第68話 壊れたレコード
Side魔王&フローラ
◇ ◇ ◇
「だ、大丈夫か!!!!」
突如燃えた寮からほぼ全員が避難したあと、いきなり火元の部屋から飛び出してきた男女に救急隊を兼任する大学職員は駆け寄った。
彼は、落ちてきた二人のうち女の方は片腕が焼けておりもう意識がないから、男の方に安否を確認したつもりだったのだが、返ってきたのは、
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………」
という謝罪の羅列だった。
「そ、その大丈夫だからね。とりあえず彼女さんはあっちの重症者スペースに連れて行くよ。おーい救急隊!こっち来て!!!」
男に話が通じないことを悟った彼は、一応確認の言葉を述べ、女を運ぶために同僚を呼ぶ。
「……こ、こりゃひどいな。」
駆けつけた同僚もひたすらに謝罪する男と、片手が焼けた女のカップルにそう感想を述べた。
「だよな。まぁいいから、こっちの女性運んじゃうぞ。せーのっ!!」
彼らは少女を布の簡易ベッドに載せ、運んでいく。
向かう先は重症者向けのスペースで、そこには治癒魔法の使い手がいるため、少女の腕が治ることはなくとも、これ以上ひどくなったり細菌に侵されたりすることはなさそうだ。
問題は、
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
壊れたレコードのようにただそれだけを呟いている
◇ ◇ ◇
「…………おい」
壊れた彼の横で、その光景を傍観していた一匹の
傍から見ればそれは男に投げられたように感じるが、実際には壊れた男の奥にいる魔王へとかけられた言葉である。
「おい……おい………おい!!」
返事がないことに苛つきながら、何度もそう言葉をかけているとついに、
『なんだい?』
少年の頭から半透明な影が分離したように現れ、そういった。
「…お前、これでいいのか?」
『なーにが?』
冷静かつ冷淡な言葉に対して、おちゃらけて返す魔王。
その二人の姿は、この焦げ臭い火事現場の中で明らかに異質だった。
「何が、じゃないだろ!!!!?」
『お~怖い怖い』
とうとう切れたフローラに魔王は変わらないおちゃらけた様子で返す。
「…………はぁ。お前のやり方が間違ってるとは言わない。お前なりの方針であり、やり方なんだろうし、お前はそれで強くなったんだろうしな。」
『…………』
フローラの冷静な声を魔王は黙って聞く。
「だから我も見守ってきた。…………だがな、流石にここまでだろう。」
言い切ったフローラに魔王は、
『まだ。まだもう少しだけ足りない。』
そう、否定した。
「普通のやつならそれでいいかもな。…………教育は、やり直しがきかなきゃだめなんだ。」
フローラの言葉は前後の繋がりが皆無だったが、魔王は理解したのか、頷くことはしなかったが目線をフローラの顔に向けた。
「見ろ、こいつの顔を。聞け、こいつの声を。」
魔王は言われたとおりに影を伸ばし、上から覗き込むようにしてレストを見る。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
いつの間にか涙を流し、鼻水を垂らし始めた彼は、それでもなお謝罪の言葉を止めることなく言い続けていた。
『…………狂ってるね。』
「あぁ、完全に逝ってる。これはもう戻れない、取り返しがつかない。…………普通は、な。」
その言葉に魔王はニッコリと笑うと、心底楽しそうな音色で返す。
『彼の場合は?』
「壊れるのが早い分、直せるかもしれないな。…………それも、今ならだが。これ以上放っておいたらそれも出来なくなる。」
フローラはそこで真下を向いていた顔をぐっと上げ、魔王を睨みつける。
「これでもお前は、止めないのか?」
その問いに睨みつけられたままの魔王は、暫し沈黙した。
『………私はしないね。一度与えた試練を変えるわけにはいけない。例え、戻れなくなったとしても。』
決意を持った表情でそう言った魔王にフローラはチッと舌打ちをして、
「ったくクソ野郎が。」
そう嫌そうな顔で吐き捨てた。
『おっ、やってくれる感じ?』
そんな魔王の煽りをフローラはガン無視して、壊れた少年の真ん前に立つ。
「レスト」
大きな声で叫んだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
しかし、少年は反応しないどころか、顔を上げることもせず、俯いたままだ。
「おい、レスト!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい………」
更に大きな声で呼びかけても反応なし。
完全に外界との通信を遮断して、少年は殻に閉じこもってしまっていた。
「レスト!!!!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………」
やはり反応なし。
呼びかける前と後で変わったことがあるとすれば、それは謝罪のスピードが上がったことくらいだろう。
「ったく、どうすっかな………」
普段の言葉使いとは到底かけ離れた声でそういったフローラは仕方がないと、再び舌打ちしてレストから少し距離を取った。
「死ぬんじゃないよ!!!!」
そう前置きした彼女は大きく息を吸って、
「はぁぁああ!!!」
叫びながら少年を蹴飛ばした。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごっふっ………うっ……ろ……!!!!!」
流石に少年もその痛みと衝撃で謝罪の声を止めた。
「おい」
少年を蹴飛ばしたフローラは仕切り直しと、再び声をかける。
「………………。」
謝罪の言葉がなくなった代わりに、少年は何も言わなくなった。
「おい、愚図が」
乱暴な言葉で少年を揺さぶろうとしても、
「…………。」
反応なし。
フローラはまるで石像か何かを相手にしている気分になる。
「おい馬鹿野郎、聞けよ」
「…………。」
少年は変わらず沈黙だったが、初めてそのうつろな目を上げた。
顔を上げたのが肯定なのか否定なのかは分からない。
だが、少なくとも彼に自身の声が届いてはいると分かったフローラは、膝をつき涙を止めようともしない彼の膝元へと歩む。
「……………。」
レストがぼーっとしているのを見て、フローラは先程までと一変。聖母のような慈愛に満ちた表情をする。
「あの少女を助けられなくて、悔しかったよな?」
「………。」
コクリと頷くレストに、フローラもまたうむと頷き返す。
「辛かったよな。申し訳なかったよな。苦しかったよな。切なかったよな。大変だったよな。いきなりこの世界に何もわからず連れてこられて、説明もなく命のやり取り。やっとの思いで倒したかと思えば、そこでもまた説明なく謎の力を手に入れさせられる。そんな右も左も分からない中お前はよくやったよな。ちゃんと生きたよな。ちゃんと救ったよな?」
少年の今までの行いを全肯定するその声に彼は、涙の勢いをさらに強くして激しく首を縦に振る。
『はぁぁ』
その様子に魔王は呆れたため息を漏らすが、フローラは変わらず優しげな表情で更に彼に近寄る。
「もういいんだ。もう戦わなくていい。もう安全だ。お前は十分頑張った。やりきった。終わりだ。もう終わりなんだ。だってそうだろう?お前が今までやってきたことは全て、全て、すべて、」
「……あぁ…」
少年は色を失った世界の中で唯一自分を全肯定してくれた彼女に縋るように、唸り、手をのばす。
「…すべてーーーー」
勿論彼女はそれを取るかと思われた…………
が、
「ーーーー無意味だったんだから。」
「エ?」
フローラは慈愛に満ちた表情から一変、怒る顔でも呆れ顔でも泣き顔でも笑い顔でもなく、ただただ見下すような表情で、彼の手を引っ叩いた。
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