第54話 THE PRINCE

「ふっ!!………はぁぁ!!」


訓練中なのだろう、戦闘時には出さないような大げさな掛け声とともに剣が空を切る音が響いた。


見えた金の塊は人の頭だった。


整った西洋顔と、雨にぬれても美しく輝く金髪。

彼は確か、エドワード・バモス・ヤフリオ。


僕が朝練していた時に戦った人であり、釣り大会優勝者であり、この国の王子様でもある。


「くぁ!!とぅや!!!」


大きく声を出しながら、太い西洋剣を振るう王子様。


とても絵になるなぁと思いながら僕はその場から立ち去ろうとした…………が、


「ちょっと待て」


と止められてしまった。


「………何でしょうか?」


僕は少し低めの声で答える。


「剣を抜け」


王子様はそう言って、今まで素振りをしていた屋根のあるスペースから僕のいる雨の当たる緩い土の地面まで歩いてくる。


その様子はまるで貴族が平民の階級まで降りてくるようでなんか嫌だった。


前は敬語だったのに、今はぶっきらぼうないい切りだし、心做しか睨んできているようなムッとしているような気がする。


「何故です?」


彼と僕が戦う理由がわからない。


前剣をかわした時はどちらも鍛錬に励んでいたし、そのまま模擬戦に行くのも流れ的に不自然ではなかったが、今僕はただ散歩していただけだ。


それに何より彼に戦う意味がないはずだ。


前に戦って僕が負けた。それはすなわち彼の方が強いということだ。


弱者と戦うことも必要ではあるがが、通りかかりの人を止めてまでやることではないし、強者と戦ったほうが良いだろう。


「良いから剣を抜け。言いたいことは剣で語れ。それが戦士だ。」


王子様はそう言い切るともう言うことはないといったように手足をゴキゴキ鳴らし始める。


………はぁ?


何なのこの人、王子様ってのは知ってたけど本当に王子様キャラなの?


「お断りします。」


僕は戦う意志も理由もなかったので、丁重にお断りした。


「じゃあいくぞ。」


王子様が剣を構えた。


………やはり外には出ないほうが良かったな。


そう思って僕は気怠げに剣を抜いて緩く構えた。


 ◇ ◇ ◇


「くっ!!!」


重量感のある剣によって僕の体が宙に舞う。


「…………。」


王子様は何も言わずにこちらを見下している。


戦いの結果というか、途中経過は圧倒的劣勢。


それもそうだろう。

だって、意図的に上手く痛くないくらいに負け続けているんだから。


「……もういいですか?」


僕はこちらを絶対零度の目で見つめる王子様に声をかける。


「……まだだ。」


王子様は剣を引き、突進してくる。


ーーーー面倒くさい。


魔法使ってこてんぱんに打ちのめしてやろうかと思ったが、やはりチート与えられた力を使うのは嫌だ。


剣では本気を出したら勝てはするだろうが、瞬殺はできないのでこうやって押され続けているのだが………。


この王子様全くやめる気がない。


なんだろう。幼気な少年をじわじわと嬲ることに喜びを得る変態なのだろうか?


