第二十七話「時空管理局の創始者」

 全力さんとひーちゃんは、トラックの荷台に箱を積み込むと、自分たちもそこに乗り込んだ。全力さんは、向こうの世界で聞いたユキの言葉を思い出して、ひーちゃんに伝えていた。


「じゃあ、あっちの世界の全力さんは、そのユキさんって人に指示されて、あの魚を斃したんだね」

「そうや。こっちに戻ってくるためには、どうしてもそうせにゃあかんかった。別に恨みはなかったけどな」


 全力さんは二日半にわたって戦った、あの立派な魚の事を思い出していた。


「この世界の使命は果たしたから、今度は元の世界の使命を果たす番やとユキに言われた。でも、何をどうやったら、お役に立てるのかちっともわからん」

「私には、全力さん爆弾がどうとか言ってたよ。それが何を意味するのか、私にはちっとも分からないけど」

「なんやっけ、それ?」


 全力さんはもう一度、最初からユキの夢を思い返してみた。


「全力さん爆弾?」

「そう。全力さん爆弾。星条旗を見ると突っ込んでいってね。自爆するの」


「なあ、ひーちゃん。星条旗っていうのは、アメリカの旗の事やんな?」

「そうだね」

「全爆さん爆弾っていうのは、それを見ると突っ込んでいって爆発する兵器や。それが砂浜にようさんおった。それがあったら、戦いに勝てる?」

「勝てるかもしれないね。でも、どうやって作るのか、さっぱりわからないよ」


 ひーちゃんは、爆弾作りのプロフェッショナルである。

 だが流石の彼女でも、猫型爆弾なんてものは今まで作ったことがなかった。


「ひーちゃんでも無理かー。これ以上は、ユキ本人に聞かんと分からんなあ……」


 全力さんは、『人生を変える箱』を眺めながらそう言った。


「ここがアケミの職場かー。物資がようさんあるなあ」

「ヴァルダは、米国と戦争になることをちゃんと想定してたからね。足りないのは物資じゃなく、戦う兵隊なんだよ」

「戦う兵隊?」

「共和国は国民皆兵じゃないの。令和維新の時は、在日米軍は中立の立場だったけど、今回はガッツリ敵だから厳しいんだよ」


 令和維新クーデターが成功した後、共和国は同じ一党独裁体制を持つ中露との関係を深めた。共和国軍が防衛戦闘を展開してる間に、両国の援軍を待つのが国防の基本戦略であったのである。しかし、米国の報復を恐れた両国は、その支援を人道的援助のみにとどめ、一切の派兵を行わなかった。


「ボクには難しいことはよくわからんけど、とにかく上陸しとる奴らを全部ぶっ斃せばええんやろ?」

「そうだね」

「とにかく、まずはアケミに会お」


 伊集院は、この船岡駐屯地の最高責任者である。最前線で指揮を執る徒呂月の部隊の要請に応じて、武器弾薬や各種の物資を供給するのが彼の仕事だった。彼はもともと軍属ではなかったが、剣乃の弟子でもあった彼は、革命組織『猫の鈴』の蜂起に応じ、令和維新の中核メンバーの一人となったのだ。


『猫の鈴』は革命破壊そのものを愛する組織であり、権力を志向しない。伊集院も官僚にこそなったが、内務省でずっと裏方の仕事だけをしていた。だが今回の米軍蜂起の後、気心の知れている彼を、ヴァルダがこの職に推薦したのである。


「ひーちゃん!」


 本部から、伊集院が直接出て来て洋子を出迎えた。

 おそらく、ヴァルダから、先に連絡が来ていたのだろう。


「どうですか、戦況は?」

「思わしくないね。沖縄に追放した連中が東京に戻って来て、日本国政府の復活と、全力党の非合法化を宣言してる。協力する組織には、すべて内乱罪を適応すると触れ回ってるよ」

