第50話 朝は変わらずやってくる

「ん、うぅ……」


目を開ける。


朝焼けの微かな明るさから、遠くまで見えるはっきりとした明るさへと変わっている。


太陽はまだまだ傾き気味だからそこまで寝ていたわけではないみたい。


「起きたか。」


僕は寝たまま首だけを動かし、言葉の主の方を見る。


小さな体、絹のような髪、整った顔。

うん。間違いなく精霊王さんだ。


「おはよう御座います。」


僕は手を組んだまま上に持ち上げ背伸びをし、立ち上がる。


「おはよう。体は大丈夫か?」


「た、多分大丈夫です。」


一瞬だけでも穴が空いた脇腹を見る。

ちゃんと塞がってるな。


「そ、そうかならよかった。我も、すこしやすも……う………」


そこまで言って精霊王さんは倒れる。


「せ、精霊王さん!!」


僕は急いで駆け寄る。


「すぅ……すぅ……」


「な、何だ寝てるのか。」


姿が見えなくなったあとすぐに寝息も聞こえなくなり、下を見れば青い水晶が落ちていた。


この中で休んでいるのかな?

そう思い、水晶を拾ってポッケに入れる。


彼女は久しぶりに封印を解かれた後、力を使われて、さらに最後には手助けもしてくれていたんだ。疲れていたのだろう。


ってかそれなのに僕が目覚めるまで起きてくれていたのか。


「はぁ、なんか普通からどんどんと離れていってる気がする。」


僕はぼやきながら地面に座り込む。


『今の君の肩書を羅列すると、現魔王、転移者、賢者、魔王爵、悪魔殺し、神獣の主、精霊王の契約者。あと魔法学園の一年生だったっけ?』


「なんだろう、こう見ると転移者がしょぼく見えてくる。凄いはずなのに。」


この世界ではない所から来て、違う世界の知識を持っているというのは素晴らしいことだと思う。


魔法と剣が戦の主流のこの世界で、火縄銃とか爆弾とか、そういう科学の兵器を作れたら無双できるのだろう。


あとは、政治で内政チートとか出来たりするのかな。


いや、今はそんなこといいんだ。


考えねばならないのは、これからの対応。


僕の力を公衆の面前で晒してしまったわけだし、望んでいた平穏な暮らしからは離れていくこと間違いなしなわけだ。


学園に戻る→学園長に呼ばれる→王様に呼ばれる→爵位を貰う


のテンプレ王道ルートが見えてくる。


…………逃げてもいいですか?


本当に逃げれたらどれだけ楽なものか。


学園にはフローラ親子とスロがいるから、ちゃんと戻って回収しないといけないし、一応友達と呼べる人ができたんだ。大切にしたい。


「どうしようかなぁ……。」


今になって先生たちの前で力を振るったのが悔やまれる。


いや、あれ自体は後悔していない。


みんなの命を守るためには手加減とか調節とかできなかったし、何よりあのときは時間が無かったから。


「でもねぇ、もっと何とかできたんじゃないかなぁ。」


思えば不可解なところはいくつもあったのだ。


話してもいないのに論文について聞いてきた先生や、風呂上がりにすれ違ったときにたくさんのポーションを持っていたこと。


居なくなったヒスイや、この辺の名前の由来等など振り返ればいくつものヒントがあった。


「まぁ、起きちゃったものは仕方ないか。」


いい感じにマッソに手柄をなすりつけよう。僕はそう決心し、置いてきたターシャ先生を回収するため走り出した。


 ◇ ◇ ◇ 


「うぉぉぉおおおお!!!」


「食え食え食え!!!」


「勝利の飯だぞ!!!!」


……………ウゲェ


虎の沼で向かう途中通りかかった宿が随分と盛り上がっていたので、覗いてみた。


………覗いてしまったのだ。


宿では、祭りが行われていた。


比喩でもなんでもない。本当に祭りだ。


若い先生たちが肉を焼き、戦った先生たちはもちろん、逃げるのが遅れた生徒たちや宿の人たちなど、そこにいる人たちみんなで食ったり飲んだり踊ったりのお祭り騒ぎ。


いや、それはいいことなのだ。

魔物の大群に勝ったんだ誇っていいし、盛り上がるのも当然だ。


僕はそこで宿にかかっている横断幕を見る。


『英雄レスト万歳』


…………まじ、逃げていいかな?


