第28話 ー 覚悟 意味 夢 ー

暖かくて優しい、頬を撫でて全身を包み込む、が。


そうだ!

それだ!!

風だ!!!


フェルン君を包み込んで、その背中を優しく押していた


それは剣が僕に届く前、ほんの少しだが、剣よりもに吹いていた。


「えいっ!」


フェルン君が普通の速さで剣を降ってくる。


僕もそれに普通に対応する。


あの速さはそんな連発できるものじゃないのだろう。


逆袈裟を受けた時、僕は目を閉じる。


「ん?」


フェルン君の声がさっきよりも、鮮明に聴こえる。


森での鍛錬の時、目を閉じて戦うことによって他の五感を高める練習をしていた。


今僕はそれを行い、風だけを感じようとしている。


ビュゥン!



ビュゥン!



ビュゥン!



ちゃんと剣を読めている。


サーー


来た!風が吹くかすかな音と感覚が掴めた。


左の胸。


僕は多分来るであろう剣の通り道にそっと、自分の剣を入れる。


ガギィンという音と共に腕に強い衝撃が走る。


「くッ!」


僕はそれに耐え、空いている彼の脇腹に剣を入れ…………。


「ま、負けました。」


すんでのところで止めた。


「ありがとうございました。」


「いやー、強いんですね!!僕の本気が止められたことなんて初めてですよ!」


「ありがとうございます。」


何というか、フェルン君は強いし可愛いしいい人なのだけど、陽キャに何か俺達仲良いよねムーブされてる時みたいな居心地の悪さを感じるのだ。


「レスト!こっち来い!」


一見ヤンキーからの呼び出しに聞こえるが、先生の声だ。


「じゃあ、行ってきます。」


「頑張ってください!」


僕はフェルン君と別れて先生のもとに行く。


 ◇ ◇ ◇ 


「来たか。じゃあ本気で来い。」


「はい。」


僕は剣を構え、無難に袈裟斬り、逆袈裟、突き、横薙ぎなど繰り出す。


「止めろ。」


普通に戦っていたら、止められた。


「てめぇ、俺を舐めてんのか?」


「え?」


予想外の言葉に声を漏らしてしまった。


「いえ、そんな事はないです。」


「あぁ?そういうタイプか。成程。めんどいな。」


何だろう?ひどい言われようだ。


「お前の剣からは相手を倒そうという気が感じられない。さっきも俺に剣が届く少し前にスピードを緩めたし、あの坊主との戦いで剣を叩き込まずに、止めていた。てめぇは、全体的にヌルいんだよ。」


「ヌルい……ですか。」


僕は言われた言葉をなんとか理解しようと心のなかで咀嚼する。


「あぁヌルい。モンスターなら殺したことがあるだろうが、人を殺したことねぇだろ?そして、これからも殺すつもりがない。いいや、違うか。がねぇ。だからお前の剣はヌルい。」


「殺す覚悟…。」


モンスターは敵だと分かっていたし、殺らなきゃ殺られるから殺すことに躊躇いはなかった。


僕は手に持つ剣を見つめる。


ーーーでも、この剣を人にを持って向けるということは、想像できない。


「チッ!甘ちゃんだな。それに、お前は他にも問題点がある。そうだな……。おーい、デストこっち来い。」


先生に呼ばれて一人の少年が来る。


坊主の170cmくらいの普通の少年だ。


「おいお前、こいつと戦え。本気で殺すつもりで。でぇじょぶだ危なかったら俺が止める。殺れ!」


「…はい。」


僕は言われて、頷く。


正直良くわからないが、先生にも考えがあるのだろう。


「よし、初め!」


デスト君と向かいあい、その言葉で戦い始める。


デスト君の剣は所々に間が見られるが何というか、剣だ。


「っと!」


でも、僕の方が強い。


「はぁぁーー!!」


彼は雄叫びをあげて迫ってくるが、それも軽く受け流し、こちらから攻める。


「くそっ!」


もう少しあれば勝てるな。そう感じた。


「はぁっ!」


しかし、終わらなかった。


これで終わる。そう何度も思ったが、僕の剣は彼に届かない。


「ッあ!」


何度斬り掛かってもギリギリで返される。


弱いし、脆いし、隙だらけだし、格好悪いが、彼は僕の剣を絶対に弾き返す。


「辞め。」


「ハァハァ」


僕が息切れしてきた時、テイチ先生は止めた。


「デスト戻っていいぞ。」


先生はデスト君を戻して僕に近づきーーー


「くっ!」


ーーー襟を掴み上げた。


襟を掴まれて、必然的に上を見上げる形になる。


見えた空は雲が浮かび、澱んでいた。


「いいかよく聞け!お前とあいつの間には明らかな能力差があった。剣ってのは一長一短。一人一人、良いところがあれば、その反対。悪いところもある。そんな、凸凹の癖の強いもんだ。そこにはそいつの生きてきた軌跡、が宿ってる。だから生き様が剣1つ、技1つで分かる。それが美しく、尊いんだ。」


先生の怒号が僕の心を揺らす。

吐いた吐息が僕の前髪を揺らす。


「でもな!おめぇの剣は違う!言うならば平坦、の剣。色々な流派の良い所を繋ぎ合わせた芸術みたいな剣だ。突き詰めていけきゃあ、剣の完成形が見えてくるんじゃねえかと思うような、すんげぇーもんだ。」


そこまで言うと、彼は僕のことを地面に降ろした。


「でもな!面白くねぇ!美しくねぇ!キレイじゃねぇ!」


「ッ!」


その言葉に僕の体が落雷を受けたかのようにピクリと跳ねる。


「てめぇの生きる意味はなんだ?あぁ!何なんだよ!?夢は?希望は?何だ!?」


ー生きる意味ー


僕の、僕自身が生きる


今までは、日本では、いつも思っていた。


あぁ、

世界が

環境が

周りの人が違ってたら。


僕は、

もっと上手く、

もっと楽しく、

もっとちゃんと、

生きていけたのに。


ある人は言った

『周りのせいにするな。』


ある人は言った

『環境に甘えるんじゃない。』


ある人は言った

『今出来ないのに周りが変わったからって次できるのか?』


ある人は言った

『いつやるんだ?今出来なくて、いつできるんだ?』


は言った

「ねぇ、変わってみようよ。やってみたら変わるかもよ?」


でも、でもでもでも、そんなのはにいるから言えるんだ。


決して恵まれていなくても、

裕福でなくても、

すべてが満たされていなくても。


安心して寝れる家があって、

心配してくれる親がいて、

笑ってくれる友達がいて、

護ってくれる誰かがいて。


そんな環境にいるから言えるんだ。


ー親は死んで

ー大人は金目当てで

ーいつ追い出されるか分からない汚く狭い部屋で

ー友達もいなくて

ー目を合わせれば反らされて

ー口を開けば悪口で

ー殴られても

ー蹴られても

ー罵られても

ー擦られても



ー何も言えなくて

ー右を向けば、悲しさが

ー左を向けば、苦しさが

ー前を向けば、不安が

ー後を向けば、虚しさが

ーどこを向いても、独りで

ー陽だまりを見つけても

ーすぐに影が落ちて

ー救いの手を取れば

ー次には落とされて


もう嫌になって、全てを捨てて。


最後に残った、僅かなモノ。


誇り、

楽しさ、

嬉しさ、

優しさ、

暖かさ。


時間をかけて、ゆっくりと集めたモノ。


それを

目の前で、一瞬でーーー




ーーー奪われる悔しさ。




わからないだろう。

知らないだろう。


否、のだろう。


 ◇ ◇ ◇


僕には夢があったんだ。

叶えられない夢だった。

何度も捨てようと思った。

遠ざけて突き捨てて。


でも諦められなかった。


そんな夢があった。………



初めて夢を思ったのはちょうどお婆ちゃんが死んだ時だった。


絶望の淵に立っていて、

目の前は闇の谷で、

後ろからいろんな手が押してきている中で、

なんとか踏ん張っているときだった。


まだ、やれると思っていた。

まだ、歩けると思っていた。

まだ、何処かに居場所があると思っていた。


ーーーー否、願っていた。


そして、そんな時に思ったんだ。


そこそこの仕事について、

そこそこのお金を貰って、

そこそこの家に帰って、

そこそこのお嫁さんがいて、

そこそこの子供がいる。

そこそこの休日に、

そこそこの友人に会い、

そこそこの笑いを分かち合う。

そこそこの仕事で、

そこそこの立場について、

そこそこの信頼を得て、

そこそこの年に退社する。

そこそこの場所に、

そこそこの家を買い、

そこそこの奥さんと、

そこそこの老後を送る。


そんなそこそこの人生を歩みたいな。


そんな人生は、

そこそこの人生は、

たぶんーー


ーーそこそこじゃないん幸せなんだろうなと。


そんな人生を送れるのはごくほんの僅かだろう。


お金がなくとも、仕事があって、

美人じゃなくとも、嫁がいて、

優秀じゃなくとも、子供がいて、

ずば抜けてなくても、幸せで。


その全てが揃っているのは、多分素晴らしい事なんだろうと。


いつか、

苦しさの中にいた時に願った夢を。


力を手に入れた今、

僕はもう一度、

忘れてた、

叶えないと投げ捨てたを、願う思いだすのだ。



「……幸せに、平穏に暮らしたいです。温かな家があって、愛し合える女の子がいて、笑い会える友達がいる。そんな生活を送りたいです。」


ポツリと溢れた言葉は、多分本心なんだろう。

いつになっても隠せなかった、なのだろう。


正直笑われると思った。

この人も、この先生も、笑うのだろうと。


『くだらない』そう言って嘲笑うのだろうと。


「いいじゃないか。」


ほら、こんなふう……に……。


「へ?」


僕はテイチ先生の顔を見上げた。


「いいじゃないか。そんな夢でも。あるんなら。なりたいものが、あるんだろ?」


「…は……い」


僕はそう答えることしかできなかった。


「お前は今までなりたいものが無かった。だから、剣は無の平坦な詰まんねぇものだった。でも、今のお前は夢がある。なりたい物がある。それは、どんなに小さくて、バカバカしくて、当たり前でも、夢なんだ。それを思い出せた今、お前は強さに半歩だけ近づけた。でもな、それでも、。」


「なっ、何でですか?」


咄嗟にそう聞いてしまった。


「へっ。それを言っちゃあ面白くねぇ。今のお前なら、多分普通のやつには勝てる。さっき負けたデストにも勝てる。大事なもん半分見つけたんだ。あとはその実力でどうにかなる。」


彼はそう言って僕の頬に手を当てた。


「でもな、いつか訪れる命の危機。命を懸けた戦いの時、お前は。絶対にだ。あと一つ足りねぇもんがあるんだ。夢とおんなじくらい大事なもんだ。それを見つけられたらお前は完璧だ。実力、夢、そしてもう一つ。その三つが揃ったら初めてになれる。」


そういった先生は僕の頭を遠慮気味に撫で、


「次、マッソ!」


そういって離れていった。


「綺麗」


見上げた空は、滲んでいたが美しかった。

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