6 王女と竜編
第53話 無言の……
「おかえり」
「…………うん」
学園寮の自分の部屋に入ったら、中にいるフローラが声をかけて来た。
その言葉はとても優しく温かかったのだが、僕はそっけなく返した。
僕と彼女のつながりだって、助けた助けられたという曖昧なもの。
正式な主従関係も契約もないんだから、言ってしまえばただの他人だ。
裏切らない保証もなければ、僕が裏切ってはいけないわけでもない。
「ふぃーー?」
スロが心配げな目でこちらを見てくるので、持ち上げてゆっくりと撫でた。
久しぶりに感じる、ひんやりとした程よい弾力。
スロは裏切らない………というか裏切ってきても簡単に対処できるということで彼を持ったままベッドに行く。
「……………。」
フローラは僕の雰囲気や少し早めに帰ってきたことから何かを察したのか、その後何も声をかけてこなかった。
◇ ◇ ◇
「……………」
翌朝、起きてもすることが無く、僕はただ外を眺めていた。
鳥が飛んだ。
木が揺れた。
花が踏まれた。
子供が倒れた。
そんな何気ない日々の何気ない一幕をボーッとただ見つめる。
フローラもニルもスロも魔王も賢者様も誰一人として喋らない。
僕に気を使っているのか、はたまた話すことがないのか。
どちらにせよ、彼らは言葉を発さない。
「……………。」
もう日が降りてきて夕方になりかけている時、僕はなにかしないとという使命感が沸いてきて、何となくそばにおいてあった剣を取る。
「…………」
無言で身体強化の魔法も使わずに剣を振る。
何も努力しないで身についた所謂チートと言われる超常的な力は使いたくなかったのだ。
分かってる。
僕が張ってるのはどうしようもない見栄だということを。
この世界に自分以外が来ていたら、ここに立っているのが僕じゃなかったら、なんて考えても意味ないんだ。
だってそうだろう?
あの有名な野球選手は毎日欠かさず練習をしているという。
そしてその努力によってとてつもない大記録を打ち立てているのだ。
毎日欠かさず努力をしようしても普通の人は出来ない。
どこかで妥協し、諦め、やめてしまうものだ。
一日だけ、一週間だけ、一ヶ月だけ、一年だけ。そう言って努力を諦める。
だから、それを続けた彼はトップアスリートであり、皆に尊敬されているのだ。
しかし、物理的には誰しもができることである。
毎日バッドを振る、球を投げる、取る。
そういった努力を繰り返していればいつかは上手くなるし、ずーっと続けていればプロにだってなれる。
野球の世界が簡単ではないのはわかっているが、それほどに努力の継続というのは強いのだ。
だから、彼以外の人でも毎日努力をすることができれば、あの大記録だって賞だって名誉だって手に入ったかもしれない。
ーーーー多分僕はそういったことを言っているのだろう。
頭では、理論では分かっているのだ。
でも、やはり心が納得というか何というか、こう、ストンと来ないのだ。
そんなことを延々考えながらも止めていないこの剣を振る動きだって、魔法の力によって身に付いたものなので言っちゃえばチートなのだ。
だが、直接魔法を使わないだけマシだと思った。
知識を手に入れたのはチートの力だが、それに体を合わせるため、力をなじませるために何千何万回と素振りをしたし、地獄のような鍛錬だってした。
おかげでそこそこには強くなったし、そこそこには戦えるようになった。
だから、だからこの剣を振る動きだけは、止めたくない。
◇ ◇ ◇
コンコンコン
学園について二日目の昼、部屋の扉がノックされた。
「はい」
小さく応えて扉を開ける。
「レスト、やっぱり先に帰ってたんだな…」
ノックしたお客さんーーーーテイチ先生が気まずそうに目線をそらす。
「はい」
「あのだな………その、すまんかった!!」
そう言って頭を思いっきり下げる先生。
「?」
僕は意味がわからず首を傾げる。
