第41話 意地
そこにいた虎は、まさしく本物だった。
白黒茶の毛が美しく混ざりあった姿は正しく王者。
悪魔というのが過小評価に思えてくるような圧倒的オーラ。
「グルルゥ」
そう小さく唸るだけで、僕の全身の毛は逆立ち、今にでも失神してしまいそうだ。
体長5m少しなのに、この視界いっぱいを覆い尽くしてもなお余るほどの存在感を放っている。
「こ、これが………虎の悪魔…」
僕がそう呟けば、こちらに顔を向け口元を歪ませて笑みを浮かべる。
来る
そう分かるが、足が動かなかった。
「アゥーーーー」
小さ目に鳴いた虎に僕は目を奪われ、体を震わせる、ただの人形とかしていた。
駄目だ。あんなのから逃げるなんて、勝つなんて無理だ。
諦めよう。
大人しく殺されよう。
そう思ってしまう。
そうだ、ここまで僕が順調に来れたのも全て異世界転移とかいう夢。
力も、
友達も、
仲間も何もかも、幻想。
ここで殺されれば元に戻るかもしれない。
あの日々に。最低最悪の、僕にとっては日常的な日々に。
僕は自分でそう思い………そう思い込むようにして現実から逃避した。
「 」
でも、でもでもでもでもでもでもでも。
聞こえてしまった。
聞こえてしまったんだ。
感じてしまったんだ。
知ってしまったんだ。
彼女が、この世界に来て初めて仲良くしてくれた人が、僕にとって恩人であり、尊敬する人でもある彼女が…………
「
…………名を呼ぶ声を。
どう頑張って否定しても、書き換えようとしても、思い込んでも、どうしても消せない、覆せない本当の、現実の、実際の声。
僕には、
背中を押されてる気分だった。
あっちの世界の
こっちの世界の
そんな声に聞こえた。
「っ!!!くそったれ!!!!!!」
自分の胸を痛いほどに強く叩く。
この咆哮はこのどうしようもない理不尽に対してでも有り、異世界に来てまで苦労するハメになる運命に対してでもあり、己の思考の甘さに対してでもある。
「
しっかりと一句一句を詠唱し、震える足をなんとか動かそうと弱めに電撃の魔法を使う。
「僕は…………僕は………死んでも見捨てない!!!!!!!」
僕は虎の瞳を睨みつける叫ぶ。
その言葉は誰に投げたのだろうか?
虎?
魔王?
ヒスイ?
自分自身?
それとも彼女?
いや、違うな。
これは多分、宿でどーでも良いようなことを話して笑っているであろう彼ら。
僕をいじめてきた奴ら。
僕のいじめを放って置いた奴ら。
その他すべての関係者に向けていってるのだろう。
ここで僕が何かして解決できないかもしれない。
意味のない事かもしれない。
無駄死にかもしれない。
でも、見捨てないこと、何か行動をすること、動くこと。それに意味があるんだ。
いつかなんかじゃない、今やるんだ。
今、変えるんだ
これはある意味
日本では捨てた、馬鹿にした、諦めた僕の意地。
それを
僕は彼らとは違う。
誰かを見捨てたりなんてしない。
たとえそれが名前も知らない異世界の住民だとしても。
過去、自分をいじめていた憎き相手だとしても。
心から信頼できる相手はまだいない。
魔王やフローラやスロでさえも、マッソやヒスイでさえもどこか疑ってる節は有る。
でも、僕は信用したいと思うしされたいと思う
それにマッソと話したんだ。
『自分のできる全力を尽くすと。』
「虎ぁ」
僕のことを見下ろし続ける虎。
相変わらず怖いし、出来ることなら逃げ出したい。
でも、だからこそ言う。
「こっちこい、
僕はヒスイの手を引き、走り出した。
◇ ◇ ◇
「ど、どうするの!?」
走り出してそうそう、ヒスイが叫ぶように尋ねる。
「一旦道に出る!話はそれからだよ!!」
先生まで連れて走ることはできないので、結界を張って置いてきた。
最悪食べられても、自業自得だろう。
僕も犯罪者にかける情まではもっていない。
「っ!これは………」
あたりを覆う煙がおさまって見えてきた道の様子は、一言で表すなら『地獄』
ゴブリンからCランクくらいまでの魔物が所狭しと道を塞いでいる。
たとえFランクでも数がいればその分厄介だ。
「なんだ?」
魔物たちの様子がおかしい。
完全に顔がイッてる。
まるで、薬物を大量に摂取したみたいなほおけ顔で、くちを大きく開けよだれを垂らし、目は充血しガンガンになっている。
明らかに正気じゃない。
「これ、どうするの!?」
ヒスイが再び叫ぶ。
「ど、どうするか………」
ドシドシと後ろから虎が迫る音が聞こえる。
幸いなことに足はそこまで速くないみたいで、僕が本気で走ったより少し遅いくらいだ。
つまり、この魔物ひしめく道をロスタイム無しで走れれば、追いつかれることはない。
「ガルルルルルル」
一番前にいた狼型の魔物が僕を見つけ、その焦点の定まらない目で見てくる。
「っ!あれを使うか!!」
ダンジョンにて授かったイカスの代名詞。
「金を溶かし、白金を溶かし、全てを溶かせ。
ザーーー
現れたくすんだ黄色の雲が僕の前方3mほどの所に現れ、雨を降らす。
「グワァ!!」
降ってくる透明の雨を見て、魔物は余裕そうな声を漏らすが…………それは間違えだ。
「グ、グワァァァ!!!」
すぐに雨の色が透明から橙色に変わり、魔物は悲痛そうな声を上げる。
そう。これはただの雨ではない。
金や白金といったイオン化傾向がとてつもなく低い金属でも溶かす、圧倒的酸性の溶解液。王水。
それが豪雨となり降ってきているのだ。
当然、魔物たちはドンドンとその皮膚を爛れされ、溶かされていく。
「ヒスイ、行くよ!!掴まって!!」
「は、はい!!!」
僕はヒスイに声をかけ、背中に背負う。
二人で走るより、身体能力強化を重ね掛けした僕が背負って走ったほうが速いのだ。
自分にかかったら死ぬかも………というか絶対死ぬから自分たちの周りには結界を張り、僕は動き出す。
王水の雨雲は不思議なことに、僕が動くと一緒に動く。
雲の大きさは短半径10m、長半径20mくらいの縦長。
それが動くのだ、なかなかに壮観である。
「キシャァアアアアアアアアア!!!!!!」
魔物たちの悲鳴が轟く道の中を走り抜ける。
王水といえど、瞬間で生物を殺せるわけではない。
でも、魔物たちの動きを止めるには過剰すぎる殺傷能力を持っている。
これなら道を抜けられそうだ。
「アゥオーン!!!!」
背後から迫ってくる虎の遠吠えに押されるようにして僕は走り続ける。
目指すは宿。そして、その先の遺跡。
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