第48話 なんでそんなに

「契約はします。」


僕は今一度強く言う。


「な、なんでだ、殺されるかもしれぬのだぞ?」


いや、殺そうとしてるのはあなたでしょうなんてツッコミはしない。


今にも泣きそうな顔で僕のことを見つめる精霊王さん。

その拳に目をやれば、薄っすらと血の代わりなのか水が垂れてきている。


「あなたは何百年も封印されていた間、ずーーーーと考えて来たんですよね?どのように裏切ろうか、どのように仕返しをしてやろうか、人々を殺戮しようか、世界すらも壊してしまおうか……と。」


逃げるように目を背けるように精霊王さんが顔を下げる。

その顔は変わらず泣きそうだったが、それと同時に怒りにも満ちていた。


「当然、その計画の中で契約前に自分の企みがバレるパターンも考えていたはずです。様々なパターンを考えに考え抜き、気の遠くなるような時間の中で復讐の炎を絶やすこと無く燃え上がらせてきた。そして今、待ち望んだ封印を解く愚かな少年が現れた。」


精霊王さんは何も言わずに俯いている。


辛いのだろう、自分の黒いところを他人に今日あったばかりの少年に言い当てられて。


叫びたいのだろう、お前に何がわかると経験したこともないのに語るなと。


ーーーーでも、僕は言葉を止めない。


「あなたは思ったはずです。さぁ、計画通りにこいつを殺し、世界を混沌に陥れてやろうと。そして、嬉々として契約を持ちかけたのでしょう。途中、契約の意味を見破られるなどの誤算はあったが、そのときの対処法も考えてある。契約なんて回りくどいことしないで、僕を殺せばいい。自分がされたように、相手のことなど考えずに一方的に突き放すように裏切ってやればいい。」


「…ろ……やめ……やめろ……」


心の奥から捻り出すように、絞り出すように精霊王さんは弱々しく言う。


「今この時、この瞬間はあなたの生涯の中で最も待ち望んだ、最も幸福なときのはずです。何百年ぶりに復讐ができるんだから。」


「…やめ……やめろ!!!」


とうとう精霊王さんは叫んだ。

それと同時に僕の前に浮いていた水の玉が割れる。


…………濡れたんですけど


僕は水溜りのできたその場から、一歩前に踏み出し精霊王さんに近寄る。


「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!何なんだお前は!!?何が分かるんだ!!?初めて契約したのに裏切られて、捨てられて、封印されて、ずっと、ずーーーーっと考えてきたんだ!!お前はただ我の力を求めればいいんだ!!契約すればいいんだ!死ねばいいんだ!!!こんな世界なんて壊れればいいんだ!!」


精霊王さんの周りに数え切れない数の水の刃が浮かぶ。


「あぁ、もういい。もう分かった!お前を殺す。世界を壊す。それでいいんだ!!それで我はっ………我は………われは…………」


水の刃が僕をめがけて飛んでくる。


刃に襲われた僕の頬が切れ、ツーと血が垂れる…………が、僕は防御せずに刃を受け止め、ゆっくりと彼女の元へ歩き出す。


「あなたがそれで幸せなら、幸福なら、満たされるのなら僕は止めません。死ぬのは嫌なので抗いますし、力を貸して欲しいのでどうにかして契約しますが、復讐自体は止めません。」


「ならっ」


「でも、」


精霊王さんは激しい声を上げながらも、泣きそうな顔で叫ぼうとするが、僕はそれを遮って言葉を続ける。


「でもですよ。そんな楽しい復讐をしようとしているあなたはどうして、どうしてそんなに悲しい顔をしているんですか?」


「えっ?」


吐息混じりに精霊王さんは呟く。


自覚なし………か。


「あなたの顔を見ますか?悲しそうですよ、苦しそうですよ、辛そうですよ。今にも泣き出しそうですよ。」


「…う、うそ、嘘だ!!」


精一杯否定した言葉を、否定するかのように彼女の大きな目から一粒、涙が零れ落ちる。


「本当は復讐なんてしたくないんですよね?ただ認めてほしいだけなんですよね。大丈夫だよ、守るから、裏切らないから、離れないからって、抱きしめて欲しいんですよね?」


「ちがう、ちがう、ちがう!!!殺したいんだ、壊したいんだ………お前を、アイツを、この世界を……うっ……うわぁ……」


精霊王さんは泣き始めた。

まるで少女のように、弱々しく泣き始めた。


「僕にはあなたを抱きしめることも、優しい声をかけることもできません。たぶん、たぶんそれは僕の役目じゃないから。」


「…うっ………う………」


溢れる涙は大粒になり、いつの間にか周りに浮かぶ水の刃も無くなっていた。


「でも、あなたがその人を、運命の人を見つけるまでなら、僕がその役目を代わりましょう。」



「ガウゥゥ」



タイミングが良いのか悪いのか、虎の悪魔が木々の間から顔をのぞかせた。


「いつか本当の契約者が見つかるまで、あなたの隣に立つ役目。僭越ながらこのレスト・ローズド・サタンヴィッチ・ルシファーが務めさせて頂きます。」


小さく礼をし、泣きじゃくる精霊王さんの手を取って、今度は僕から口づけをする。


「…うぅ…………」


精霊王さんは両手で目を擦ってなんとか泣き止もうとしている……


「ウゥワォォォ」


……が、虎の悪魔さんはそれを待ってくれないみたいだ。


僕はいつ襲いかかってきてもいいように剣を抜いて、構える。


「……名前………あなたの……本当の名前は?」


精霊王さんは泣き声の合間でそう言った。


本当の名前………か。

それはもう名乗らないつもりだし、捨てた気持ちだったけど。






まぁ、彼女になら名乗ってもいいかな。


「ガァァァァウウウウオォォォオオオオオ!!!!」


虎の悪魔の叫び声に重なるか、重ならないかのタイミングで僕は呟いた。


芯望唯一しんもちゆいち


飛びかかってきた虎を迎え撃とうと地面を蹴ったとき、僕は自分の中に入ってきた力に気が付く。


これが、精霊王の力。


体の奥から湧き出してくる力は、とても清らかで、神聖なものだった。


僕の頬から垂れている血が青白い光となって消えていく。


それが対価なのだろう。


「ヴゥゥォォォォオオオ!!!!」


「うぁぁあああ!!!!」


ーーーー水の精霊王の契約者となった僕と、虎の悪魔との戦いがようやく始まった。

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