第三十二話「シーフィアス始動」
ノベルアップなろうカフェで、彼らがそんな密談をしている頃、国家元首である全力さんと、側近である二代目の赤瀬川は、平和省内部に秘密裏に設立されたFT-Y技術研究所の試作工場にいた。
「とうとうここまでたどり着いたな、アケミ?」
「そうですね、閣下」
「二人の時は全力さんでええよ。わしもアケミと呼ぶけぇ」
全力さんは、目の前の赤瀬川にそう語りかけた。大祖国戦争時、共和国軍の兵站を担当していた伊集院は、戦争の序盤で戦死した赤瀬川の名跡を引き継ぎ、内務省のトップとして国内の治安維持のために暗躍していたのである。
「向こうの世界では、お前の名を与えた少年にえろう世話になった。こっちの世界では、名を貰ったお前に迷惑をかけとる。なんだか不思議な感じや」
「気にしなくていいよ、全力さん。ユキとの約束は絶対だ」
赤瀬川は、昔の伊集院に戻って、全力さんにそう語り掛けた。
「でもボクは、FT-Y(未来技術)の軍事転用禁止の約束を破ってしもうた……」
「破らなきゃ、ユキが守りたかったこの国が無くなる。ヴァルダさんの支援だって受けられない。大きな約束を守るために、小さな約束が犠牲になるのは仕方ないさ」
対ファーネリア戦役が始まった直後から、赤瀬川はFT-Yの軍事転用について、平和省内部で研究を進めさせていた。そこから派生した技術(裏糸)は、十年の時を経て、次第にその成果を上げつつあったのである。
「結局あれから、ひーちゃんとは仲たがいをしてしもうた。徒呂月に至っては、とうとう殺してもうたんや」
「全力さんは、ギリギリまで徒呂月を救おうとしたじゃないか? 仕方ないよ。それに、ヴァルダさんは僕らのやり方を支持してる。あの人の本当の狙いは米国の打倒だからね」
「うん」
「ひーちゃんだって、まだ分からない。あの時と同じく棄権という事だってあり得る」
「慰めんでもええよ、アケミ」
全力さんは寂しそうな顔でつぶやいた。
「東京を奪還するまでは、わしらは間違いなく仲間やった。ヱスタシアが出来た時でも、まだ同じ側におった。なして、こげなことになってしもうたんやろ……」
時空管理局やヱスタシア軍の中には、徒呂月や剣乃の部下であったものが大勢いた。一番の危険分子である徒呂月を除こうと画策したのは伊集院(赤瀬川)であったが、いざ処刑の場に立ってみると、かつての同志を救おうとする全力さんを止める気にはなれなかったのである。
「今日の記念式典では、反管理局組織(半力さん)の者どもによって、『全力さん暗殺計画』が実行されるはずだ。地下に潜んだネズミたちを、これを機に一掃しよう」
「本当に死ぬのは嫌やで」
「勿論だよ。ちゃんと手は打ってある」
『猫の鈴』の幹部で全力さんの傍を離れなかったのは、赤瀬川の名を継いだ伊集院だけだった。ヴァルダは表向きには管理局の側についていたが、秘密裏に反管理局組織(半力さん)も支持していた。赤瀬川は彼らの動きを逆に利用しようとしていたのである。
反管理局組織(半力さん)は、厳密に言えば『猫の鈴』のような革命組織ではない。管理局に対して抵抗の意思を持つ数名のグループが、共和国内にいくつも存在するだけである。首謀者である剣乃ですら、誰がそのメンバーであるのかを正確には知らない。
彼らは皆、ヴァルダによってバラ撒かれた『猫の鈴』と呼ばれる同報無線(かつて剣乃が率いた革命組織の名だ)を持ち、個々人で小規模なテロ活動に従事しながら、決起の日を待つだけの存在であった。
「全力さん、ちょっとこっちにきて」
伊集院は楽屋を出て、公演台の方に全力さんを案内した。
「とうとう、お披露目やな」
まだ誰も入場していない演台の上には、体長六メートルを超える、巨大な強化外骨格(パワードスーツ)がそびえ立っていた。全体は濃い藍色で、側面には水色の横縞が十数本走っている。その肩には体長に匹敵するほどの長さのレールガンが備え付けられていた。
「十年続いた『裏糸』の成果がこれだ。僕たちはシーフィアスと呼んでる。半力さん爆弾の直撃を受けても、コイツなら十分に耐えられるよ」
「シーフィアス? どういう意味や?」
「全力さんが釣り上げた、クロカジキの学名から取ったものだよ」
反管理局組織(半力さん)は数的劣勢を補うために、全力さん爆弾の約二倍の破壊力を持つ半力さん爆弾をもって、全力さんの暗殺を企てている。爆弾の量産体制はまだ整っていないが、その破壊力は決して侮れない。
シーフィアスは反管理局組織(半力さん)を根絶やしにし、劣勢の戦局を転換させるための切り札だった。
「しかし、幾らコイツでも何度も反復攻撃を受けたらやられるやろ?」
「大丈夫だ。こいつは『裏糸』で開発された技術の塊だよ。その一つが、平和省内部で改良を施した【重力制御システム】だ」
ユキはFT-Y(未来技術)の軍事転用を固く禁じていたが、対ファーネリア戦役が始まった後、赤瀬川は独自に研究を進めさせていたのである。
「どういうことや?」
「コイツを作動させると、まるで物が落ちていくように、空に向かって飛んでゆくんだ。半力さん爆弾が向かって来たら、全力さんは空に逃げればいい。奴らに飛行能力はないからね」
「でも、向こうにはひーちゃんがおるで。レーザー砲でも用意しとるかもしれん」
全力さんは真顔で尋ねた。
「全力さん、『裏糸』の技術は重力制御だけじゃないよ。こいつには、【Iフィールド・ジェネレーター】が装備されてるんだ」
「なんやそれ?」
「簡単に言えば、全てのビーム攻撃を無効化するバリアのようなものだ。実体弾は防げないけど、ミサイルのような誘導兵器なら、誤誘導させる事が可能だ」
「えらいもんを作り追ったなー」
「開発費として国家予算の約1%を十年間もつぎ込んだよ。FT-Yは持ち込まれた時点で技術としては完成していたけど、小型化が難しかったからね」
「いくら未来人ゆーたかて、人間の頭なんて百年くらいじゃ大して変わらん。簡単に模倣されないように、モンキーモデルを持ち込んで来たんじゃろう。ユキの考えそうなこっちゃ」
Iフィールド・ジェネレーターも、FT-Yである【熱核反応炉】と、【重力制御システム】から得られた技術の応用だった。
「でも、実体弾は遮断できへんやろ?」
「大丈夫。実体弾を防ぐための【ピンポイント・バリアシステム】が搭載されてる。そもそも、今の反管理局組織(半力さん)の戦力で、高速飛行するシーフィアスに弾を当てられるとは思えない」
「核砲弾でも持ってこん限り、無敵ちゅーことか?」
「そうだね」
「全力さん爆弾とは違って、コイツは海を越えられる。インドの戦線だって逆転できるさ」
赤瀬川はユキとの誓いを破った。だが、破らねばこの戦争は終わらない。同朋でありながら、自国の利害しか考えない中露とは縁を切り、インドを盟主とするメガラニカとの同盟を進めるべきだと彼は考えていた。その狙いは勿論、百年前からの宿敵であるファーネリア(米欧連合)の打倒である。赤瀬川は、全力さんと同じく、ヴァルダの事を学生の時からずっと愛していた。
「なあ、アケミ。どうして人は、過去を振り返りたがるんやろうな?」
「わからないな。確かなことは、過去から学ぼうとしない人間に、記録なんてまったく必要ないってことだけだよ」
「違うよ、アケミ。過去も未来もいらんのや」
「過去も未来も要らない?」
全力さんは、シーフィアスを見上げながら言った。
「過去なんて思いだすから、辛くなる。未来に夢を見てしまうから、それが叶わんで悲しくなる。猫のように今だけを全力で生きれば、自然に未来は良うなるもんなんや。なんで皆、それだけの事が分からんのやろうのう……」
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