第47話 水の精霊王

「っ、ついたぁ」


額から垂れる汗を拭い、前を向く。


一面、青く淡く光る花でいっぱいのお花畑。

その真ん中には、やはり真っ二つにおられた石碑?が立っている。


「グウオオオオオオンンンン!!!!」


少し離れたところから虎の鳴き声が木霊して聞こえてくる。


かなり飛ばしたから、距離はそこそこひらいたので結構な時間を精霊王との契約に使える……はず。


「さてと、これをどうするかだよね。」


走ってる間にも考えたけど、封印された精霊王を復活させるのってどうすればいいんだろう。


……………分からん。


よし、こういうときこそ賢者様だ!



………ふむふむふむふむ。なるほど。



賢者様曰く、それは契約者自身で考えないとだめらしい。


えぇー、それがわからないから聞いてるんですけどぉ。


「どうしようか……っと!」


石碑をちゃんと見ようかと歩いていたら、足元の欠片に躓いて転んでしまった。


「いってぇ…………って!!!!」


お尻をパンパンと叩き立ち上がろうとして、気付く。


石碑が、僕が触れた所からどんどんと侵略されていくように青く光っていた。


「な、なんだこれ……」


月明かりの下、淡く光るそれは周りの花と合わさってとても神秘的なのだが、何故かとても悲しい雰囲気を纏っている。


ファァァーーーーーン


新幹線が通ったみたいな、神に祝福されるような音と共に石碑が激しい光を放つ。


「っ!」


あまりの眩しさに僕も目を閉じる。


『…せ……もどせ……かたち…どせ』


光が収まったかと思うと同時に、脳内に直接語りかけられるような気持ち悪い感覚に襲われる。


『石碑を元の形にもどせ、さすれば王は目覚めん』


ポワポワといった感じの音のモザイクが弱まり、はっきりとそう聞こえた。


「石碑を元の形に?」


確かに光っているのは僕が触れた方の石碑だけで、割れたもう片方は普通の石のままだ。


すべてを直そう叩いて重ねて繕う修復リペア


多分さっき僕が躓いた欠片みたいな、小さい物のも必要だと思うので、魔法を範囲的にかけて一斉に直す。


ゴゴゴゴと地面に重いものが擦れるみたいな音を立てながら折れた方の石碑が浮き、地面に立っている方…………光っている方に向かっていく。


それと同時に花畑のあちこちで空中に舞うホコリに光が当たったみたいに、細かなかけら浮かび上がって、それらも光っている石碑の方に向かっていく。


ゴゴゴ


最後に大きな音がして、すべての欠片が集まり、石碑の大部分が修復される。


月の光がスポットライトのように当たるその姿は、石碑というよりって感じだった。


「汝、精霊王の力、欲すか?」


オペレーションセンターにいるような凛とした声色で語りかけられる。


「欲します。」


力を貸してほしいので素直に答えた。


「ならば、我の像の首にかかっているペンダントを壊せ」


本当だ。

今まで気にもしなかったけどこの女神像?のような奴の首には、石でできた星型のペンダントがかかっていた。


「これを壊せばいいのですか?」


女神像に近寄り、ペンダントの部分だけを慎重に持ち上げる。


「左様」


端的にそれだけ告げられた。


壊す………壊すのか。 

手で殴る?剣で切る?魔法で壊す?


どうすればいいんだろうか。


「じゃ、じゃあいきますね。」


念の為声をかけてから、小さく風の魔法を使う。


パキン


小さく音を立ててペンダントがきれいに真っ二つに割れる。


「これでいいんですか?」


「うむ。少し離れろ。」


云われた通りに女神像から5mくらい離れる。


すると、女神像の口当たりから水が溢れ出し、それがどんどんと姿形を作り始めた。


髪の毛は細く細く、清らかに。

肌は柔らかに柔らかに、滑らかに。


女神と言われても納得できる美しい顔、薄青色の髪の毛。


そんな頂上の美を形どり、水は辺りに発散する。


「汝、我と契約を結べ。」


水の精霊王さんは僕に近寄り、グイと顔を近づけてくる。


155cm位の僕と145cmほどの彼女が向かい合うと必然的に僕は見下ろす形になり、彼女は上目遣いで見上げる形になる。


「ほら」


精霊王さんは早くしろという感じでズイと更に顔を近づけてくる。


あの、近いんですけど。


「どうしたら契約できるんですか?」


なんの説明もなく顔を近づけられてもねぇ?


「簡単なこと。接吻だ。」


「は、はい?」


僕は決して難聴ではないと思うが、聞き返してしまった。


接吻?それってたしかキスの事だよね?