「そうですか。『猫の鈴(私たち)』は、またテロリスト集団に逆戻りですね」

「色眼鏡で見られる事には慣れてるよ。ヴァルダさんの人使いの荒さにもね」


 そういって、伊集院は笑った。


「幸いなことに、前線の士気は旺盛だ。徒呂月さんが前々から鍛えてた練度の高い部隊だからね。ヴァルダさんのお陰で兵站も完璧だ」


 全力さんの知っている伊集院は、まだ何者でもない頃の学生であった。この男だけは、普通に年を取っていて、全力さんはなんだか不思議な気持ちだった。


「ところで、伊集院さん。今日は朗報があるんですよ」

「朗報?」

「ほら、これ!」


 洋子はそういって、足元に居る全力さんを抱え上げた。


「ああっ、全力さんじゃないか! なんで!?」


「久しぶりやなアケミー。なんかお前一人だけ、普通のオッサンになっとるやん。かっこわるー」

「君らと一緒にされちゃ困るよ。それにしても、全力さんはちっとも変わらないなあ。毛並みだって、昔のままだ」


 伊集院は、全力さんの頭を撫で繰り回しながらそう言った。

 本当に嬉しそうだ。


「こう見えても、中身は立派な大人なんやで。見も知らぬ外国に飛ばされて、人間として二十年近くも苦労したんや」

「そうなんだ」

「どうやら、本当の事みたいなんです。私の夢の中にも何度か出て来たんですよ」

「そうや。普通の猫なら、とっくにくたばっとるで!」

「言ってることの意味が良く分からないけど、とにかく無事に戻って来れてよかった。二人とも中に入ってよ。お茶でも入れよう」



「あの箱も中に持っていって」


 ユキの声がまた聞こえた。全力さんには、はっきりと聞き取れるのだが、二人にはまったく聞こえてないようだ。


「なあ、アケミ悪いけどな。トラックの荷台に大事な箱が入っとる。それを一緒に持っていってくれんか?」

「大事な箱?」

「ずいぶん昔にヴァルダが買ってきた、『人生を変える箱』ですよ。店の隅で長い事、埃をかぶってた」

「ああ、ヴァルダさんが昔、『大損した!』とか愚痴ってた奴!」


 伊集院アケミが手を叩いてそう叫んだ。


「全力さんが中に入って遊んでたら突然爆発して、気づいたら外国に居たんですって」

「箱に入りたがるのは、猫の本能や。しゃーない」


 アケミはトラックから箱を下ろし、駐屯地に内へと運んだ。全力さんは、アケミの肩の上に乗っている。司令官室に向かう長い廊下を歩きながら、アケミは肩の上の全力さんと話し始めた。


「懐かしいなあ。昔はよくこうしたもんや。お大臣様の気分やで」

「この箱に何か秘密があるのかい? 全力さん」

「多分、そうや。アケミはユキを知っとるか?」

「知らない。誰だいそれ?」 

「ヴァルダに似た変な女や。そいつがボクをこの世界に戻した。何でもボクは、この国の英雄になるらしい」

「全力さんが、英雄ねえ……」


「星条旗っていうのは、アメリカの旗の事やろ? ボクによく似た姿をした爆弾が、それに向かって突っ込んでいくらしいねん」


 全力さんがそういうと、アケミの持っている箱が突然輝きだした。

 中から、もうもうと煙が立ち上り始める。  


「消火器! 消火器!」


 予想外の出来事に、アケミは箱を放りだしてしまった。


「いや、ちょい待ち。どこからも火は出てへん。多分、大丈夫や」


 全力さんがそういうと、次第に煙が収まり始めた。煙が完全に収まった時には、全力さんが夢の中で見た少女が、目の前に立っていた。



「始めまして、皆さん。私は時空管理局・世界線監査室のユキと申します。この世界の未来を守るために、二一二二年からやって来た人間です」


 そういって、ユキは軽く頭を下げた。

 その足元には、全力さんによく似たデブ猫が、三匹控えている。


「全力さんは、始めましてじゃないよね?」

「ああ、向こうの世界でよう会ったな。最初は夢だとばかり思っていたが……」


「その二一二二年の方が、どうして全力さんなんかと一緒に?」


 洋子がユキに尋ねた。魚との死闘を夢の中で垣間見たとはいえ、洋子の頭の中ではあの漁師と、猫の全力さんがイマイチつながっていない。伊集院に至っては、全力さんが別の世界で大魚と戦ったことすら知らなかった。


「あの……立ち話もなんですし。とりあえず、中に入りませんか?」


 アケミは司令官室に、ユキたちと三匹の猫を案内した。

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