えてくれない。


僕が治癒魔法を使うよりも早く、次の右下がりの攻撃がやって来る。


「グゥゥウウウギャアアアアア!!!」


「くうっ!!!」


あちらが優勢なはずなのに、相変わらず悲しげな声で鳴く樹竜ウッドドラゴンに、今度は右足をやられた。


「ひぐぅっ………っ!!!」


空での僕らの戦いは、完全に劣勢をしいられていた。

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