第30話 病気の少女


「はいどうぞ」


帰ってきたのはたん絡みの辛そうな声だった。


「失礼します。」


中の様子は明らかに『異常』だった。


ホコリだらけの部屋に小さなベッドだけがあり、そこに薄い布団をかぶった同い年くらいのやせ細った少女が横たわっていた。


「どうしたんですか?」


そう声をかけてきた少女の髪は何故か濡れていて、床には割れた花瓶とかなり前にしおれたと思われる、茶色の皺々しわしわの花が一輪だけ落ちていた。


僕にはどんな声をかけたらいいか分からなかった。


「あ、あの…」


僕の顔を見てひどく怯えた顔をするこの少女に。


「な、名前は……名前はなんて言うんですか?」


とっさに思いついたのは、そんな当たり障りの無い言葉だった。


「リリア・バモン・ヤフリオ…です。」



………。

外れがないと思って聞いたのだが、とんでもない外れを引いてしまったようだ。


3節にもなる長名に、名前の末尾につく【ヤフリオ】。


これはまずいんではないか?


「あっあの、失礼を承知でお聞きしますが、王女殿下でありますか?」


「…ち…が………。はい。そうですよ………。」


彼女はちがうと言いかけて止め、深く考え、肯定した。


いや、なんと言うかとんでもない人の家に来てしまったみたいだ。


しかし王女殿下ならばなおさら、謎は深まるばかりだ。


なぜ、王女たる彼女がこんなボロ小屋で濡れた髪のまま、こんな表情かおしているのだろうか。


「あの、王女殿下、髪の毛を乾かさなければ風邪を引いてしまいます。」


僕が言った言葉に彼女は目を見開いて驚いていた。


「…そうですね。ですがここにタオルはありません。」


かなりの間を開けてから彼女は言った。


「その、よろしければですが、乾かしましょうか?」


敬語がこれでいいのか分からないし、こんな事して良いのかとも思うし、平穏に暮らすという夢と離れていってしまっていると思う。


だが、僕に彼女を放って置くことは出来なかった。


「よろしいのですか?」


「えぇ、貴女様がよろしければ。」


で、ではと言って彼女は、布団から起き上がりベッドの縁に腰掛ける。


「失礼します。」


僕は靴を脱いでベッドに上がり、後ろからその銀髪の髪に手を突っ込んだ。


風を与えよ凛々しさで包むウィング火を与えよ優しさで包む着火ティンダー。」


人間シャワーならぬ、人間ドライヤーだ。


サラサラの髪を乾かしていてわかったが彼女の髪、銀の中に少しだけ金が混じっている。


「出来ました。」


僕はベッドから降りながら言う。


イテッ。


落ちている花瓶の破片が足に刺さった。

これも集めたほうがいいな。


「あの、その………ありがとうございます。」


僕は風の魔法で破片をドアの方へまとめながら彼女の顔を見た。…………なんと言うか、改めて見ると可愛いな。


小さく開いた窓から吹き込む風で髪の毛を揺らす彼女は、痩せてはいるが王女らしい美貌を誇っていた。


「……王女殿下、何故貴女はこちらに?」


僕は疑問に思っていた事を聞いてみた。

病気を患っているのはわかるが、王族なんだ、それこそ暖かな部屋で休ませてあげればいいのに。


「そうですね……。…私は表に出てはいけないのです。」


そこから彼女はポツポツと、その悲劇な人生を語ってくれた。


 ◇ ◇ ◇ 


このヤフリオ王国で信仰されている宗教はメシウ教だ。


その総本山はメシウ皇国の皇都にある。


基本皇国は神の国としてどの国とも不干渉な関係だった。


そのため、皇族家の血は国の中に留めて置かなければならない。


だが、留学してきた皇国の皇女様と、ヤフリオの国王は恋に落ちてしまった。


そして産まれたのが彼女、第三王女リリア。


彼女は隠さなければならない子供だった。

それは彼女にとって辛いことだろう。


………でも、それだけなら良かった。


どこかの公爵家や侯爵家にでも預ければいいのだから。


しかし、彼女はその上、生まれながらに【聖女】の職業と、難病赤炎病せきえんびょうを持っていたのだ。


赤炎病は感染症じゃないことで知られているが、貴族の中にはうつるのではないかと言うものも多くいる。


皇国としては彼女の存在を明かさなければあとはどうなってもいい。


王国としては彼女の存在はとても面倒で、いっそのこと殺してしまいたい。


王女と国王には辛い判断かもしれないが、それだけでこの大きな国際問題の爆弾が収まるのだ。


それに比べれば安いことだろう。


………でも、聖女のせいでそれはできない。


聖女とは最上位職業の一つでありとても貴重であると共に、神に仕えるもの。


そんな聖女を殺すことは神への叛逆、絶対に許されない。


悩んだ末に王国は、王宮の隅で隔離ということにした。


そして15歳になった今年、特別入学でこの魔法学園に入れ、ある意味王室との完全隔離を行った。


食事と諸連絡の時にメイドが来て、後は学園の隅にあるこの小さな小屋で一人で暮らしている。


そんな可哀想なお姫様。それが彼女なのだ。


「なぜ髪が濡れていたのですか?」


「そ、それは………」


彼女は少し考えると


「花瓶を落としてしまって。」


と答えた。


「王女殿下、赤炎病に治療法はないのですか?」


「あるにはありますが、それはほぼ不可能です。」


「なぜですか?」


僕が聞くと王女は遠くを見つめ、言う。


「南にソラの塔というものがあります。それはとても高い塔です。中には魔物が蔓延り、高くなればなるほど強い魔物が出ます。そしてその上の方の階。そこには、ソラの花というものが咲きます。その花はソラの色をしていて、種を食べればどんな病気でも治すことができると言われています。実際に今までに二株採取されていますがどちらも王族の難病を治しています。なので、それがあれば………」


続けて彼女は『まぁ、取れるわけがないんですけど』と笑った。


「なぜ取れないのですか?」


「ソラの花には百年単位で、咲く時期というのがあって、その期間の真ん中の時には75層まで咲くのです。ですが今は時期ではない。なので花を取るには90層よりも上に行かなければなりません。だから、無理なのです。」


「そうなのですか……。」


僕はそれ以上何も言えず下を向いた。

床は歪んで軋んでしまっている。


「…勇者………。」


ポツリと彼女が呟いた。


「勇者、ですか?」


「あっ、言っていましたか?………そのですね、あなたの横顔が本物の……勇者のようだなと思いまして。」


本物の勇者のような顔。それは多分褒めているのだろう。


「勇者ですか。どちらかというと魔王なのですけどね。」


「ふふっ、魔王ですか?」


僕は正式に認められた魔王なのである。

一応。


「えぇ。悪い悪い、魔王ですよ。」


「ははは。面白い方ですね。」


そこから彼女は、笑い続けていた。


「あの、王女殿下………」


笑い声が止まったので振り返ると、彼女は布団もかけないで寝てしまっていた。


「おやすみなさい。」


僕は起こさぬよう布団をかけ、ドアをゆっくりと開けた


「……い……ないで……。やめて……。」


そんな苦しそうな声を背に、僕は小屋を出た。


 ◇ ◇ ◇ 


「…僕は……何してるんだろう…」


小屋の壁によりかかりながら空を見上げる。空には一面の星が浮かんでいた。


隠された第三王女なんて危険の香りがプンプンする存在に近付いて、髪の毛乾かして、話聞いて、挙句の果てに治療法まで聞き出して。


僕が彼女にする義理なんてないのに。

帰ろうと、そう思った。







でも、僕の足は寮へと向かおうとはしなかった。


そう本当は、

本当は分かっているんだ。


あの時、僕が部屋を去ろうとしたとき呼び止めた声。


声を聞いただけなら僕は多分ここまでしなかっただろう。


でも、見てしまったんだ。あの顔を。

今まで何度も鏡で見てきた顔を。


何もかもを諦めた、を。

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