「お前にあの魔獣を倒させせてしまったこと、隠したかったであろう力を使わせてしまったこと、本当にすまない。しかも、うちの学園の教師がすべての原因であったのだから、なおさら申し訳ない。」
すまんと何度も繰り返して先生は頭を下げ続ける。
「はい。大丈夫です。」
できればバラしたくはなかったが、あの時力を使ったのは僕の意思だし、時間の問題でもあったと思うから、僕はそう返事をした。
「そ、そうか。そう言ってもらえると助かる。あっそうだ、体調はどうだ?」
戦った僕の体を心配してくれているのだろう。先生は傷だらけの指で僕の腕を触る。
「大丈夫です。」
戦闘中はかなり危うかったけど、精霊王の力や治癒魔法でいまは通常状態に回復している。
明らかに僕よりも先生のほうが重体だ。色んな所に包帯巻いているし、足元もおぼつかない。
「それは良かった。学園はいつも通り動くが、お前たちの学年だけは臨時で一週間休みだ。お前やマッソ、フェルンに至っては一ヶ月間の休養が言い渡されている。しかも強制でな。まぁ、ゆっくり過ごせや。」
先生はじゃあなと言って去っていった。
「…………」
僕は部屋の扉を閉め、早足気味に布団に飛び込んだ。
「……寝よ…」
まだ日は照っていたのだが、僕は目を閉じた。
◇ ◇ ◇
先生と会った翌日から僕は、朝起きて、剣を振って、腹が減ったら木の実を食べ、風呂に入って寝るという生活を送っていた。
『はぁ…』
魔王のため息が脳内で響く。
たまにフローラや魔王がこうしてため息やらを吐くこともあるが、基本僕達の中に会話はなかった。
僕が抱える悩み………というか、一生かけても答えられない問いかけみたいな物は消えるどころか、日に日に大きくなっている。
何度も日が昇り、沈みを繰り返して気づけば二週間が経っていた。
「外………出るか」
剣を振っている最中窓の外を見た時、不意にそう思った。
この二週間常に晴れか曇りだったのだが、今日は雨が降っている。
空気は湿り、外には誰もいなかった。
だから、久しぶりに外出してみようと思ったのだ。
外出と言ってもそんな大層なものではない。ただ学園の敷地内を歩くだけ。
「……………」
無言で剣を腰にさし、部屋から出た。
鍵はかけなかった。
「それでさぁ………」
「マジ!?……」
「でもねでもね……」
道中、女子生徒三人組とすれ違った。
三人組の彼女たちはとても楽しそうに談笑していた。
ーーーーいいなぁ。
そう思った心を即座に否定する。
他人を信じられず、自分の生き方すら、存在すら疑ってしまう僕に人と仲良くする資格はない。
だから、一人でいいんだ。
ザーザーと降り注ぐ雨の中、傘もささず、合羽も着ずに歩いて行く。
「…………」
かつて第三王女様と出会った小屋が見えた。
その小屋にはあの時と違って、人がいない。
王女様は元居るべき場所に完全ではないが戻ったのだ。
ーーーー僕も………戻ろうかな?
この世界よりも明らかに嫌いだった世界。
本来なら行きたくもないし、考えたくもないのだが、少なくともあっちにいたときには自分の存在理由や意味は考えなかった。
まぁ、あっちの世界では僕のように虐められている子は、居なかったしな。
いや居るには居たのだが、僕の目には入らなかったし、そんなことを考える余裕はなかった。
それに、そのポジションが自分以外の誰でもいいとかは考えなかった。
自分以外の誰かでもいいじゃないかとは何度も思ったけどね。
色んな要素を考えると、案外あっちの世界とこっちの世界はトントンなのかもしれない。
あっちは常に苦しみ、世界自体を呪っていたが、命の危機は無かった。ただただ不快だっただけ。
こっちでは、不快はほぼ無いし生を楽しんでいるが、命の危険とは常に隣り合わせだ。
常に真絹で首を絞められているのと、何時もは何もないがある時いきなり荒縄で首を絞められるのはどっちがいいのだろうか?
そんな事を考えながらボーッと歩いていると、視界の端に金色を捉えた。
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