第56話 来訪者 to Me

コンコンコン


さらに一週間が経った頃、部屋の扉がノックされた。


また先生かな?


そう思いながら、手に持っている剣を置き、扉を開ける。


「よ、よう!」


「どうだ、元気か?」


「お久ぶり!!」


元気いっぱいに挨拶をしてくる三人。

訪問者はマッソとフェルン、ヒスイだった。


「久しぶり。まぁ、元気だよ。」


どうぞ入ってといい、三人を部屋に上げる。


「じゃまする!」


「おじゃまします。」


「おじゃましま~す。」


生憎椅子がたくさんはないので、ベッドに座ってもらった。


「僕がいなくなったあと、どうなった?」


僕も椅子に座り、気になっていたことを聞いてみる。


「えっとね、生徒は先生の引率でその日のうちに学園についたかな。半分の先生たちは魔物の処理とか色々のためにもう一泊したみたいだけど。」


フェルン君が説明してくれた。


「そうなんだ。まぁみんな無事で良かったよ。」


「ホントそうだよねぇ。よく持ち堪えたって感じ。」


「一時はどうなることかと思ったけどな!!」


ウンウンと四人で頷く。

久々に人と話すのはとても楽しかった。


 ◇ ◇ ◇ 


「……あ、あの、少しレストと二人にしてくれないかな?」


そろそろお開きかと思った頃、ヒスイがそう言った。


「お、俺はいいぞ!」


「僕も大丈夫だよ。」


二人は何かを察したように、素早くじゃあねと言って部屋から出ていく。


「……………。」


「……………。」


生まれたのは沈黙の空間。


「……っ…その……」


気まずいので僕がなにか切り出そうとした時、彼女もまた口を開いた。


「あ、あのさ……その…」


「うん…。」


ヒスイが切り出そうにも言葉が出ないと言った感じで俯くので、僕はそう返すしかなかった。


「その……あの………あのね……。うん、そう。」


拳を握りしめて、顔を上げるヒスイ。


その勢いで宙に舞った髪の毛に夕日があたり、輝く。


「あのね、」


僕は彼女の決意を固めたその瞳から目を離せなくなっていた。


「うん。なに?」


彼女が望んで二人になったんだし、なにか伝えたいこととか言いたいことがあるんだろう。


僕も真剣にヒスイの緑色の瞳を見つめ返す。


「その…………あ、ありがとう。あの時、助けに来てくれて。」


「い、いや大丈夫だよ。」


ヒスイは下を向いて、両の手を弄りながらポツポツと言葉を紡ぐ。


「あの時、いきなり連れられて、とても怖かったの……。誰も助けてくれないと思ってて……でも何故かレストのことが浮かんできて………それで、本当に来てくれて。すっごく嬉しかったし、その安心したんだ。」


「まぁ、ヒスイが無事で良かったよ。」


こういうとき、自分の交流経験のなさが嫌になる。


もうちょっと気の利いたことを言ってあげられればいいんだけど……。


ヒスイは大きく息を吸ったあと、言葉を続ける。


「魔物と戦ってくれて、私をおぶったまま走ってくれて、そのなんだろう…………嬉しかったんだけど、それと同時に心配にもなったんだ。とても強いのは分かったけど、だからこそ無理をし過ぎたりとか、助け過ぎたりとか………。あー、なんて言えばいいか分からない。」


頭を思い切り下げて机に叩きつけてたヒスイは、そこからムクッと起き上がり、


「頼って!レストが私を助けてくれたように、私もレストがなにか困っていたら助けたいの。恩返しとか、助け合いとかそういうのじゃなくて、只単に友達として、頼って欲しい!!」


そう大きな声で言った。


「ありがとう。なにか困ったら頼らせてもらうよ。」


僕がそう返すとヒスイは顔を赤くして、


「あー、恥ずかしい。まぁ、そういう事だから。悩み事があれば迷わず言ってね。」


足早に部屋を出ていってしまった。


「お邪魔しました!」


という声の後、部屋の扉が大きな音を立てて閉まる。


「ふぅー」


人が居なくなった部屋の中、背もたれに寄りかかった僕は、息を大きく吐いた。


「困った事……かぁ…」


自分の胸に手を当ててみる。


感じるのは少し早まった鼓動と…………その奥のモヤモヤ。


ーーーー僕はこのことを彼女に話せるのだろうか?


