第70話 玲瓏ー王女の騎士ー

王女は平民と同じように制服を着て、教科書を持ち、学園に通っていた。


クラスは元々Aランクだったのだが、彼女が王族だからとランクを上げられるのが嫌だったのと、Aランクの総合コースの生徒達からいやらしい目線や視線を感じたので、Bランクの総合コースになっている。


「ふぅ」


王女は豪華で広く、一人では寂しい寮の自室で溜息をついた。


自分が探している少年とこの学園の敷地内であったので、通っていれば会えると思っていたのだが探しても見つからないのだ。


「宿題あったっけ。」


革の鞄から今日配られたプリントを引っ張り出す。


昔では想像もつかなかった。しかし、最近で見慣れてきた普通の光景。


そう。この日も何一つ変哲のない穏やかな日の……………はずだった。


「えっ?揺れてる?」


カタカタと揺れだした机や棚。

王女はその小刻みな音に怖くなり、ベッドへと身を移す。


「な、何なの!?」


収まらぬ振動に彼女が悲鳴をあげたその時、


ウウウゥゥゥゥーーーーー!!!!


そんなけたたましい轟音が耳を劈いた。


「ぎゃあぁ!!!」


王女以前に少女らしからぬ声を上げて、彼女はベッドへ伏せる。


「うぅ………」


怖さ故、シーツの端を掴んで目をつむってから数十秒。


「おさまった………?」


揺れなくなったのを感じ、恐る恐る顔を出した。


「…………えいっ!!」


部屋は変わりがなかったので、外を確認しようと王女はカーテンを開ける。


「なっ!!燃えてる!!!?」


己の寮のすぐ隣の建物が赤く染まっていた。


「ど、ど、どどどうしよう!??」


逃げるのは当たり前として、自分はどうすればいいのか?


彼女は一応王女であり、王家の血が通っているので誰か騎士が守りに来るのか。


それとも、そんなもの来ないのかなど考えに考えた末彼女は、


「まぁいっか!!」


思考を放棄した。


こういうときは考えてもたいてい答えにはたどり着かないと、長年の貧困生活で学んでいたのである。


王女は最低限の持ち物と、念の為のだけを持って、外へ逃げ出した。


「めっちゃ燃えてる……」

「…放火だってよ……」

「………隣の国……陰謀…」

「お前……は?……わからない!!?」

「……あなたぁぁぁん!!!アイシテルうう!!!……」


外に出ると、そんな人々の心配する声や噂話が聞こえてきた。……………一人だけ違っているが。


「ど、どうしよう」


寮に住む人が皆出てきている上、野次馬たちもいるので人の流れが海のようであり、王女は身動きが取れなかった。


「あ、ちょっ、あの……」


どんどんと動いていく人の波に飲まれて彼女は動いていく。


「っ!!」


体勢が崩れていた上に、足が誰かに当たってしまい、転けてしまった。


「大丈夫ですか?」


彼女の体がほぼ地面と平行になろうとしたとき、不意に体が宙に浮く。


「あっ、ありがとうございます。」


少し前にいた白い鎧姿の優男が彼女を受け止めてくれたのだ。


「ついてきてくださいね。」


男はそう言うと、王女の身を地面におろして、手を軽く握り人混みをスルスルと抜けて歩いていく。


「す、すごい」


あっという間に開けたところまで来ることができた。


「重ね重ねありがとうございます。」


少女はペコペコと男に頭を下げる。


「いえ、困ったときはお互い様ですよ。」


鎧男は礼には及ばないとニッコリと返す………が、


「な、なにか私にできることがありましたら手伝わせてください!」


それは王女には逆効果。

反対に恩を感じてしまい、そう口走っていた。


「手伝えることかぁ。…………うん。じゃあ頼もうかな。」


思いついたように手を打つ男。


「私はとあるお方を探しているんだけど、君と同じくらいの長さの銀髪で、背は君と同じくらい。君の出てきた寮にいるはずの、君と同じくらいの年の、君見たく可憐な………少……じょ………。」


男は言葉を途中で止める。


「えっ……えっ?」


彼の探し人が余りにも目の前の少女に似ているのだ。


彼自身その人を至近距離で見たことはないが、聞かされた情報と瓜二つ。本人としか思えない。


「…………あの、ひょっとして第三王女殿下であらせられたりします?」


そんなよくわからない敬語に少女は小さく笑みを浮かべ、


「いかにも。リリア第三王女とは私のことです。」


と、告げるのであった。


「ま、まま、マジですか?」


本当ならば己のした行為が不敬罪ものだと、騎士の男は、そう聞き返す。


「マジです。」


「マジですかぁー、マジなのかぁ…………。マジかぁ…。」


俺、今日死ぬんだとでも言い出しそうな顔で男は呟く。


「貴方に私は助けてもらいましたし、そもそも今までの貴方の行いはとても紳士的でしたから、不敬罪になんてなりませんよ?」


王女は彼の顔に笑いながら、男に言った。


「よ、よかったぁ。」


そう深々としたため息を吐いた彼は、一変ピシッと騎士らしく敬礼を見せ、ハキハキと喋る。


「第三王女リリア殿下。不才騎士ララムナート、お迎えに上がりました。」


「有難う御座います。」


王女は王家から迎えが来たのかと頷き、どこに行くのかな?とこれからのことを考え出していた…………が、


「どうぞ我々をお救いくださいませ。」


…………男は騎士の礼をしたまま、そう告げた。


「す、救うんですか?」


王女は意味がわからず聞き返す。


「先程我々の仲間が街の少し離れた所で樹竜ウッドドラゴンを確認致しました。樹竜はこの街へと向かっており、このままだと街は壊滅を間逃れません。本来ならば、我々騎士だけで対応するのですが、なにせ相手が竜ですし、元々こちらに配備されていた人数も少ないので、止める事すらできないと思われます。そこで、王家の血を引く貴女様にお越し頂きたく。」


「あの、私聖女ではありますが、戦いに関してはただの小娘で、戦況が好転するなんて………。」


騎士は申し訳無さそうに言うが、彼女はその言葉の最後の部分が理解できなかった。


「僭越ながらお聞きしますと、王家の誓約をご存知ではありませんか?」


まるで知っているのが当然とばかりにララムナートが尋ねる。


「王家の誓約?」


だが、王女は生まれてこの方その言葉を聞いたことがなかった。

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