貴族パーティー

「頼む!!立ってるだけでいい!!居るだけでいいんだ!!」


そう言って目一杯頭を下げるマッソ。


「でも、面倒くさそうだし………」


僕は目線を彼から反らしてつぶやく。


「頼む!!無茶な願いだとは分かってるんだ!!服などはすべて用意するから、お願いだ!!!」


マッソはついに土下座しそうなほどまで頭を下げた。


その姿を見た僕は、


「はぁ、わかったよ。ついていくよ。」


渋々その提案を承諾する。


「本当か!!!ありがとう!!!」


マッソが半泣き気味で僕の手を握って感謝の言葉を述べた。


なぜ僕達がこんなやり取りをしているかを話そうとすると、この世界の貴族ルールにまで話を戻さないといけない。


このヤフリオ王国は絶対王政。王族絶対!貴族絶対!の完全貴族制国家なのである。


社会に明確かつきれーいなピラミッドがあり、トップが王族、その下に公爵、侯爵などの貴族。そしてその下に平民、最下層に奴隷と区分されている。


そして、支配階級の王侯貴族達はその権力、財力を見せつけるため時折パーティーというものを開催する。


そのパーティーに我が友マッソが招かれてしまったのである。


マッソはトレーニング子爵家の長男で、今回招かれたのは公爵家主催のパーティー。


本来、マッソは呼ばれないはずだったのだが、仲の良い伯爵家の長男が直前で右足を骨折して、急遽代理で出ることになったらしい。


貴族のパーティーにはいろんなルールが存在するのだが、その一つに従者を連れてくるというのがある。


その従者は基本メイドでも執事でも誰でもいいのだ。


普通の貴族一人や二人の従者くらい所有している。


しかし、マッソは遠地の子爵家。


離れた領地からいきなり学園都市に従者を派遣できるほどの力はない。


だが、正式なパーティーに従者は必要不可欠。


その二つを考えた結果、僕に白羽の矢が立ったのだ。


同じ貴族のヒスイやフェルンくんを連れてけばと思ったが、なんでもルールで従者は貴族じゃいけないらしい。


本当に面倒くさいものだ。


「はぁ、貴族のパーティーね……」


その華やかな響きに、ここが異世界であると実感したのであった。


 ◇ ◇ ◇ 


「………ナニコレ」


パーティー当日の朝、僕の部屋に服が届いた。


いわゆる執事服というもので、黒と白、アクセントに赤を用いていい感じにまとまっている見るからに高そうな服だった。


大人の男用にしてはだいぶ大きく、僕のために小さくしてあるのがわかる。


「こんなの送られたらバックレられないじゃん………。」


僕は部屋でため息混じりにつぶやく。


「………頑張りますか。」


最低限マッソの顔に泥は塗らないよう善処しよう。


 ◇ ◇ ◇ 


「う………うそでしょ…」


レストが執事服を受け取ったのとほぼ同時刻、一人の少女もまた悩んでいた。


「わ、私がパーティーに出るなんて………」


彼女の名前はリリア・バモン・ヤフリオ。このヤフリオ王国の第三王女であった。


王女の身でありながら、表舞台に出ることができない事情のある彼女は、いきなり届いたパーティーへの招待状に動揺を隠せない。


「ど、どうしよう………」


そう言ってあたふたと狭い部屋を歩き回る彼女の手に握られているのは可愛らしいピンクの便箋。


送り主はこの国の公爵家であった。


内容としては、本日公爵家が主催するパーティーに出ないかというもの。


この公爵家は彼女を取り巻く事情を把握しており、そのことを不憫に思っていた。


なので今回、架空の男爵家の子女として自分の家のパーティーに招待したのだ。


問題にならぬよう、わざわざ当日に手紙が届くように手配し、お付きの者、洋服などなどを自家で揃えてまで。


彼女としてはその行為は嬉しくもあったが、それと同時に何してくれたんだという気持ちもある。


礼儀作法は一通りマスターしており、何度もパーティーなどに出るシュミレーションはしてきた。


だが、それを実際に行うとなると話は違うのである。


さらに当日の朝知らされたとなると、怒りたくもなる。


恨みを込めた目線を公爵家に手配されたメイドに送るが、帰ってくるのはニコリとした見事な微笑みのみ。


「………まぁ、がんばりますか。」


彼女もまた、出るからにはちゃんとしようと心を引き締めたのであった。


 ◇ ◇ ◇ 


チャンチャラチャンチャンチャラチャン、チャカチャンチャンチャン


豪華な建物の中で響く楽器の音。


「オホホホホ」


「あらあらまぁまぁ」


「ウハハハハ」


2.3人でまとまるこれまた豪華な服を着た、偉そうな人々。


……………胃が痛い。


執事服が届いた夕方、マッソに迎えられてこの豪華な建物までやってきたのだが、


「………マジパネェ……」


僕はそうそうに自分の場違いさに胃がキリキリとした。


さっき一通りの挨拶はマッソとともに済まし、今は完全にフリータイム。


マッソは仲の良い貴族と談笑をしている。あいつ筋肉以外のこと話せたんだな。


そう少し感心しつつ、僕は忙しそうに歩き回るウェイターさんから飲み物の入ったグラスを受け取る。


このパーティーは自由なもので、挨拶さえすればあとはお好きにどうぞな立食式。


「どれもこれもお高そうなこと。」


僕は部屋全体を見渡してつぶやく。


彫刻がされた白い壁、絵の描かれた天井や床に、シャンデリア。


長テーブルに並ぶのは、明らかに庶民の食べ物とは一線を画したオシャンティーな料理たち。


こんなちまちまとしたものいくら食べても腹はふくれんだろうに。


「それでですねぇー、私の夫がぁ、」


「これはあの通りのお店の新作バッグでぇー」


「いやいや、そこは我が子爵家……」


………はぁ


聞こえてくる大人たちの自慢話にとうとう耐えきれなくなった僕は、その空気感から逃げるようにバルコニーに出る。


「っ……!」


あっぶない。


バルコニーに出た瞬間に吹いた強風に、手に持ったグラスを落とすところだった。


僕はしっかりとグラスを持ち直し、バルコニーの端により掛かる。


部屋の中に目をやれば、ニタニタとした顔でごまをする人や明らかに下世話な話をしている人など醜い貴族たちの姿がうかがえる。


僕はその姿にどの世界も一緒かと苦笑いし、


「「はぁ」」


と、溜息をついた。



…………え?


僕は己の溜息と重なった声の主を見ようと、右を向く。


「っ!!!」


そこには、純白のドレスを着た第三王女様がいた。




 ◇ ◇ ◇





夕方、使いの馬車が来るまでその日をそわそわと過ごした第三王女リリア・バモン・ヤフリオ。


彼女は馬車に揺られつつ、公爵家から届けられた、白と金色の布が何十にもかさなった重いドレスの裾を撫でる。


「なれないなぁ……」


普段着ているのは布一枚ペラのお世辞にも豪華とは言えないようなワンピースだ。


それに慣れてしまっている彼女は、いきなりこんな豪勢なドレスを着させられても、戸惑うだけである。


「つきました。」


「ありがとうございます。」


学園都市のほぼ中心部に位置する、舞踏場の前に止められた馬車からゆっくりと降りようとして………慌てて出てきたメイドに止められる。


「お嬢様、お手をどうぞ。」


そう言って恭しく手を差し伸べるメイドと彼女の関係は主従といった設定であり、メイドからお嬢様と呼ばれているのだ。


その呼び方になれないなぁと思いつつ、リリアはありがとうと言いながら手を取り、地面に降り立つ。


彼女の動きに合わせて揺れるドレスと相まって、彼女はまるで人間界に現れた妖精のようであった。


「こちらへ。」


「え、えぇ……。」


メイドとぎこちない会話を交わし、会場へと足を運ぶ。


男爵家といった設定なので本来なら挨拶回りに忙しいはずなのだが、この会の主催者の公爵家が彼女のこと承知しているため、その役目を果たさなくてもすむのだ。


「うわぁ!きれい…」


リリアは天井から吊るされた特大のシャンデリアと、壁に描かれた女神の姿を見て感嘆の声を漏らす。


もう何年も引き籠もっていたので、他の貴族からすればまぁまぁという装飾でも、彼女にとっては心動かされるものなのだ。


「このお料理も、このお飲み物も、この椅子も机も全部すごいわ!」


本来高い語彙力が幼児レベルまで低下し、彼女は子供のようにその部屋すべてのものを輝かしい目で見ていた。


そんな彼女の姿に貴族の男性たちは心惹かれ、女性たちは微笑ましい光景だといった目線とともに嫉妬の眼差しを向ける。


「お、お嬢様……」


「ねぇ!すごくないですか!!」


注目されていることに気づいたメイドが忠告しようとするが、興奮しているリリアは聞く耳を持たない。


「え、えぇ素晴らしいと思います。ですが、お嬢様もう少し落ち着いてくださいませ。」


なるべく穏やかに優しく彼女を宥めたメイドは、自分が王族相手に話していることを再確認し、冷や汗をかく。


「そ、そうね………少し目立ってしまいましたね。すみません。私はあくまで一男爵令嬢。注目されるわけには………」


だが、その心配は杞憂である。


何故なら、リリアはとても賢い王女様。

自身の置かれた状況や、してはいけない事柄などをよく理解している。


メイドの忠告が適切なものだと受け入れ、逆に謝罪まで返すのであった。


「脇にそれますね。」


「そうしたほうがよろしいかと。」


メイドに声をかけたリリアはドレスの裾を持ち上げ、壁際まで歩く。


「はぁ…」


移動するだけでも一苦労だと、ドレスから手を離した彼女は壁に見を預け、会場を見渡す。


「いやはや……」


「オラホホホホ…」


「あらあらねぇねぇ……」


聞こえてくるのは貴族たちの愉快な声、見えるのは金殿玉楼。


誰もが憧れる輝かしい貴族社会に、リリアは自分が浮いているのではという強烈な疎外感を感じた。


「…………」


彼女は縋るように隣のメイドに手を伸ばすが、


「っ!」


その手は虚しく空を切った。


「そうか………そうだよね……」


少し前お花を摘むと言ってメイドは離れていたのだ。


物理的にも精神的にも独りぼっちになってしまった彼女は、少し前まで好ましく感じていた輝かしい光景が今度は己を呪うようなものに感じられ、


「……ぃ……い…や………」


拒絶の声をか細く上げて逃げるようにバルコニーへと出た。


「はぁ、はぁ…」


重い服を摩って動いたので数メートルの移動でも息が上がってしまった彼女は、胸に手を当て冷たい夜風を撫でる。


「オホホホホホ…」


「ですねですねぇ……」


「我が伯爵家とのお取引が……」


部屋から逃げ出し、外を向いたので目に見えるのは街の夜景だが、耳から聞こえてくるのは相変わらず嫌な笑い声。


リリアはその声からは逃げられないのかと若干諦め気味に、


「「はぁ」」


とため息をついた。


…………自分の高めの声に重なって響いたため息の主を見ようと、彼女は左を向いた。


「えっ!!!」


その姿を捉えた彼女は思わず声を上げてしまった。


だってそこには、彼女の英雄命の恩人がいたのだから。


 ◇ ◇ ◇ 


ーーなにか言わないと。


彼女はそう思っていたが、いざ口を開こうとすると開かなかった。


「あ……ぁ……」


やっと振り絞って出てきたのはそんな情けない喘ぎ声だけ。


己の目と、彼の目はしっかりと合っているはずなのに声が、最初の一言がかけられない。


リリアがしばし見つめていると、不意に少年は優しい顔で微笑み、言った。


「初めまして、私トレーニング子爵家の者であります。」


「は………はじめまして………」


リリアはその言葉に動揺が隠せなかった。


人違いなのだろうか?


ニッコリとこちらを見つめる少年の顔を見るが、明らかにあのとき、あの花を置いていった優しい魔王と瓜二つであった。


なら、彼はわざと知らないふりをしている?

それとも、ただ単に気がついていない?

もしや、忘れている?


グルグルと頭の中を色々な考えが巡る。


「あ、あの……」


そして最終的に出てきたのは、


「私達以前どこか会いませんでしたか?」


と言う疑問の文だった。


彼女としてはこの質問に彼が、『もしかしてあの時!』と返してくれることを願っていた。


だが、少年はコテンと首を傾げ、


「はて、お会いいたしましたでしょうか?こんなに麗しい姫君とお会いしたならば覚えているはずなのですが。」


と、とぼけてみせるのであった。


「そ……そうですか…。………なんかすみません。勝手に勘違いして。」


リリアはガッカリとした表情で頭を下げる。


彼が忘れているわけではないことがわかってしまった以上、その他の選択肢は………つらすぎる。


だがら、リリアは彼と英雄魔王は別人だったのだと己を納得させたのだ。


「はぁ……」


彼女は人と話してるのにため息をつくのは良くないことだとわかっているのだが、落胆の色が隠せない。


彼が、あの優しい彼が再びこのピンチと言ってもいい強烈な孤独感を埋めてくれるのかと思ったのだが………。


「はぁ………」


何度目かの溜息を吐いた直後、彼女の体が宙に浮いた。


「え!?えぇ!!ちょ……!」


リリアのことを抱きかかえながら空中で回転し、見事にバルコニーに着地し直した彼………子爵家のおつきの人はバルコニーの柵に刺さったナイフを抜いて部屋の中を睨みつける。


「す、すまん!!私達の喧嘩が大きくなりすぎたようだ!!」


その睨みに耐えきれなくなったのか、小太りのおじさんとやせ細ったおじさんのペアが頭を下げながら出てきた。


「どうぞ、お気をつけてくださいね。」


子爵家の彼はナイフをピュッと華麗におじさんの足元に投げて返す。


「す、すまない。」


おじさん二人はもう一度ペコペコしてから、パーティーの方へと戻っていった。


…………なるほど。

やっと状況が理解できたとリリアは頷く。


部屋の中の貴族同士で喧嘩が発生。


それが大きくなりついにはナイフを使ってしまった。


そしてそのナイフが運悪いことに私の方向に飛んできた。


私が落ち込んでいる間、注意力が落ちていていて飛んでくるナイフに気が付かなかった。


危ないと判断した彼が私を抱き上げて、回避してくれた。


ということだ。


…………また、助けられてしまった。


リリアはその思いを即座に否定する。


彼とは今日初めてあった。彼とあの人は別人!


彼女が必死にそう心の中で唱えていると、少年は再び小さく笑う。


「っ……と!!」


ずっとバルコニーにいて夜風に当たっていたので、体が冷えてしまったらしい。


リリアは下から吹いてくる風に体を縮こませる。


「ふんふふん♪」


少年が気分が良いといった感じに鼻歌を歌いながら、その豪華な装飾のされた高そうな上着を脱いだ。


「ふんふふふん♪」


ちょうどリリアの前を通りかかるかというとき、少年は手に持っていた上着を彼女にかけた。


「ふんふん♪」


「あ、あの……!!」


彼女は彼にかけられた優しさに背中を押されるように意を決し、離れていく彼に声をかける。


「はい?」


少年は小さく振り返り、彼女のことを見つめる。


その瞳はまるで話しかけられることがわかってたかのようだった。


「あの……その………。な、名前!!あなたのお名前は!?」


リリアが大きく叫んだその言葉に、少年は顎に手を当てしばし考えて、


「そうですねぇ…」


といたずらっ子の笑みを浮かべた。


「魔王ですよ」


「っ!!!!」


少年はそれだけいうと、ひらひらと後ろ手を降って階段を降りていった。


「ま、まって!!!」


彼女は急いで追いかけるが、重いドレスやハイヒールのせいでスピードが出ない。


「っな!!!」


ようやく階段についた頃には、少年の姿はどこにもなかった。


「ま……おう………」


少女のそのつぶやきは夜の風にのってどこかに消えてゆくのであった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

注※記念ssはもしもの話であり、本編に影響を与えるものではありません。

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