「……………。」


その答えは、出そうに無かった。


 ◇ ◇ ◇


「再び失礼する!」


ヒスイが出ていってから少しして、マッソがやって来た。


「どうしたの?」


僕は椅子から立ち上がり、部屋の入口で出迎える。


「いや、俺も少し二人で話したいことがあってな!まずかったか!?」


ニカリと笑うマッソ。


その笑みを見せられた僕は、どうぞとしか言えなかった。


まぁ、今日はこれといった用事はないし、断る理由もないのだが。


「そこ座って。」


「うむ!!」


先程と同じくベッドに腰掛けてもらい、椅子に座った僕と向かい合う形になる。


「そのなんだ…………元気か!!?」


「う、うん。元気だよ。」


いつも直球のマッソにしては珍しく、少し言葉と言葉の間があいていた。 


「そうか!元気はいいことだ!!どうだ、この二週間なにかしてたか!?」


「特にこれと言ってしてないかな。」


世間話を続ける。


僕には彼がなにか本題を抱えているが、切り出せていないように思えた。


「俺はな、久しぶりに走り込みをしたぞ!!一時間走りっぱなしもたまにはいいもんだ!!」


ここの筋肉がぁとズボンをまくり、その鍛えられた足を見せるマッソ。


「っ!………」


彼は筋肉を見せたかったのだろうが、僕にはそれよりも、その足に深く刻まれた痛々しい生傷のほうが気になった。


「す、すまんな!これは、まぁ……その………」


マッソの言葉尻がどんどんと小さくなり、最後には黙り込んだ。


「……………。」


ゆっくりと顔を上げ、僕を見るマッソ。

初めて見る彼の真剣な目に、何も…………言えなかった。


「あの、だな、」


まくりあげたズボンの裾をゆっくりと戻しながら、小さくマッソは言葉を放った。


「俺はさ、最初お前のことと思ってたんだ。」


その語尾にはいつものハキハキとした言い切りがなく、真剣そのものだった。


「弱いってのは力の面もそうだが、何より心が弱いなと思った。でもその印象が宿で覆された。お前は………レストは俺が思っていたよりも格別に強く、」


マッソはそこで言葉を区切る。


その先の言葉が彼の口から溢れるまでの時間が、僕にはやたら長く感じられた。








「それでいて、














格段にんだ。」




……………………………十数秒。室内を沈黙が支配した。



「力は強かった。それこそ、俺らみんなでかかっても倒しきれなかったあのゴーレムを一撃で葬った程に。でも、でもその心は誰よりも弱かった。」


マッソは僕の瞳を見つめ、離さないといったように言葉を放ち続ける。


「『今話してる時間無いから、また今度。』そう言ったお前はあの虎とともに森へ入っていった。あのあと何があったのか、どんな戦いがあったのか俺は知らないし、想像もつかん。だが、一つだけ分かっていることがある。…………その後帰ってきたお前は、心が完全に壊れていた。」


確かにそうだ。

精霊王さんと虎の悪魔を倒したあと、先生の回収に向かい…………そこで心を病んだ。


「あのときのお前には、俺の言葉もフェルンの言葉も誰の言葉も届いていないように感じた。俺は、そんなお前を見て酷く後悔した。お前1人に途轍もない重りを背負わせてしまったこと。任せ過ぎてしまったことを。本当に……すまん。」


マッソは机に手を付き、深く頭を下げ、


「あのなレスト、」


そう言いながら頭を上げる。


「俺はお前が今まで何をしてきたのか、これから何をなそうとするのか。それを全くと言っていいほどに知らない。お前が語りたがらないから今まであえて聞いてこなかったし、この先もお前から話してくれるまで聞くつもりもない。…………だがな、相談くらいはしてくれてもいいんじゃねぇか?」


「っ!!」


僕は息を呑む。

乾いた喉がひどく痛むように感じた。


「俺たち友達だろ?打算とか、建前とか、見栄とかそんなもん置いておいて、心から、魂から話し合おうじゃねえか。お前が言いたくないことは言わなくていいし、俺が言いたくないことは言わない。信頼し合い、信じ合えるような関係。それが友達…………親友ってもんだろ?」


マッソはそう言ってニカッと笑った。

それは太陽のように暑苦しく、それでいて月のように優しかった。

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