第71話 玲瓏ー王女の誓約ー

「さ、左様でありますか。では御説明させていただきます。」


騎士、ララムナートは少し固まっていたが、そこはプロ。すぐに切り替え、王女へと説明を始めた。


「太古の昔より我らが王国は栄えてきました。一時は崩壊の危機に瀕したり、流行病で民が皆死んでしまうかもしれなくなったりと困難に当たりましたが、皆が協力し乗り越えて参りました。ある時、王国に竜の王がやってきて言ったのです。『国を滅ぼされたくなければ麗しいと評判の王女を寄越せ』と。勿論、王国は拒否したかったですが、竜王に脅され、それも叶いません。」


「…なるほど」


王女はいきなり始まったその物語風の話を真面目に聞いている。


それを見た騎士はニッコリとほほえみ、続きを話す。


「その時、王国には大賢者と呼ばれる者がおりまして、国王は王女を竜王から守る方法を大賢者に尋ねました。すると、大賢者は己に任せておけと、単身竜王の元へ向かいました。」


「大賢者……」


王女はその名前なら聞いたことがあった。


最近やった歴史の授業で習ったのだ。

確か、大賢者は王国の文化レベルを格段に上げ、神と並ぶ叡智を持つ魔法使い。


数多の文献に登場するが、その詳細は全くと言って分からない。


あるところでは、顔がぐちゃぐちゃな低身長の男。


あるところでは、皆が振り返る美貌の妖女。


あるところでは、人間ではなく叡智を司る精霊。


そんな感じで、まず大賢者について書いてあるものが少ない上、文献ごとに違うので現在でもその性別、年齢、見た目は不明のまま。


そんな謎多き賢人が大賢者だっと、王女は思い返す。


「王国から少し離れた山の頂上で出会った竜王と大賢者は、一言だけ言葉を交わすと戦闘を始めました。大賢者はその名の通り魔法と智慧に特化しておりまして、剣術はできませんでした。そこを竜王は利用して物理戦を展開しましたので、大賢者は最初不利でした。ですが、人類最強と名高い賢者様はそこで機転を利かし、竜王の羽に魔法をかけて飛べなくしてしまいました。戦いの中竜王は飛んでいなかったので、不都合は有りませんでしたが、もしそのまま竜王が勝ってしまえば、魔法は永久解けることなく、竜王は空を飛べなくなります。」


「…やはり、とんでもない叡智をお持ちなのですね。」


ララムナートが喉が渇いたのか、水を飲む間に王女は呟く。


竜がどうやって空を飛ぶのか、未だ分かっておらず絶賛研究中だが、飛べなくなった竜はその重い体を自由に動かすことができず、いずれ死ぬことが知られている。


だが、それも最近わかったことだ。

それをはるか昔に見つけていたということが、大賢者の凄さを表しているのだ。


「えぇ、本当にもう一度現れて頂きたいものです。」


水を飲み終わった騎士がそう返して再び笑った。


「では、続けさせていただきます。」


ペコリと頭を下げて、騎士ララムナートは物語の続きを話し始める。


「竜王は空を飛べなくなるのは困ると思い困る一方、その作戦を思いついた大賢者を称えました。その後闘いをやめ、竜王と話し合った賢者はその人柄というか竜柄に触れ、竜王が素晴らしい考えを持っていることを知り、王女と国王を説得するため城に戻りました。その後、大賢者が竜王の思いとその良さについて話、国王はその政治的価値を教えて説得し、王女は竜王が人化でき、それがとても美しいことを話して説得しまして、晴れて王女と竜王は結婚することになりました。」


「結局は顔なのですね…………」


王女は自らの先祖がそんな安直な理由で、結婚相手を決めて竜王と結ばれたのかと、なんか複雑な気分で呟いた。


「そんなふうに言わないであげて下さい。確かに容姿がきっかけで結婚しましたが、伝承では、結婚後は浮気もせず竜王の妻としてご活躍されて、亡くなられた時には竜王、竜族一同が涙を流したくらいですから。」


ララムナートは苦笑いしながらも、当時の王女を擁護する。


「二人の式は大々的に行われ、大成功。国民からも祝福され、数年後には二人の間に子供も生まれました。そして、その子供が生まれた際竜王は言ったのです。『この子の血が途切れぬ限り、我はその一族を守る』と。」


騎士は長い物語が終わったかのように、ふぅと息を吐いた。

 

「なるほど。そういうことですか。」


王女もそれに答えるように深く頷く。


「分かりましたか?」


「はい。…………ですが、竜王の深い考えとは何なのですか?」


首を傾げて尋ねる。

話の大体は理解できたのだが、話の中で濁されていたそこはわからなかったのだ。


大賢者が納得するような崇高な考えとはどのようなものなのか。


「あぁ、それですか」


ララムナートは苦々しい顔で笑う。


「そこの部分だけは伝承がされていないのです。いや、伝承されていないというかそもそも国王と王女以外には知らされていないらしいです。」


「そ、そうなのですか。」


王女はやはり濁されたままのそこが気になりながらも、ありがとうと微笑み返した。


「それで、私は何をすれば?」


閑話休題。当初の話に戻そうと、王女は何処に行けばいいのかと質問する。


「伝承ですと、王女様が竜の前に現れればその怒り悲しみは収まり、和解できると。」


騎士ララムナートはペコリと頭を下げる。

彼はそんな最前線に王女様を連れていくことは、拒否されるのではないかと身構える…………


「なるほど。では、参りますか?」


…………が、この王女。そんなお貴族連中と違く、肝が座っている。というか、優しすぎるのだ。


そして、全く躊躇せずそう切り出せるような、強い意志を持っているのである。


「……はっ。私が命をかけてお守りさせていただきます。」


それに続きララムナートは小さくありがとうと、王女であるリリアではなく、一人の女性としての彼女へ礼を述べる。


「んっ、何か言いましたか?」


だが、その言葉は彼女には聞こえなかったようだ。


「いえ何でもございません。参りましょう。」


ララムナートは騎士らしく、片膝を付き、右手を彼女に向けて差し出した。

勿論、その手には剣なんて握られてなく、その代わりに沢山のタコやマメがあるだけ。


「貴方も、苦労しているのですね。」


王女はその手を優しげに見て、ゆっくりと自らの手を重ねた。


「………はい」


「いつも、ありがとうございます。」


重々しく呟いた彼に、王女は大きく頭を下げて感謝を述べる。


普段されることのない守るべき主からの感謝は非常に淡白で短い言葉だったが、ララムナートが涙ぐむほどには彼の心に響いたようだ。


「……………有り難き幸せ。」


掠れ気味のその声を聞いた王女は、


「はい」


めでたきまでに玲瓏とした微笑を浮かべた。


成り立ての王女と一人の騎士は、この街に襲いかかる脅威に対抗しようと、歩き出した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


さてさて、騎士の言った話は本当だし、本来ならば王女の祈りは届くのだが、今回に限ってはそうとは行かない。


なぜなら、相手に理性がなく狂っているからだ。


故、皮肉にも伝承と同じように、交渉の舞台には王女ではなく、賢者が登ることになるのであった。

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