なんでそんな文字書いちゃうかなぁ!


「レストっ!レストっ!レストぉぉおおお!!!!」


おいおい叫ぶな叫ぶな。人の名前を呼ぶな。


「俺のレストぉぉぉおおお!!!」


おいお前、誰がいつからお前のもんになったんだよ。


みんなのレストくん………でもない。僕は僕のものだ。


真面目に英雄とかやめてくれ。ただでさえ魔王とか賢者とかなんとか肩書き多いんだから、これ以上増やすな。


というか、もうマッソになすりつけられないじゃん?どうすんの?マジで王様に呼ばれちゃうかもじゃん。


「まぁでも悪い気はしないかな。」


僕は小さく呟いた。


目立ちたくない、平穏に暮らしたいという目的は学園生活早々打ち砕かれたが、みんなに認められたり褒められたりするってのは、まぁ案外存外悪くないものだね。


『やっぱ君ってツンデレ?』


おい魔王、やめろ。僕はツンでもなければデレでもない。


というか、今そんなに話すのなら戦いのときに喋ってくれ。


今回はマジでやばかったんだから。


『でもなんだかんだ勝ってたじゃん?』


いや、結構紙一重だったんですよ。


走るのが遅かったら追いつかれてたし、精霊王さん説得できなかったら死んでたし、マッソや先生たちが抵抗してくれてなければ宿は壊れてたし。


『まぁ終わりよければすべてよしだよ。』


「さいですか。」


僕は適当にあしらって走り出した。


宿の活気はまだまだ冷めなさそうだった。


 ◇ ◇ ◇ 


「あの子、駄目だったか。」


朝日に照らされる街の景色を見ながら、男は一人つぶやく。


「グ、グワィ………グッエェ……」


その隣には、真っ赤な巨体の怪物が虚ろな目で佇んでいる。


「まぁ、あの子はいっか。貴族に恨みありそうだからちょちょいと計画に組み込んだだけだしね。本命はこ・の・こ。うふふ、頑張ってねぇ!!」


「グゲェオ………グォ………」


男が話しかけても怪物は口の端からよだれを垂らし、空のどこかを見つめるのみ。


「君はどんなふうに踊るのかなぁ?ふふふ、ファイトだよぉドラゴン君♪」


彼は空に浮き、ドラゴンの頭を撫でた。

その時、街に大きな音が響き渡る。


ウウウゥゥゥゥーーーーー!!!!


それは火事が起こったことを知らせるサイレンだった。


街ではたまに火事が起こる。だから、そのことをこれによって知らせ、周りの住民などに避難を促すのだ。


人々はそのサイレンをうるさく思いながらも、いつも危険を知らしてくれているので感謝をしていた。


ーーーーだが、その男にとってはうるさいだけだった。


「せっかくさぁいい気分だったのに。あぁ萎えた萎えた。ふん!」


男は街全体を睨んだあと、鼻で小さく笑い指をパチンと鳴らす。


ウウウゥゥゥゥーーーーー!!!!


街に二回目のサイレンが響き渡った。


火災が起きたのは街の端の一角だった。そこそこの人数が住んでいたので、死傷者も多く出た。


だが、その火災を起こした張本人は愉快に歌いながらに空を飛んでいる。


その歌は男がよく口ずさむものだった。


「ワイズマンは大賢者♪

 大賢者はかしこきもの♪

 なんびとより深く♪

 なんびとより広い♪

 思考を持つもの♫♪」


 ◇ ◇ ◇  


世界は動き始めたばかりなのだ。


とある少年を目指す、

とある集団の、

とある幹部の、

とある策略はここからが本番なのだ。



精霊はもう歌い始めた。


ーー世界は崩壊しないかもしれないと。


ーーー世界の運命は一人によって決められると。


ーーーー世界の時は未だ止まったままなのだと。

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