第67話 煙の中で

「ゴホッ……ゴッフ…」


僕は咳き込みながら廊下を進む。


自室は階段のすぐそこで、降りたら受付という非常に逃げやすい位置にあるのだが、僕は逃げ道とは反対方向。


つまり逆側の階段を目指して進んでいた。


「他の人は無事かな…」


意識せずに出てきたその言葉通り、僕は寮に住まう他の人の安否確認のため歩いていた。


廊下中に煙が立ち込めているため、短い寮の廊下も酷く長く感じられる。


「だ、だれか……」


「水よ来たれ!ウォーター!!」


部屋を出てかなり来て、不安になってきた頃。

そんな声が遠くから聞こえてきた。


ジャーという音とともに、煙越しに見えていた赤色が小さくなっていく。


そうだ、ここは魔法学校の寮。


みんな普通に魔法を使うことができるから、助けるまでもなかったのか。


その事実に、安心したような少し無駄足だったことを悔やむような気持ちになる。


…………まぁ、なにより人の命が大事だから。


僕はそう納得し、魔法の使えない自分がかえって足手まといにならぬよう、来た道を引き返そうとする…………


『た、助けて』


…………が、足を止めた。


僕の立っている場所の真横から、か細い助けを求める声が聞こえたのだ。


それは、僕の同年代か、もしくは少し小さな少女の声だった。


「誰かいるんですか!!?」


目を開けるとしみる程に煙が濃くなってきたので、目を詰まったまま手探りで壁を触り、ドアを探す。


「は、はい!!いまっ……ゲホッゲホッ…」


「っ!!」


部屋の中からパチパチと物が燃える音がした。


思えば、ここに近づくにつれて炎は増え、温度が高くなってきた気がする。


つまりは、ここが出火元。


今回の場合は引火だから少し違うかもしれないが、まぁここが一番火の勢いが強いのだ。


その部屋の中で叫ぶなんて、ハンカチで口を抑えている僕ですら声を出したらキツイんだから、かなり堪えるだろう。


少女がかなり危険そうなのを悟った僕は、体の動きを早め、ドアを探した。


「っ!あっつ」


やっとドアらしき窪みを発見したので、ドアノブを持って回そうとしたのだが、ドアノブは金属で熱を蓄えており、触れそうになかった。


「っ!!!!」


僕はハンカチで口を抑えながら、片手で剣を持ち、ドアに切り込みを入れて強引に中に入る。


「大丈夫ですか!!?」


さっきも言った通り、目を開けたら痛むのだか、少女の位置とこの部屋の間取り把握のため仕方なく開けた。


「こっ、こっち……ごぼっ…はぁ………で…す」


部屋の奥側、右手から声が聞こえる。


「こっち来れますか!!?」


「足を…こひっ………怪我してて………ゴボッゴホッ…」


少女は申し訳無さそうに、小さく言う。


会話をしながら部屋の状況を確認したので、間取りがわかった。


僕のところとほぼ同じで、入り口が狭く、奥に行くと広くなっているタイプだ。


少女がいるのは奥右手、火の元は幸いなことに奥の左手。


近いのは近いし、危ないのは依然変わらないが、それでも少し距離があるだけでまだましだ。


「こっ……ぶはっ………」


開け続けた目がとうとう悲鳴を上げ始めたので、目を閉じ、僕の得意とする感覚を頼りに進んでいく。


さっきみたいに迂闊に物に触れて火傷しないよう、壁やらは触らぬよう注意する。


「もう一度声を出してください!!」


かなり進んだと思ったので、確認のため声をかけた。


「は……っう……ゴボッフ……いぃ…」


そんな掠れ声が聞こえたのは真横のかなり近め。


「っ!!!」


僕は回復してきた目を開けて、再びあたりを見渡す。


火が近いだけあって煙も濃く、すぐそこだと思われる少女の影は見えなかったが、なんとなく指針は立った。


「僕が声を出しながら近づくので、一番近くなったら返してください!」


「はっ……い…」


少女のいくらか元気な声を聞いて、僕はあーと声をあげながら右へ進んでいく。


「あーーーー」


二、三歩進んだがまだなのか?


「あーーー」


「あっ……ひゅっ……ごっ……こ、こで…す。」


少女の声が本当に手が伸ばせば届きそうな位、近くから聞こえた。


目を開くと、飛び込んでくる灰色の中、少女の影が見える。


「行きますね!!」


「は……い…」


僕は手を伸ばして、小刻みに縦に振りながら近づいていく。


「っ!!届きました!!」


「あ、ありがとう…ござ…ふうっ…ごっ………います…!」


手に確かに少女の体温を感じた。


「この横って窓ですか!!?」


「そ、そうです…。」


僕は片手だけ触れていた距離から、更に一歩少女へ近づく。


「み、見えた!!」


体が接近し抱きつくか否か、ギリギリの距離まで近づいてやっと、少女の青い髪の毛が見えた。


少し申し訳なくなるが、緊急時なのでご容赦頂きたい。


「あ、ありがとうござ…います…!」


少女も僕のことが見えて安心したのか、泣きそうな声でこっちに来る。


「っ!!危ない!!!」


動き始めた少女の真上から何かが落ちてくる感覚がした僕は、声を上げながら剣を引き抜き、それを切ろうと振った。


「っ!!!」


何かを切った手応えのあと、感じる熱波。


ドカーンという音が複数回したあと、妙に静かになり、


「っ、ああぁぁあああ!!!!ぐぅあああ!!」


ーーーーそんな少女の叫び声が響いた。


「っ!!!!!!!!」


僕は目を開け…………そして固まる。


「う、う………そ……」


天井の装飾品であろう木のなにかが燃えながら、少女の片腕を押しつぶしていた。


「ぎゃぁぁあああああ!!!!うぐぅ!!!!!」


僕が動けずにいる間にも、少女は悲鳴を上げ続ける。


「ぐぎゃぁあああああ!!!!!!ぐわっ………あぁ………あ」


少女は一際大きく叫ぶと、糸が切れたように静かになった。


パチパチと左手から、物が燃える不快な音のみが聞こえる。


「あ、あぁ…」


数秒、数十秒固まったあと、僕はそんな嗚咽を漏らした。


「あぁ、あ、あぁ………ご、ごめんなさい……ごめんなさい…ごめんなさいぃ!!!!!」


僕が遅かったから、僕の声が小さかったから、僕の足が遅かったから、僕が剣のみで来たから、僕が、僕が、僕が、僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が…………………………………………僕が使


瞬時に襲いかかってきた感情の波に耐えきれず、僕は叫びながら、少女の腕に乗る木を自分の手が痛むことなんて気にせずにどかす。


「ぅ………ひぃ………」


時折息を漏らすだけの少女を木の下から引っ張り出して肩に担いだ。


僕はそのまま、横にあるであろう窓へ走っていく。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!!!」


パリーン


体当たりをすると、ガラスはいとも簡単に軽い音を上げながら割れた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………」


僕はただひたすらにその謝罪の声をあげながら、少女とともに地面へと落ちていった。


生暖かい外の空気の中開けた目に写ったのは、爆発を起こして燃えた、さっきまでいた部屋の姿だった。

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