「っ!」


口の端から息を漏らし、浮いた体の速度を土に靴を食い込ませる事によって受け止めた後、僕は王子様に再び言う。


「もうやめませんか?勝敗は明らかでしょう?」


「……そうだな」


ぶっきらぼうには吐き捨て、コツコツと王子様がこちらへと歩いてくる。


彼が剣を地面に置いたのを見て戦後の握手かと思い、自分の剣を腰にしまう。


…………が、王子様の手は僕の手を躱し、胸ぐらをつかみ上げた。


「…なんですか?」


少し苦しい呼吸の中、疑問の声を投げかける。

百歩譲って彼が負けたのならこの対応もわかるが、勝ったのだし怒ることないだろう。


「お前、ふざけてるのか?俺を舐めてるのか?」


僕を持ち上げたまま移動し、建物の壁に押し付けた彼はそう言う。


その声には明らかな憤怒が孕まれていた。


ーーーーそういうことか。


「なんの事ですか?」


彼の怒りの意味を理解した僕だが、わざとその怒りを逆撫でするようなことを言う。


「……やはり、ふざけているな。」


予想通り怒りを倍増させた王子様は僕を睨みつけてくる。


「僕はふざけてませんよ。至って真剣です。逆に戦いのあとにこんな仕打ちをするあなたのほうがふざけていると僕は思いますけど。」


多少自由な両手を横にして、やれやれと振る。


「……知らないことはないと思うが、一応教えてやろう。戦士同士の戦いで明らかに手を抜くというのは相手への最大の侮辱。あまつさえ、負けるとは言語道断だ!」


王子様はその声を荒らげて僕に非難の視線を浴びせてくる。


「そうなんですね。ありがとうございます。また一つ勉強になりました。」


僕はそう前置きしてから、小馬鹿にしたように鼻を鳴らして言う。


「まぁ、知ってましたけど。で、何か?」


王子様は目を見開く。


その瞬間、胸元の拘束が緩まったのを感じた僕は、体をしならせ彼の甲冑に守られた腹に蹴りを食らわせる。


「ぉふっ!!」


痛みはないだろうが、衝撃によって彼が声を漏らしている。


「とうっ」


腹を蹴った力のまま、王子様の頭上を通り抜けて拘束から逃れた僕は精一杯嫌味たらしく言う。


「手を抜いてたからって何ですか?何か問題あります?」


「……確かに問題はないが、俺が怒るのは当然だろう?まぁ、こちらから一方的に戦いを始めてしまったあたり私にも非はあるが。」


まだ怒りは収まりきったわけではなさそうだか、幾許かの冷静さを取り戻した王子様。


「まぁ怒ってもいいんじゃないですか?王子のプライドが傷つけられたぁとか、王子なのに舐められたぁとか御偉いさんに泣きつけばいいじゃないですか。きっと親身になって聞いてくれて、僕のことを捕まえようと動いてくれるでしょうね。」


ここまで言うが、別に僕は彼が嫌いなわけじゃないし、どちらかといえば、好きな方だ。


ならなぜ今こんなに強く当たって嫌味をたらしているかというと、それは全部八つ当たり。


たしかにいきなり斬り掛かってきたのはかなり嫌だったが、ここまで言うほど彼は悪くないし、僕も普段ならこんな嫌なヤツではない。


「……そんな告げ口のような事はしない。」


王子様は皮肉以前に、なにか言われたくないようなことを言われたというように顔をしかめる。


もしかして、彼は王子と言われるのが嫌なのかな?


「王子様と言われるのは嫌いですか?」


「……あぁ、そう呼ばれるのは嫌いだ。」


僕の問に、先程と同様バツが悪そうに言う王子様。


「なぜ嫌なのです?王子様なんてみんなの羨望の的じゃないですか?」


彼の嫌がる姿に、どこか自分と同じようなものを感じた僕はそこを深堀りする。


「確かに王子とは恵まれている。環境も血統も何もかもが一流だ。………だからこそ嫌なんだ。」


王子様ーーーーエドワードさんは手を強く握りしめた。


「俺が何しても全て王子。誰も俺なんか見ちゃいない。みんなを見ているんだ。………王子ならば俺じゃなくてもいい。俺がその立場である意味なんてないんだ。」


その言葉を聞いて僕は、あぁ彼も僕と同じなんだと思う。


それはある種の安心感だった。


自分以外にもこの悩みを持っている人がいる自分だけがおかしいんじゃないんだと。


…………でも、彼は言葉を続けた。


「だがな、俺は王子と呼ばれることが嫌な反面、誇らしくもある。」


「…えっ?」


彼は何を言っているんだろう?


王子という器でしか判断されないのにそれが誇らしいだと?


そんなの………


「例えば、俺は少し前に隣国との戦争を和解で止めた。その少し前には街で流行っていた病の治療法を見つけた。俺がそういった功績を立てるたびに連中はさすが王子と称賛した。俺はそれを聞いてまた王子かと思った。」


そうだろう。

やはり皆は器として彼のことを見て、彼自身のその立場も彼以外のもので代用がきくのだ。


「でもそれと同時にとてつもない誇らしさを感じた。与えられた王子という器、ミッションを完璧に遂行した上で、今までの王族が積み重ねてきたその器を少しでも、ほんの少しでも大きくすることができたのだ。……それは誇るべきことであろう。」


心底誇らしいと言ったように空を見上げるエドワードさん。


「う、嘘だ………そんなの……そんなのおかしい!!」


そんな彼を見て、僕は叫んでしまった。


だって、彼の言っていることがあまりにも理解できないから。


王子という器を大きくできたから誇らしいだと?


全くもって意味がわからない。


剣を拾ったエドワードさんは、ゆっくりと僕に近づいてきて、真横で立ち止まった。


「実を言うと手を抜かれたことはそこまで怒っていないのだよ。ただ、あの日あの時、絶望の淵にいた俺達を救った英雄が、死にそうな顔して歩いていたのが気に食わなかったんだ。そして、英雄が戦いで力を抜いてるのも又気に食わなかった。俺は君の力に羨ましいとまで思ったんだ。そんな君には常に上を向いてくれないと、君に憧れた俺まで腐ってしまう。」


そう言うと彼は優雅に笑った。


「僕は……僕なんかはそんな大層なもんじゃない。英雄なんて言われるような人間でもなければ、誰かに憧れるような羨まれるような人間でもないですよ……。」


僕はキラキラと輝く彼から目をそらして言う。


「俺には、君がどんな悩みを持って、どうしてそんな顔をしているのかはわからない。ただ、これだけは言っておこう。力は道具だ。人を守ると同時に人を傷つける。その道具を使って何をするかは、その人次第だよ。」


それだけ言い残して彼は去っていった。


「………そんなこと言われたって……」


倒れ込んだ地面から見上げた空は、やはり雨空だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る