第61話 キ ン ニ ク
「ハマった……みたいだな。」
思い通りに行ったというような優越感に満ちている顔。
普通なら不快になるが、なぜだか彼のその表情は只々彼が楽しそうという印象しか受けなかった。
「マッソ………」
それが彼の人柄から来るものか、それとも彼の内心が表れているからかはわからないが、僕はその顔を見つめる。
「心に響いたか?」
微笑を浮かべながら彼が投げかけた問に、まるで先人に教えていられているかのような強い説得感と納得感を受けた僕は、
「うん。」
と返した。
「そりゃあ良かった。…………で、まだ足りないのか?」
マッソはまた心配そうな顔に戻って言う。
僕の心のパズルはまだまだ未完成だし、彼はピースを与えてくれた。
「いや、もう大丈夫だよ。沢山ありがとうね。」
だが、更にアドバイスを聞いてもさらなる発展は見込めない気がしたし、他のピースはまた別の視点の何かだと思った僕は大丈夫だと答える。
「そうかそうかそれは良かった。…………あの、一つ付き合ってもらえるか?」
マッソは子供が悪戯を仕掛けるかの如く、無邪気な笑みでこちらを見る。
「?」
よく分からなかった僕は、とりあえず首を傾げる。
「さっきまでの言葉は、言っちゃえば自分が言われたことの受け売りなんだ!だけど、俺からも俺自身のやり方で伝えてみたいなと思って!!お節介かもしれんが聞いてくれ!!!あぁ…………」
元気にそこまで言った彼は更に口角を上げる。
「俺のはちいっと染みるぜぇ!!!特に身体にな!!」
言ってやったとばかりにガハハと笑うマッソ。
まだ何をするかは分からないが、彼が楽しそうで良かったので、僕もハハハと笑い返す。
「それで、何するの?」
一頻り笑った後、まだベッドで腹を抱えている彼に聞く。
「ガッハハ、俺めっちゃかっこよかっただろ!!?あぁ、やるのは簡単。レスト、ちゃんと立って腹引き締めろ!!」
そうだねかっこよかったねと適当にあしらいながらも、彼の言葉に従い壁から少し離れたところに立ち、腹筋に力を入れる。
「腹筋……ないな……」
ふと、お腹を触るとゴツゴツとした骨と僅かな肉の感触がする。
「脂肪もないけど、その代わりに筋肉もない………か……。」
結構頑張って動いてるんだけどなと、僕がお腹の贅肉をかき集めてプニっていると、
「ぶっ!!」
という噴き出す声が聞こえた。
声の聞こえた方に目をやると、
「ガハハハハハハハハハハ」
マッソが再び大声で笑っていた。
…………こんちくしょう!僕だって筋肉ほしいわ!!!
「アハハハ、ハハハ、ガッハハハ」
ヒーヒーと笑い声で消費した酸素を吸い込むマッソ。
というか、いつまで笑ってんだよお前!!
僕だって怒るときは怒るからな!!!
「いやぁ、すまんすまん!なんか面白くてな………ハハハ」
もはや笑いを止める気がない彼は、大きくベッドに沈み込んだ反動で起き上がった。
「じゃあ、お前のノー筋肉ノー脂肪の腹、引き締めろよ…………ガハハハハ」
こんのやろう、いつかなにか笑い返してやるっ!!!
「行くぞ」
真剣な声を出したマッソは僕の目前で手を構え、その笑いを一瞬にして収めた。
「ふんっ!!」
その言葉とともに放たれた突きは、僕のお腹の数ミリ前、あと少し動けば当たるくらいのところで止まった。
「どうだ?」
手を伸ばしたままの彼はそう問いかけてくる。
「どうだとは?」
ワッツ イズ ザ ドウダ ?
文法とかなんとか言われても僕は無視するが、気持ち的にはこんな感じだ。
なので、やはり僕は首を傾げる。
「まぁいい。次行くぞ!こっち来い!!」
いつのに移動したのか、部屋の真ん中あたりにある小さな丸テーブル付近で手招くマッソ。
「何するの?」
と近づいた僕が聞くと、彼はえらいぞと背中を叩いた。
まるで子犬の気分である。
「手を出せ!!腕相撲だ!!」
「腕相撲?」
ワイ イズ ザ ウデズモウ ?