「口と口をつけるってことですか?」


「そうじゃ。」


いかにも当然といった感じで水の精霊王さんは更に背伸びをしてくる。


だから、近いって!


なんでさっきまで虎さんと命をかけたおいかけっこしてたのに、今美少女とキスしそうになってるの?


人生落差ありすぎじゃない?

平均値取って欲しいんですけど。


ジーーーーーー


………………精霊王さんに見つめられて僕は覚悟を決め、振り絞るように言う。



「あの、他の方法とかありますか?」


「…他の方法か。…………初めてだなこの方法を断ったやつは。確か、どちらかの手の甲に接吻すればそれで契約できるはずだ。」


不思議なものを見るような目で、僕を見る精霊王さん。


「そ、それでお願いします。」


「うむ。汝、手を差し出せ。」


僕が手を出す………前に精霊王さんが手を引っ張る。


「では行くぞ。」


「は、はい。」


精霊王さんは僕の手の甲にその桜色の唇を近づけ……


チュ


小さなリップ音を立てながら口付けをした。


「っ!」


それにときめいている暇もなく、とけた飴みたいなドロドロとした情報が頭に送られてくる。


『レスト・ローズド・サタンヴィッチ・ルシファーと水の精霊王ニンフとの間に契約を結ぶ。


一、水の精霊王ニンフはその全能力をレスト・ローズド・サタンヴィッチ・ルシファーに委ねる。


二、レスト・ローズド・サタンヴィッチ・ルシファーはその血肉を水の精霊王ニンフに与える。』


三、契約期間はレスト・ローズド・サタンヴィッチ・ルシファーの一生涯とする。』


とても簡潔でシンプルな契約内容だ。


「さぁ、血をこの水に垂らし契約を結べ。」


精霊王さんの言葉に合わせて、僕の目の前に水の塊が浮かぶ。


契約、契約ねぇ。


「少し質問させてもらってもいいですか?」


「……よい。」


ちょっとの沈黙の後、精霊王は頷く。


「この契約の二番目、これってどれくらいを与えればいいんですか?」


血肉といっても片腕なのか、血を1滴なのかで結構変わってくる。


「好きな量でよい。ただ、多ければ多いほど力は大きくなる。」


なるほど、そこも自由なのか。


「なら、契約の三番ですけど、」


「なんだ?」


僕はストレートに言う。


「精霊王さんが僕を殺しても契約は終わりますか?」


「え?」


精霊王さんは間抜けな声を出す。


「この契約だと契約期間は一生涯となっていますので、精霊王さんが僕を殺しても契約が終わるじゃないですか。だとすれば、精霊王さんは封印から開放されて一度契約し、その後僕を殺す。それで、契約は無しで自由になれる。いい事ずくめじゃないですか?」


「そ、それは………」


黙り込む精霊王さん。


やはりか。


契約した後に僕を殺そうとしていたんだな。

前回は裏切られたから、今回は裏切ってやろうと思ったのだろう。


僕も一時期は思っていた。

異世界に来て、力を手に入れて、あいつらに赤井達に復讐してやろうと。


できるだけ残虐に極悪に残忍に悪逆に冷酷に無惨に、苦痛を与え、死んだほうがいいと思わせ、ギリギリまで生かして、最低に最悪に殺してやろうと思っていた。


でも、それではいけないんだ。


復讐してるその時はとても楽しいだろう、あぁとても愉快だろう。


でも、終わったときに残るのは、強烈な虚無感と自分も彼らと同じ所まで落ちたという自己嫌悪。


もし、復讐した後にそれらの感情が来ないのなら、その人はきっと罪のない人まで殺す殺人鬼になってしまっているのだろう。


だから僕は、完全に赤井達とのクラスメイト達との縁を切って、彼らよりも楽しく優雅な人生を送ろうと決めたんだ。


まぁ、一発ぐらいは殴ってやろうかと思うが。


それは、赤井達以外にもそうだ。

親族にも、中学の時いじめてきた奴らにもそう思っている。


まだ、完全に区切りがつけられたわけじゃない。

夢に出てきて、苦しさ悔しさ虚しさに襲われるときもあるし、他人を信用できないし、対面したのならたぶん足がすくんで手が震えて、心臓が飛び出しそうなほど激しく動くだろう。


そんな彼らは、徐々に吠える声が近づいてきた虎の悪魔よりも、僕にとっては強大な敵だ。


でも、だからこそ、復讐にかられて関係のない人まで傷つけてしまってはだめなのだ。


「……契約を辞めるか?」


精霊王さんは目を逸らして小さく言う。


「いいや、契約はします。」


「へ?」


僕が強く言った言葉に、精霊王さんはその泣きそうな顔を上げて反応した。

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