第39話 活動開始

反射ミラー


風呂に入り、消灯し終えた夜中。

僕は周りの生徒達にバレないように小声で呟く。


なるべく声を出さないように詠唱省略して。


そろーり、そろり。


姿は消えているはずだが、音がなったらバレかねない。


ゆっくりとドアを開け、部屋の外に出る。


「ぷはーー。」


止めていた息を吐き、もう一度気を引き締めて動き出す。


寝る前に先生から貰った情報だと、ヒスイはまだ見つかっておらず、この辺で最近盗賊や山賊などの目撃情報はない。


つまり、よく分からない。


「ハハハ」

「おもしろ!!」

「それで彼がね…」


女子の部屋の前を通ると喧騒の声が聞こえる。

まぁ、寝ないのが普通なんだろう。


男子も最初は起きてられるか勝負とか言ってたし。


まぁ、奴らは少ししたらみんな疲れで寝ていたけどね。


「っ、さみぃ。」


外に出た瞬間、強めの風が僕の肌を撫でる。

まだまだ夏じゃないし、寒いんだよな。


そんなことを思いつつ、探索魔法を使う。


「…反応なしか。」


やはり魔物や生徒たちの反応はあるが、ヒスイの魔力は見当たらなかった。


「はっ!ほっ!」


夜中の森を駆け抜ける。


探索魔法に引っかからなかったので、地道に自分の目で探している。


少し動いたら又探索魔法。

それの繰り返しで彼女を探す。


「っと、抜けた。」


宿からまっすぐ走っていたらいつの間にか虎の沼、天使の池へ向かう太めの道に出ていた。


「ここも大した変化は………」


ない。と言おうとした所である変化を見つける。


「これなんだ?」


道の端の茂みに隠すように置いてあったピンクっぽい橙色の液体が入った瓶。


瓶の蓋を開けて、念の為アンモニアを嗅ぐみたいに手で仰いで匂いを嗅ぐ。


「甘い?」


シナモンを凝縮した匂いに焦げた砂糖の匂いを足したみたいな香りだ。


………なんか嫌な感じがする。


「探索魔法」


探索魔法をこの瓶の魔力にだけ、反応するように使う。


「っ!いっぱいあるのか!?」


見えたのは点々と続く魔力の跡。


「これを辿れば……」


僕はやっと掴めた手がかりに勢いよく走り出す。


「待っててね、ヒスイ。」


風は更に強くなり、ゴーゴーと音を立てながら木を煽っていた。


 ◇ ◇ ◇ 


「っ……たい…。」


目を開けると真っ黒だった。

目隠しをされて、後ろで腕を縛られてる感覚がある。


この妙な不安定感は、誰かに魔法で浮かばせられてるのかな?


「ここは………」


確か私は友達と森に入って探索をしていて………そうだ!


いきなり後ろから襲われて眠らされたんだ!


「ふんふふん♪これで最後ね。あとはアイツを呼び出してこの子を囮にすればいいのね。」


女の人浮かれた声が聞こえる。

この子と言うのは私のことだろうか?


だとしたらとは……。


先生?Aクラスの誰か?


うちの学校でこんな犯罪に巻き込まれそうなのはそれくらいしか思い浮かばなかった。


「レスト…」


いや。彼は違う。


確かに彼は私の論文に協力してくれてスゴイ知識もあったが、魔法も剣も普通の平凡な男の子だ。


こんなのに巻き込まれるタイプじゃないし、自分から巻き込まれに行くタイプでもない。


「れ、レスト………」


でも、私は彼に来て欲しいと思ってしまった。


好きという感情ではないと思う。


何故か彼なら、平凡な彼が元Aランク冒険者先生よりAランククラスの生徒たちよりも頼もしく感じたのだ。


「これであの方に褒めてもらえるぅ!!」


あの方とは誰なんだろう?

何故私を攫ったんだろう?

これからされるのだろう?


謎は深まるばかりだった。


 ◇ ◇ ◇



「はぁはぁ!」


息が上がり、胸が焼けるように痛いが、僕は構わず走り続けた。


「ヒスイ……」


彼女を攫った犯人は何を目的に攫ったのだろう?

彼女は確かに貴族だが、そこまで高位じゃなかったはずだ。


「あっ」


顔をあげると虎の沼が小さく見えた。


「最後の踏ん張りだ!!」


大声で叫び、走る。

身体能力強化の魔法ではやくなっているのでぐんぐんと近づく。


「なっ!」


近づいた事により見えてきた。

沼の前にこちらを向いて立っている人影が2つある。


「あれか!!」


多分あれがヒスイと誘拐犯だろう。

相手が集団じゃないのは少し安心した。


「っはぁ……見つけたぞ!!!」


誘拐犯たちと10m弱離れたところで止まり、叫ぶ。


「あら、随分と早かったですね。もう少し経ったらおびき出すために使者を送ろうかと思っていましたが、その必要もなくなったみたいですね。」


「せ、先生!」


余裕の表情で僕を見下ろす女性。

ーーーそこにいたのはターシャ先生だった。


「あなたが誘拐犯だったんですね。」


息を落ち着かせながら、ゆっくりという。


「えぇ。そうよ。ほら、愛しのヒスイちゃん。」


んんと布で塞がれた口で声を出そうとするヒスイ。


腕も後ろで縛られているが、怪我はしてないみたいで一安心だ。


「なんで……」


「なんでこんなことを。そう言うんでしょ?」


先生が少し笑いながら言う。

僕が言おうとしたことを先に言われてしまった。


「うん。先生がなんでこんなことを?」


僕が知る先生は、優しくて少しポンコツな魔法講師だった。

生徒を誘拐なんてするイメージがないし、動機がわからない。


「まぁ不思議でしょうね。Aランクの生徒なら利用価値はあるかもだけど、あなた達Cランクなんてそこまでの価値もないもの。」


「そうです。なんでヒスイを?」


先生は上に羽織っていた布を脱いで言う。


「簡単よ。あなた達が作った『転移魔法』それが私の主様達が求める人の得意魔法なの。」


「転移魔法が?」


あれは僕と彼女ヒスイが協力してやっとできた魔法だ。

ヒスイの魔法の知識と、僕の現代の計算力を持って初めて成功したんだ。


それを得意魔法とする人なんて………。


「誰なんですか?その人は?」


風が頬を撫でていく。どんどんと勢いが強まっている気がする。


「あら、私も知らないわ。ただ主様にそう伝えられただけ。」


ふんと鼻から声が出そうな顔で言う先生。


「主様は誰なんですか?」


「あら、それを教えると思う?」


先生は取り出した豪華な装飾付きの杖を手でクルクルと弄びながらこっちを見る。


「……貴方たちの目的は?転移魔法を作った僕とヒスイをどうするんですか?」


そうだ。

ただ今後使うなとか、論文の権利よこせとかなら喜んで渡すのだが………。


多分そうではないだろう。


「私の使命は二つ。その一つは貴方達を主様に引き渡すこと。」


指を人差し指と中指を立て、それらを突き出すようにして見せてくる。


「それは、誘拐ですか?」


「えぇ、そういう認識で構わないわ。」


「っ!」


僕は警戒度を最高に高め、剣に手をかけ、魔法の発動準備をする。


「あらあら、戦う気満々じゃない。素直にこっち来るなら手荒な真似はしなかったのに。残念。」


先生は杖を僕に構え、ニヤリと笑い言う。


「蒸発!!」


多分だが、詠唱省略された魔法は、すぐにその効果を発揮した。


その名の通り、水が蒸発した時みたいな霧が下から吹き出し、一気に視界が奪われる。


「行くわよ!」


「っくそ!」


先生が吠えるように叫ぶ。


僕は目で見ることを諦め、目を閉じて他の感覚を優先した。