…………流石に僕だって高校生だから、この間違いは分かる。文法以前の問題でおかしいのは一目瞭然。
でもまぁさっきも言った通り、気持ち的にはこんな感じなのだから仕方ない。
「これでいい?」
机の上に出された手を握り返した僕はそう尋ねる。
このテーブル、座っても立っても使えるくらいの高さなので、そこに肘を乗せるとなると体勢がキツくなる。
さっき馬鹿にされた通り僕には大した筋肉がないので、早く終わらせたいのだが。
「オッケイオッケイ、オフコースだぞ!!」
マッソは空いている左手をお互いの手を包むように乗せて開戦の合図をする。
「レディ、ゴー!!」
今ここに男同士の熱き戦いが幕を開けた。
「ふんぬぅ!!!!!」
声を上げ、本気を出すがその力量差は一目瞭然。
僕とマッソでは筋肉の量も質も違うので、圧倒的に不利になる。
「ふにゅぅうう!!!」
よくわからない鳴き声を発し、力を振り絞るが、ガッチリと組まれた彼の手が動くことはない。
クッソォオオオオ!!
僕は一種の恨みを込めた視線でマッソを見る。
…………何なんだよその顔ぉ!!!!
その顔を見た誰もがニンマリの効果音をつけるかというような、ねっとりとした笑みを浮かべた彼。
その姿に、僕はこんちくしょうと更に力む。
「えっ?」
もう僕のライフが0に近づいてきたその時。
神が僕に味方したのか、はたまた彼もまた限界なのかは分からないが、とにかくマッソの力が弱まった。
ーーーーこれなら僕でも勝てる!!!!
「はぁぁあああああ!!!」
最後のひと押しとばかりに全身全霊をその拳に込めた僕は…………
「ま、参りました。」
…………あっさりと敗北した。
「おつかれさん!!で、どうだった?」
お腹に寸止したときお同じ問を投げかけられた問いに、僕も前回と同じく言葉で答える。
「だから、どうだとは?」
「一瞬俺の力が弱まっただろ?」
確かに弱くなった。
だからこそ、僕はそのチャンスを見逃さず仕掛けたのだ。
「一時は勝利の一歩手前まで俺を追い詰めたが、その後お前はすぐに負けただろ?」
そうだ。
マッソの手の甲が机につくスレスレの、このまま行けると確信したときに彼は再び力を出したのだ。
「…さいですね」
お陰様でそこまでの僕の努力は無に帰され、あっさりと負けました。はい。
「これで身を持ってわかったんじゃないか?」
「何が?」
マッソがニヤニヤとした視線を飛ばしてくるので、僕は見えてきた彼の意図を無視してやった。
「つれないやつだなぁ。俺が言っちゃうぞ?」
「どうぞどうぞ。」
まるで僕が言いたいかのような物言いに、某熱湯風呂漫才師の様な返事をした。
「力が道具だということを伝えたかったんだ。さっき、俺はレストに当たらないよう拳を止めたが、あのまま殴ることだってできた。寸止めならお遊びで済むが、当ててしまったらそれは立派な暴行だ。それと、腕相撲で俺は端から圧勝できるのにも関わらず途中で手を抜いた。こんな風に力はその持ち主の思うがまま、良いようにも悪いようにも、強くも弱くも出来る。」
彼は切り替えの速さを発揮し、先程とは一変真面目に言う。
「なるほどぉ。」
「……てか、お前分かってただろ?」
じーーと僕を見つめるマッソ。
「ふい」
その視線から逃げるように目を逸らす。
「あっ!!お前目逸らすな!!!あと、やっぱわかってたんじゃないか!!!」
「まぁね。その……ありがとうね。色々と。」
糾弾の声を受け流した僕は、彼へ感謝を述べる。
「いや、なんのこれしき気にすんな!!!腕相撲は前からやってみたかったし!!」
マッソはフンと鼻息を吐いて、夜の蝋燭と月の光だけが頼りな中でも光り輝く笑みを見せる。
「本当にありがとう。」
僕は足に顔がつくぐらい深くお辞儀をした。
「いいっていいって。じゃあそろそろ、俺は帰るよ。じゃあな、長々とすまんかった。」
「いや、こちらこそごめんね。変な相談しちゃって。」
僕は顔を上げ、謝罪の言葉を述べる。
「謝らなくてぇーいい。俺ら魂の友、ソウルメイトだろ?」
片目ウインクでサムズアップするマッソは格好良かった。
「うん!!!!」
僕らは月の下、手を交わす。
握ったマッソの手は、ほんのりと汗ばんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます