第51話 魔王の思考と嘲笑い

『大丈夫かなぁ?』


魔王は暗い空間の中で考えていた。

彼は死ぬはずだったがレストの魔法により、レストの視覚や聴覚などを共有して、その精神体だけは生き延びている。


レストの目線で宿から放置していた戦犯ターシャ先生を回収するために沼へと向かっている様子を見ながら、魔王は思う。


『英雄っていうのは大体1回目の大きな戦いのあとグンと上がるんだよねぇ。そして、2回目の戦いのときに己より強い敵に出会ってズンと下がる。』


それは英雄の法則と呼ばれるものだった。


1度目で己の力を過信した英雄たちは、2度目の戦いで己より強いものを見て、その高くなった鼻をおられるのだ。


『彼はもとからデリケートな精神状態だからねぇ。誰かにそこをつくような言葉をかけられたり、そういう状況になったら他の人よりも大きく沈んじゃうだろうな。』


魔王の言う通り、レストの精神状態はこの異世界に来てからずっと不安定であった。


戦いを繰り返し、生と死というものを身近に感じ続けている彼は元々の環境と合わせて、精神が安定しないのだ。


それは、この事件を解決した今も同じである。


今まで全否定されていた己を、皆が認めてくれているこの状況。


彼の心は今、とてつもない承認感と、認められたという幸福感、高揚感がその殆どが締めていた。


だが、それは一時的なものである。


麻薬と同じで、承認欲求と言うものは一度得てしまったらなかなか止めることができないのだ。


もっともっと認められたい。褒められたいと思い、自分の力を見間違ってしまうことがよくある。


『フフ』


魔王は静かにニッタリと笑った。


彼がその境地を乗り越えたとき、どれほどまでに強くなるのか。


魔王の考えの中に多くの英雄たちと同じようにレストがくたばってしまうということは含まれていない。


彼がその壁を乗り越えると信じてやまないのである。


 ◇ ◇ ◇


Sideレスト



来たときとは違い、なにかに追われているわけでもないので小走り程度の速さで沼へ向かった。


「あ、無事だったんだ。」


最初に比べ随分と減ったが、まだそこそこの数の魔物が道にいたので、結界も危ないかとおもっていたが、先生を守る結界は多少傷がついているもののしっかりと機能していた。


奥に見える虎の沼や天使の湖は、元の穏やかな姿を取り戻している。


「さてと、起きて下さーい。」


結界を解いた僕は先生の前に座り込み、その頬をペチペチと叩く。


「……ん………っうぅよく寝たぁ……あ……ぁ?…!!!!???」


先生はたいそう驚いた顔で飛び退こうとするが、手を木に縛られているので、木の幹に体を打ち付けた。


「な、なななんで、お前が生きているんだ!!虎の悪魔は!!!?どうしたんだ!!!」


先生が取り乱し、一息で叫ぶ。


「倒しましたよ。」


簡潔にわかりやすく伝えたつもりなのだが、先生にとってそれは受け入れられないらしく、数回瞬きをして、また叫んだ。


「ううう嘘だ!そんな事があっていいわけない!悪魔だぞ!?かつて英雄を倒した悪魔だぞ!!?お前なんかが倒せるわけない!!!」


「そうかもしれませんが、現に僕はここに居ますし宿は無事ですよ?」


なんだろう、この人の相手をするの面倒くさいな。


いっそのこと気絶でもさせて宿まで運ぶか?


僕は右からウサギ型の魔物が突っ込んできたので、それを魔法で撃退しながら思う。


「な、何なんだお前は!!!?その強さあり得ない!!!」


あの兔はかなり強かったらしい。先生はその光景を見て僕を恐れるように叫ぶ。 


僕の強さか。


基本にあるのは賢者の職業ジョブと、全属性全範囲全魔法術の能力スキルで、その上に剣の技術とか魔法の鍛錬とかがある感じかな?


そう考えた僕は告げる。


「貰い物の力ですかね。この力は拾ったみたいなもんですよ。それを使いこなせるように頑張っただけです。」


僕はあの悪魔を倒した力が全部自分のモンとかいう自己中野郎ではない。


また叫ぶんだろうかと先生の方を見ると、何故か肩を震わせて嘲笑わらっていた。


「そうかそうか、お前もそういう奴か!キャハハハハハハ!!!」


大きな笑い声を上げ、さっきまでと一変僕を下に見ながら先生は叫ぶ。


「お前もアイツラとおんなじようなもんか!!よかったなぁ!?貰えたんだろその巨大な力を!!?他人から与えられた力をふるって見る景色は美しいですかねぇ!!??」


僕はその言葉に黙り込む。


先生はそれを効いていると思ったのか更に続けてくる。


「生まれたときからすべてを持っていてさぞかし楽しいでしょうね!!?羨ましいですよ!!!お貴族様!!!」


僕には関係ないことなのだ、こんなのに心を動かされる必要なんてないのだ。


そう思っているのに、何故か声が出た。


「違う、生まれたときから恵まれてるわけじゃない!どん底から自分で這い上がってきたんだ!」


対抗するように叫んだ僕は、先生の顔が更に楽しそうに歪むのを見て背筋が寒くなる。


「自分で這い上がってきただと!!?ハハ笑わせないでよ!!その力は誰のもんだ!?お前が努力して手に入れた力か?違うだろ!気づいたら手に入っていた貰いモンの力じゃないのか!?お前はその力を自分のものだと勘違いして、それで他人に褒められていい気になってんのか!?ハッばっかじゃねぇの!!??」


何なんだこの感情は?


先生の叫び声を聞いていると何故か心の奥をドロドロとした感情が渦巻くのだ。


確かに僕は偶然得た力で戦っていたのかもしれない。


でも、その戦いは僕にしかできなかったはずだ。

力があれば誰にでもできたわけじゃない、僕にその力があることに意味があるはず。


僕はそう自分を落ち着かせようとするが、先生はその心をぐちゃぐちゃにかき混ぜるように叫ぶ。


「お前が手に入れた力は確かにすごいかもしれないが、それはお前である意味はあったのか!!?整った環境に強い力。それらがあれば他の奴らだってできたことだろう!!?何が自分は特別だ!そんなのお前じゃなくてもできたんだよ!!」


「ち、違う!!!」


僕は頭に手を当て叫んでいた。

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