火炎かえん


魔法の詠唱は省略できるが、発動の鍵となるキーワードは省略できない。


いや、厳密に言えばできるのだがとてつもない鍛錬や才能が必要になる。


先生のキーワードを聞いて僕は瞬時にそれに対応する魔法を発動する。


氷柱つらら!」


僕の頬をなで上げるように炎が走る。


直後、目の前でで烈火の炎と氷の柱が衝突した。


「あら、やるじゃない。」


先生はこの状況でも視界を保ててるみたいだ。


その余裕さが声色から伝わってくる。


僕は彼女がどの方向から魔法を撃ってくるのか、何時撃ってくるのかに全集中しているから、ハンデが生まれてしまう。


「風の舞!」


土壁つちかべ


殺傷能力を高めた小型台風のような風の刃物を隆起した地面が防ぐ。


くそっ!このままじゃ埒が明かない。


をやるか?

でも、したことないし成功するのか。


水山すいざん!」


「っ!風吹かぜふき!」


水の塊を風で吹き返す。


考えてる暇はなさそうだ。


先生は常に移動しながら僕を攻撃し、更に蒸発の魔法を維持している。………強い


岩弾がんだん!」


山をそのまま切り取ったかのような巨大な岩が10を超える群れでこっちに飛んでくる。


「水の先、黒潮くろしお!」


黒色の墨のような波が岩をお仕留める、


ーーあと5つ


僕はキーワードだけの詠唱から一単語詠唱に切り替えた。


「ってか先生、全属性持ちじゃないですか!!!」


さっきから火、風、水、土と全部使ってる。


「残念!私光はないのよ!!闇追やみおい!!」


大きく口を開いた狼のような闇が迫ってくる。


闇は使えるのかよ!

じゃあ5属性持ちの十分な天才じゃないか。


「光の先、光波こうは!!」


トクンと波打つ、光が闇を迎え撃つ。


ーーあと4つ。


っ!これ精神系か。


僕は頭を抱えながら右膝をつく。


光の波で打ち消した闇追の魔法が、効いてるのかめまいがしてきた。


「フフ!これで私の圧倒的有利ね!!降参したら優しくするわよ!!!風槍かざやり!」


「お断りです!土の先、土壁つちかべ!!」


風により作られた先の尖った槍を盛り上がった地面で受け止める。


ーーあと3つ


フラフラしてきた。


めまいのせいで集中力が足りない。


くそ!

これじゃ魔法を制御しきれないじゃないか!!


「治癒」


小さく治癒魔法を唱えたが、気休め程度にしかならないな。


「ってか!貴方こそ全属性じゃない!全属性ってそんないていいもんじゃないのよ!!落雷らくらい!」


「闇の先、暗黒世界あんこくせかい!!」


ーーあと2つ


雷は対応するのが難しい。

風や水、火だと意味がなく土なら厚くないといけない。

光魔法ではだめで、残る闇魔法でもかなり集中して使わないと防ぎきれない。


先生は多分それをわかっててやってる。

性格が悪いこと。


「しぶといわね!!火浣布かかんぶ!」


体中を燃え上がらせたねずみがこっち突進してくる。


その姿は醜く、ぜんぜん萌えない。


ってそんなダジャレ言ってる場合じゃない!!


「火の先、火烏かう!!」


ーーあと1つ。


伝説の生き物には伝説でってね。

火車状態のねずみに三本足の火の鳥が飛びかかる。


「っ!あなた何者なの、魔力切れしないなんて!!風息かざいき!」


「普通の生徒ですよ!!!威風いふう!!」


渦を巻く風の群れを同じく風の塊でいなす。


ーー最終


僕は確かに生徒だ。日本の高等学校の。


そういえば元の世界ではどんな扱いなんだろう。


まぁどうでもいいか元の世界でどんな扱いでも。

僕に取っちゃ、あそこは負の世界だから。

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